第73話 サプライズゲスト
唯李の家に呼ばれて、一緒に遊んだその日の夜。
『明日家でパーティやるからりおも来て! ゆいちゃんも来るよ! りおはサプライズゲストね!』
凛央のもとに、突然そんなメッセージが瑞奈から送られてきた。
なぜいきなりパーティ? なぜ唯李が? といろいろ引っかかりはあったが、特に予定もなかったのでオッケーの返信をする。
一応サプライズゲストということなので、悠己や唯李には黙っていてとのこと。
サプライズはもちろんのこと、人の家でパーティなんて凛央にとって初めての経験である。
期待半分不安半分。
翌日凛央は家を出発して、近くのバス停から駅方面へのバスに乗る。
いつも降りる学校前のバス停を素通りして、そのまま駅前へ。
連絡するからそしたら家に来て、と瑞奈の時間指定はアバウトだった。
すぐに対応できるよう、早めに来て駅近くで時間をつぶすことにする。
ふとこの前唯李に「今度一緒に洋服でも買いに行こうか」なんて言われたのを思い出し、下見がてら駅隣りのデパートの洋服売り場をウロウロとした。
そのうちに「そろそろ来て!」と瑞奈からラインが届いたので、切り上げて成戸宅へ向かうことにする。
エスカレーターを降りて一階に戻ってくると、あさっての方角から聞き覚えのある声がして、何気なくそちらに視線をやった。
(あれは……唯李と、成戸くん……?)
暗めの服――珍しい格好をしていて別人かと思ったが、やはりあれは唯李で間違いない。
そしてその隣を、のらりくらりとした足取りで悠己が歩いている。
凛央はとっさに物陰に身を隠すと、進行方向を変えて二人のあとを追う。やってきた道のりをほとんど逆戻り。
階を上がって二人が向かったのは、洋服売り場。
何やらあれこれと言い争いをしているようだが、唯李はやたら声を張り上げていて楽しげだ。
しばらく売り場を徘徊したのち、試着室に入った唯李を置いて、悠己が一人で店の外に出ていく。
凛央もあとをつけて店を出た。手すりにもたれてぼんやりしている悠己の様子を、遠目から伺う。
すると突然悠己が振り返って、あたりを警戒するようなそぶりを見せた。こちらもすばやく身を翻して、あさっての方角へ歩き出す。
意外に勘が鋭いのかもしれない。
凛央は一度トイレに避難すると、念のため持ち歩いていたマスクを装着し、さらにゴムで髪をうしろでまとめて変装をする。
戻ってくるとすでに悠己の姿はなかった。再び店の中に入ると、試着室の前に立つ悠己を発見。
試着室の中では唯李がくるくると回って、着替えた服を見せびらかしているようだった。
(なんなのあれ……? かわゆいとか頭ゆいとか……)
あんなハイテンションな唯李は見たことがない。
これまで見たこともない表情……昨日自分と遊んだときとは、まったく違った顔を見せている。
(でもすごく楽しそう……)
思えば昨日の唯李の様子もどこかおかしかった。
合間に悠己のことを話題に上げると、「他にあたしのことなんか言ってた?」などとやけに食いついてきて、妙に落ち着きがなかった。
「ほらここ見るよ! こっち!」
悠己のことを優しく見守ってあげている……とも言っていたが、わがまま放題言っているのは唯李のほうらしかった。
むしろ悠己のほうが調子を合わせているように見える。扱いに慣れているようでもあり、普段から二人はそんな関係だと言われても納得がいく。
「こちとらデビルやぞ? ああん?」
そして唯李は自らをデビルと称している。得意げな顔で。
昨日言ったこととやってることがまったく違う。いったいどういうことなのか。
その後も凛央は尾行を続け、遠巻きに二人の様子を観察する。
次に向かったのは雑貨屋。ここでも二人は同様にはしゃいだあと、階を移動してタピオカミルクティーの行列に並んだ。飲み物を手にして、奥のフードコーナーの席へ。
凛央は気づかれないよう二人に接近し、背を向けて付近の席に腰掛ける。
そしてスマホを眺めるふりをしながら、二人の会話をこっそり盗み聞く。
「えっ、悠己くん知らないのタピオカチャレンジ。タピオカ鼻から飲むの超はやってるんだよ?」
「世も末だね。危険じゃないのそれ」
「そうそう、最悪死ぬから」
(なんて恐ろしい会話をしているの……)
まさに悪魔の囁き。デビルズ・トーク。
「ほらほら撮っててあげるからやってみて」
「自分でやりなよ。デビルなんだから余裕でしょ? デビオカ唯李」
「ん~デビオカ唯李バズっちゃうか~? ってなるかばか」
(悪魔を退治するどころかのさばらせてるじゃないの! さっきからうまいこと手なづけて……プリーストどころか、やつこそがデビルマスター……)
いかにして相手の鼻にタピオカを詰めさせるかで押し問答をしている。
果てはストローからタピオカを吹き出してタピオカ鉄砲はどう? だのと会話自体は小学生レベル。傍目にはいかにもバカップルがイチャイチャしているようにしか見えない。
(そういうことだったのね……ふたりともグルになって、私を陰であざ笑っていたのね……! デビルマスター成戸にデビル唯李……!)
そのときスマホが振動した。瑞奈から着信だ。遅いのでしびれを切らしたのかもしれない。
しかしここで電話に出て二人に気づかれるとよくないので、一度通話拒否にする。
代わりにすぐさま瑞奈からラインが来た。
『りおどこにいるの? 早くしないと二人が帰ってきちゃうでしょ!』
どうやら時間切れのようだ。
自分を騙したデビルたちとパーティ……などというのはもうお断りしたかったが、瑞奈との約束を反故にするのも気が引ける。
それに何より、瑞奈にもきっちり確認したいことがある。
まだゴチャゴチャとやっている二人を置いて、凛央はデパートをあとにする。
歩いて瑞奈の待つ成戸宅へ。マンションのある通りまでやってくると、両手に買い物袋をぶら下げた瑞奈が、ちょうど路地の向かい側から歩いてきた。
帽子を目深にかぶった瑞奈は、そのまま凛央に気づかず素通りしかけた。
声をかけて呼び止めると、瑞奈は一度ビクっと目を剥いた。やがて凛央に気づくと、
「びっくりしたぁ……なんでマスクして髪縛ってるの? 変質者みたい」
二人を尾行するときにつけたマスクがそのままだった。それにしても容赦のない物言い。
マスクを外すと今度は胸元を指さされて、
「なにその変なTシャツ、その上に着てるのもおばさんくさい。服ださっ」
「家に似たようなやつしかなくて……昨日うっかりワンピース洗っちゃったの」
「もう! ゲスト感ゼロだよ! それに遅いよりお、何やってたの!」
「あぁ、ごめんなさい。ちょっと……」
「これ、持って持って!」
瑞奈が両手に下げた袋には、お菓子やらジュースやらがパンパンに入っていた。
渡された片方を持って、凛央は瑞奈とともにマンションの一室にやってくる。テーブルの上に買い物袋を置くと、瑞奈はさっそくお菓子を広げ始めた。
「早く準備しないと。りおも手伝って!」
瑞奈がせわしなく動くさまを眺めながら、凛央はまったく別のことを考えていた。
ここに来て、どうすべきか迷った。何事も、知らなかったふりをすることも考えた。けれどやはり、尋ねないわけにはいかなかった。
凛央は瑞奈に向かって、ゆっくり口を開いた。
「……少し、聞きたいことがあるんだけど。あの二人のこと」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます