第71話 言いなりデート2

 特に見るものもなかったので、悠己はお店の区画から出て小休止を取る。

 手すりにもたれて、吹き抜けになっているホールをぼんやり眺めながら待つ。


 そのときふと、誰かに見られているような視線を感じた。一度あたりを振り返ってみるが、通りすがる人の中に見知った顔があるわけでもない。

 気のせいか……と思いながら待つこと数分。

 スマホにデビルから『いでよわがいいなり券属! 眷属だけに』とお寒いメッセージが来た。

 試着室の前まで戻ってきて、中にいる唯李に声をかける。


「じゃーん!」


 勢いよくカーテンが開いて、唯李が姿を現す。

 春物らしい薄ピンクのスカートと白ブラウスという装い。なんというか、普通に無難。というか良し悪しがあまりよくわからない。早く褒めろと言わんばかりにパチパチと目配せをしてくるので、


「うおっ、すごい」

「褒めるの下手くそか。まあいいわ想定の範囲内だわ。じゃあはい、ここで決め台詞『ゆいはかわゆい!』」

「ゆいはかわゆい……?」

「疑問形じゃなくてテンション高く言って」

「ゆいはかわゆい……!?」

「サスペンス風になってるけど」


 唯李は「もっと腹から声だせ」としつこくやり直しを要求してくる。

 こんなところでアホなことを口走って白い目で見られるのも嫌なので、ここは話をそらしてごまかす。


「暗いのもいいけど、やっぱり唯李は明るい色が似合うと思うよ」

「ふ、ふ~ん、そう? そんなに言うならしょうがないなぁ~……買おうかな~」


 専門的なことはよくわからないが、褒めろと言われたので褒めてみた。

 すると唯李は試着室の鏡を振り返って、改めて自分の立ち姿を確認しだした。しきりにスカートの裾を伸ばしたりして、生地を確かめだす。

 が、タグを手にとって値札を見ると何やら思案顔になって、


「う~ん……でも今買っても荷物になるしなぁ。それに春物だからそろそろ値下げになるはず」

「へえ、そうなんだ?」

「悠己くんに騙されてるかもしれないし」


 やはり意外に冷静。

 せっかくデビルならもうちょっと荒々しさが必要だと思うのだが余計なお世話か。

 そんなことを思っていると、唐突に唯李がぴしっと悠己の顔を指差してきた。


「はいここで決め台詞その二『ゆいは頭ゆい!』」

「ゆいは頭ゆい……?? なにそれは……?」

「渋い顔だね。難問に直面した顔してるね」


 難問も難問である。 

 何かの隠語か……? と悠己は頭をフル稼働させて解釈を試みる。

 が、やっぱりどうでもよくなったので考えるのをやめた。

 結局真相は謎のまま、服の購入は見送りとなる。


「さ~てお次は……」


 唯李は周りをきょろきょろとしながら、デパートの通路を歩いていく。

 特に目的地はなさそうで、なんだかすでにネタ切れ感が漂っている。


「あ、唯李ほら遊ぶとこあるよ」

「わ~すべり台がある~って誰が小さなお子様も満足だよ」


 キッズコーナーは素通り。

 しかしものの数分もしないうちに、唯李は雑貨屋の店先に置いてある巨大な熊のぬいぐるみに食いついた。ふらふらと近寄っていく。


「わ、かわいい~……」


 そのまま勝手に雑貨屋の中に吸い込まれていく。

 それを横目にまっすぐ進むと、


「っておいどこ行く」


 素早く戻ってきた唯李に服の袖を引っ張られる。

 何やら言いたげな顔に尋ねる。


「え、何?」

「いやそこは察してうしろから微笑ましい感じで見守りなよ。なんで隙あらば別行動始めようとするわけ?」

「ああ、そこ寄りたいのね。はいはいじゃあ行きましょうね~」

「なんか腹立つわその言い方」

 

 一応言いなりということなので、逆らわずに唯李のあとについてお店の中に入っていく。

 店内は雑貨やおもちゃやお菓子などが所狭しと並んでいた。手書きのPOPがあちこち飾り付けられだいぶ派手派手しい。

 悠己は見るのも来るのも初めての場所だ。

 すれ違うのも苦労しそうな狭い通路を、唯李は勝手知ったる足取りで進む。


 途中ペンギンだか鳥だかよくわからないぬいぐるみが並んでいるところを、べしべしと頭を軽く叩いて素通り。

 やたら上機嫌……なのはいいがこれだと頭がちょっと残念な子に見える。


「頭ゆいってそういうことか……」

「ん~? 今さら褒めても遅いよ~?」


 本人的には褒め言葉らしい。相変わらず闇が深い。

 外国製の変な人形だのアニメの怪しいオマージュグッズだのにあれこれツッコミを入れながら、唯李は気の向くままに店内を練り歩く。

 やがて書籍が少しだけ置いてある一角にやってくると、唯李は目立つように置いてある血液型がどうたら、という本に目を留めた。


「そういえば悠己くんって何型?」

「汎用人型」

「そういうのいいから。血液型」

「B型」

「B? へ~、へ~~……」

「……何をニヤニヤしてるの?」

「別に~?」


 唯李はにまにまと頬を緩ませて流し目を送ってくる。いったい何がおかしいのか。

 

「ねえねえ、じゃああたし何型だと思う~?」

「さあ?」

「ちょっとは考えなよ。乗ってこいよ」


 ご機嫌モードから一転して険悪モードに。ちょっと返答を誤るとこれだ。

 仕方なく話に応じて、考える素振りをしてみる。 


「ん~……AB?」

「違いま~す」

「B?」

「違ーう」

「A?」

「全部外すんじゃねえよ」


 そう言い捨てた後、唯李は「はぁ~~」とおおげさにため息をついてみせて、


「悠己くん、ほんと人見る目ないねぇ~」

「いや、そんなたかが血液型ぐらいで……」

「こういうの読んでちょっと勉強したほうがいいんじゃないの? O型女子の取扱い方みたいなの」


 唯李は血液型の本を手に取ると、手にとってパラパラとめくって悠己にみせつけてくる。


「O型は……時間にルーズ。おおざっぱ。部屋が汚い……うわすげえ、あたってる」

「うわすげえじゃなくて、あたしの部屋見たことあんの?」

「うるさい。やかましい」

「ただの悪口じゃん。ていうか書いてないでしょそれ」


 そうじゃなくていいとこ言えいいとこ。

 とうるさいので、O型の長所と書かれているところを見て、


「ええと、面倒見がよくサバサバしていて姉御肌、おおらかで協調性があり相手に合わせてあげることができる……おお、まさにこれじゃん」

「や~バレちゃいました? あるあるそういうとこあるよね~」

「よっ姉御」

「バカにしてるだろ」

「というかO型っていうのもそもそも唯李の自己申告だし」

「ついに人を疑い出したよこの男」

「ほんとはABとかでしょ?」

「さっきもそうだけどなんでAB押すかな?」 

「瑞奈がABだから」

「へえ、瑞奈ちゃんがAB……って、そうやってまた人を妹扱いしてくるわけね? あたしそんな言うほど似てるとは思わないけど」

「ん~……それはまあ、なんだかんだで合うのかなって思って」


 そう言うと、唯李はきょとん、とした顔で一度固まった。

 かと思えば急に視線を泳がせだして、挙動が怪しくなる。


「そ、そうね~……ま、まああたしも、ABっぽい面もあるかもね。アサルトバスター的な?」

「そもそも血液型とか別に関係ないと思うけどね」

「ん? 今のくだりなんだった? 時間のムダだよなぁ?」


 唯李は本を閉じると元の場所に戻し、「ホラ次行くぞ次!」と荒ぶりながらせかしてきた。

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