第72話 言いなりデート3

 そのまま店を出るのかと思いきや、二、三歩行ったところで唯李はすぐに足を止めた。

 ネックレスやペンダントが陳列されているショーケースに張り付いて、中をのぞきながら声を上げる。


「わ~きれい、なんかいっぱいある~」


 悠己がその背後を素通りしようとすると、ノールックで服の裾を掴んでくる。口より先に手が出てきた。

 仕方なく立ち止まると、唯李は「見てあれかわいくない?」とチェーンの先端に光る石のついたペンダントを指さした。


「唯李はもう石あるでしょ」

「おもちゃもうお家にあるでしょみたいな言い方やめてくれる?」

「そういえば効果はどう?」

「ま、まあ、おかげさまでね~……」


 唯李はショーケース内から目を離さずに言葉を濁らせる。なんだかあまり触れたくなさそうな様子。

 やはり一方的にプレゼントだなんだというのは押し付けがましかったか。


「まぁそんな大層なものでもないしね。必要なかったら別に……」


 悠己が言いかけると、急に唯李はカバンの中をゴソゴソとやりだした。

 そして取り出したるは、それぞれ違う色をした二つのパワーストーン。どちらも以前に悠己があげたものだ。


「あ、それ持ち歩いてくれてるんだ?」

「ま、まあね~……、気休め程度に?」

「へえ、そっか。ちゃんと持っててくれたんだ」


 石の乗った手元から視線をずらすと、若干上目遣いの唯李と目が合う。


「……な、何?」

「いやぁ、なんかうれしいなあって」


 そう言うと唯李は口元をムズムズさせながら、どこか決まりが悪そうにふいっと顔をそらした。金運と癒やしの石を一緒に握りしめ、拳をかざしてくる。


「見よこの二つ重ねがけ。メンタルゴールドパワー」

「エナジードリンクみたい。瑞奈と同じようなことやってるし」

「だから一緒にすんなっつうの」


 唯李は石をカバンに戻すと、すぐ近くにあるサングラスのかかったラックを指さした。

 

「あー! サングラスがある~」


 そのうちの一つを手に取ると、悠己の顔の前に突き出してくる。


「ねえねえ、これちょっとかけてみて」

「やだ」


 即答するといきなり肩をグーでこづかれた。


「だから痛いって」

「言いなり拳だよ」


「言いなりだろ?」と言わんばかりに見上げてくる。

 嫌々ながらもサングラスを受け取って装着するなり、


「ぶふーっ! 似合わなーい。あれだね、悠己くんの場合ローアンドローだね。ぶふふっ」


 何がおかしいのか唯李はケラケラといつまでも笑いが止まらない。人の顔を指差して爆笑している。


「そんな面白いかな?」

「面白い面白い、もうサングラスかけてるだけで面白い」

「メガネ唯李越えてる?」

「あれギャグじゃないけどね。別に笑わせようとしたわけじゃないから」

「どうもユウキンです。ハローユーチューブ」

「それはぜんっぜん面白くない。なんで余計なことした今?」


 せっかく乗っかってあげたのにひどい反応。

 唯李は真顔に戻ると、「ちょっと貸して貸して」とサングラスを奪っていく。そして自分でかけてみせると、ニヤリと笑いながらシャフトをつまんで角度をつけてみせた。


「ふっ、これが若さか……。見て見てどうこれ? 似合う?」

「調子乗ってる中学生みたい」

「あぁん? てめぇどこ中だよ? じゃあはい、ここで決め台詞その三! 『ゆいはかっこゆい!』」

「ゆいはかっこわらい」

「ゆいは(笑)ってか! あーこりゃ一本取られた面白いねー! よし次行くぞ次!」


 唯李はサングラスを外して元の場所に戻すと、べしべしと背中を叩いてせかしてくる。無駄に声が大きいせいか、すれ違った女子二人組にジロジロ見られた。

 デビルだか言いなりだかしらないがこのノリ、さすがにしんどくなってくる。


「ごめん唯李……」

「ごめんゆいなんてそんな決め台詞ないよ!」

「これ以上無理」

「これいじょうむりなんてのもないよ!」

「ゆいは頭かわゆい(笑)」

「全部言えばいいっていう問題でもないよ!」


 非常にうるさい。

 しかめっ面をして手で両耳をふさいでみせると、唯李は再度丸めた言いなり券を鼻先に突きつけてきた。


「なんだその顔~? いくか? 奥までいくか? 口から出すか? ん~?」


 本人いまだテンション落ちず、やたら楽しそうである。

 これぞまさしくデビル。

 悠己は耳から手を離すと、これみよがしにはぁ、とため息をつく。


「いやなんかもう疲れちゃったよ」

「なにかわいく言っとんねん。こちとらデビルやぞ言いなりやぞ? 疲れたですむんか? ああん?」

「どこかで休憩しようか。なんかおごるからさ」

「うん休憩休憩」


 そう提案すると、唯李は意外にも素直にコクコクと頷く。

 お店を出て階を移動し、飲食店が並ぶフロアのほうにやってくる。遠目に十数人ほどの行列ができているのを見つけた。

 近づいていくと、「NEWオープン!」とでかでかと飾り付けられたイーゼルが立っていた。


「タピオカドリンクだって、結構並んでる。こんなお店できたんだ。どうする?」


 振り返って唯李に尋ねる。

 すると唯李は並んでいる列に向かって鼻で笑ってみせて、


「はっ、まったくどこもかしこも流行りに乗ってタピオカってよ。お前らタピオカ言いたいだけちゃうかと。そんでアホみたいに並びやがって」

「じゃあいらない?」

「いるー超いるー!」


 唯李ははーいはーいと勢いよく手を上げる。はしゃぎながら行列の最後尾に加わると、悠己に向かって大きく手招きをした。

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