第74話 サプライズゲスト2

 低く響いた凛央の言葉に、瑞奈は首をかしげる。


「二人って?」

「成戸くんと、唯李のこと。二人がどういう関係なのか、正直に言って」


 そう問いかけると、瑞奈はきょとんとした顔で、二度三度目を瞬かせた。

 しかしすぐに、にこっと笑顔を作った。


「うふふ、二人はね~……ラブラブカップルだから! お似合いでしょ?」


 さも当然とばかりの口調。

 やはり当たっていた。あの唯李の顔を見たら、嫌でもそれとわかる。あれはどう見たって恋する乙女だ。


「やっぱりそういうことだったのね、最初っから……!」

「ど、どしたのりお。顔怖いよ?」


 よくよく思い返せば、前に偶然二人でいるところを撮った写真には、はっきりと説明がついていないのだ。

 悠己は「たまたま一緒に帰っただけ」と言っていたが、あの時点で、いやもっと前から二人はすでに付き合っていたと考えるのが自然。

 つまり二人はずっと前からデキていて、それをなんとか隠そうとありもしない話をでっち上げた、というところだろう。

 そこまで考えが行き当たったところで、心配そうに見上げてくる瑞奈の顔に気づく。もはや落胆を隠すこともせず、自嘲気味につぶやく。


「私の前ではそんなこと、一言も言ってなかったわ。私にはそのこと、隠したかったのか何なのかしらないけど……きっと私のことを二人して騙してからかって、陰であざ笑っていたのよ」

「なに言ってるの? ゆきくんとゆいちゃんはそんなことしないよ!」

「どうしてそんなふうに言い切れるの? 私は見たのよ、騙されたのよ!」


 それならそうと、最初から正直に話してくれればよかったのに。

 お互い好きあって真面目に付き合っている、というのなら、その仲を茶化したり、ましてや裂くような真似をする気は微塵もない。

 結局のところ、唯李と自分はその程度の仲だったということだ。そこまで話す義理も信頼もない友達未満の、せいぜい知り合い程度。そう思われている。


「隣の席キラーだとか、温かく見守ってあげてるだとか……とっくにくっついてるんじゃないの! それだったらそうと、なんで……」

「だから違うよ、二人は瑞奈のためにしてくれてるの!」


 瑞奈が予想外に強い口調で言い返してきた。

 驚きながらも、じっと瑞奈の目を見返す。


「……それは、どういうこと?」

「二人はね、瑞奈のためにニセの恋人してくれてるの」

「ニセの恋人……? 何よそれは……?」

「瑞奈に友達作らせるために、ゆきくんが彼女作るって言って」


 瑞奈の口から飛び出た「ニセの恋人」というワードに凛央の頭は混乱する。

 少しわかりづらい瑞奈の説明を要約すると、瑞奈が友達を作る代わりに悠己は彼女を、とお互い約束したのだという。

 そして悠己の彼女役として、唯李がそれに協力している、という形なのだと。


「そんなこと、初耳だけど……。でもそんな……」

「瑞奈にバレないように、瑞奈以外にはナイショにしてるみたいだから。ゆきくんはあんまりよくわかんないけど……ゆいちゃんは嫌々って感じじゃなくてあれでノリノリだからね。恥ずかしがりなんだよね~ゆいちゃんは」

「で、でも、それって……どうして瑞奈は二人がニセの恋人をしてるって知っているの?」

「この前ゆきくんのスマホ勝手に見たら、ゆいちゃんとのラインに書いてあった。くっくっく……ゆきくんは瑞奈に隠しごとは許されんのだ」


 瑞奈は腕を組んでにやりと悪い顔をしてみせる。

 ニセの恋人、などという話はにわかには信じがたかったが、しかしこの片手落ち感はあの二人らしいといえばあの二人らしい。


「あ、でも瑞奈が知ってること、二人にはナイショね? つい出来心でスマホちらっと見ちゃったら……瑞奈も困ってるの。なんで勝手に人の携帯見たんだよ、って怒られるから、知らないふりしないと……」


 瑞奈が一転、困り顔で念を押してくる。それなりに罪悪感はあるらしい。

 予想だにせぬ話を告げられ、凛央は愕然とする。


「ということは、デビルは私だったというの……?」

「でびる?」


 デビルどころか、何も知らない愚かな道化。ただのピエロ。


 瑞奈に友達がいない。

 自分はそんなことだって知らなかったのだ。いや気づかなかった。

 たとえ嘘だろうとごまかしだろうと、瑞奈のためを思っての二人の行動を、そんな自分が責めることができるだろうか。


 頭の中が混乱して、考えがまとまらない。

 不思議そうに見上げてくる瑞奈の顔に、目が留まる。

 凛央は慌てて微笑を作って、その頭に手を触れて、柔らかい口調で言った。


「……友達がいないのは、辛いわよね。そうよね……」


 けれども瑞奈は、まるでそんなそぶりを見せなかった。少なくとも凛央の前では。

 それがどうしても他人事には思えなくて、だんだんと目頭が熱くなる。


「まだ友達、できてないけど……大丈夫。ゆきくんは忙しくても、なんだかんだでかまってくれるし」


 瑞奈がにこりと微笑む。

 時たまふざけることはあれど、瑞奈は最後の最後で悠己のテスト勉強の邪魔はしなかった。

 代わりに見張るぐらいのつもりで凛央が勉強を見ることはしたが、その必要もなかった。瑞奈はなかば自主的に机に向かっていて、もともと何かのきっかけを探しているようでもあった。


「ゆいちゃんはからかうと面白いし……瑞奈はね、ゆきくんもだけど、ゆいちゃんのことも大好きだから。この前だって、瑞奈が泣いちゃってね。そしたらゆいちゃんが瑞奈のこと笑わせようとしてくれたの。変なネタ帳みたいなの持っててね、でもちょーつまんなくてね……」


 そのときのことを思い出しているのか、瑞奈はうれしそうにとりとめもなく話を続ける。

 そうだった。唯李が……よりによってあの唯李が、人を騙して、陰でせせら笑うような真似をするわけがないのだ。

 それは、凛央自身よくわかっているはずだったのに。


(そうよ、だって唯李は……一人でムスッとしていた私を……)

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