第70話 言いなりデート

「で、その券で何をしろって?」

「それはね……今日はデビル唯李の言いなりデート!」


 唯李はハイテンションを維持したまま、勢いよくそう言い放つ。

 一拍置いたのち、悠己は首をかしげて聞き返した。


「……言いなり券使ってデートしたかったの? 俺と?」

「え? あっ、ち、違う! でっ、デートっていうか、何ていうの? で、デート的な? デートもどき? そう! きたるときに備えた予行演習的な。まあ、要するに君は踏み台よ、ドムよドム」


 ごちゃごちゃとやたら早口で言い返してくる。

 しかし相手が自分の言いなりでは、きたるときの練習にはならないと思うのだが突っ込んだら負けなのか。


「だからね、最初からやり直し」

「最初から?」

「あたしが『待った~?』って来たら、そしたら笑顔で『全然待ってないよ』って言って」

「待ったのに待ってないよって言うような関係はいずれ破局するのでは?」


 そう返すと、唯李はピタッと固まって一度目線を上に向けた。

 そしてにやっと薄気味悪い笑いをして、


「ふふん……それなりに考えてはいるのね」

「なにその笑い、気持ち悪いなぁ」

「じゃあいいよ、とりあえず悠己くんの好きにやってみて」


 結局なんなのかと思ったが、いちいち突っ込んでいてはキリがない。

 唯李は「ここにいて」と言い残し、一度距離を取って人混みに紛れた。そして急にくるりと身を翻すと、人の間を縫いながら、手を振って笑顔で近づいてきた。


「ごめーん待った~?」

「待った。唯李ってなんだかんだで毎回遅れてくるよね。何なの?」

「ここぞとばかりに言うね? それだと今すぐ破局するけど?」


 好きにやれというから客観的事実を述べただけだ。

 唯李は笑顔から一転、さっと真顔になる。


「女の子は準備に時間がかかるわけ。わかる?」

「それと遅刻は別の話では? 時間かかるってわかってるなら早めに準備すればいいわけだし」

「あ、そういう感じ? デートの出会い頭に論破しちゃう系男子?」


 唯李は額に手を当てて軽く目を閉じると、若干うつむきながら何事か考えだした。が、すぐにぱっと顔を上げて、


「まあいいや、次行くよ次!」


 駅のほうを指差して勝手に歩き出した。

 やたらテンションが高いが、結局具体的な理由は語らずじまいだった。

 おおかたデビル風にするのに迷ったとかそんなことだろうが。


「で、どこ行くの?」

「まずはあそこかな!」


 唯李は意気揚々と駅に隣接した大型デパートを指差す。

 建物は一等地にあり目立つものの、基本悠己にはあまり用がない場所だ。


「唯李からどこそこ行く! って言うのは珍しいじゃん」

「今日はデビルだからね。いつもの唯李と思ったら死ぬぜぇ? 死んじまうぞぉ?」

「でもそうやって素直に言ってくれるほうがいいけどね」

「そ、そう?」


 唯李が顔色を伺うように視線を送ってくる。

 またノープラン? と文句を言われるぐらいならこのほうがずっといい。


「じゃあガンガンいくぜぇ! いのちだいじにぃ!」


 大手を振って声を上げる。うるさい。

 デパートに入店すると、唯李は勝手知ったる足取りでエスカレーターへ向かう。悠己もおとなしくそれについて二階、三階と上がっていく。


「上へ参ります。上へ」


 変な口調で何か言ってるがやらせておく。

 断っておくがエレベーターではない。


「次、止まります、止まります~。足元、ご注意ください」


 何かと混じっているがここもツッコまずにやらせておく。

 唯李が四階で降りたので一緒に降りる。


「んじゃまずは、この階で洋服見るよ!」

「じゃ俺、上にある本屋見てるから」

「オイ待て」


 くるりと踵を返すと、はしっと服の裾を掴まれた。

 威圧感たっぷりに顔を近づけてくる。


「なんでいきなり命令に反してるの? 言いなりはどうした?」

「いやほら……俺別に服欲しくないし」

「何なの? 母ちゃんの買い物につきあわされるオヤジか? あたしと一緒に見るの、わかる? あれ似合いそうだね~これもかわいいね~って」

「ああ、それやりたいんだ」

「なにそのしょうもないみたいな言い方」


 早口でまくしたててくる。

 さらに言いなり券を鼻先につきつけてきて、


「これだよこれ、見えない? 突っ込むぞ? ん?」

「……そういう使い方?」


 なぜか言いなり券を鼻に入れようとしてくる。

 突っ込まれてもたまらないので、唯李のあとについてテナントとして入っているファッションショップへ。

 よく来るのか、ここでも唯李は慣れた足取りで売り場を徘徊し始める。しかし唯李の今日の装いは少し浮いている気がする。正直あんまり一緒に歩きたくないなと思っていると、唯李はおもむろに振り返ってきた。


「ん~じゃあね~……あたしってどういうの似合うと思う?」

「俺の意見とかあてにならないから聞かないほうがいいよ」

「そういうことじゃねえんだよなあ……」


 すかさず唯李は言いなり券を印籠のようにちらつかせながら、


「唯李はなに着てもかわいいだろうしなぁ~って言え」

「自分で言ってて虚しくならない?」

「超楽しい」

「なに着てもってことは全身タイツとかでもかわいいってすごいよね」

「なにを勝手に着せてるわけ?」


 グチグチとうるさいので、とりあえず目についたマネキンの着ている服を指さす。


「これいいんじゃないこれ」

「おっ、ちょうど目の前にいいのあった? 一番近いの適当に言ったわけじゃなくて?」


 デビル唯李は意外に鋭い。

 唯李は疑いの目を向けつつも、ロゴ付きのTシャツと短めのデニムスカートを履くマネキンの前で何やら考え込みだした。


「う~ん……こういうのは唯李ちゃんっぽくなくない?」

「じゃあ誰ちゃん?」

「誰ちゃん? ん~……瑞奈ちゃんっぽいかな?」


 そう言われてもいまいちピンとこない。

 瑞奈はあまり服に頓着しないのか、着れればいいというスタンス。あまり出かけたがらないのでそもそも服がいらない。

 そのくせ人の服装にはケチを付けたりするという厄介なパターン。


「どう思う?」

「ん~……瑞奈はあんまり服買いに行ったりしないからなぁ」


 それどころかこの前もパンツが破れたから買って、と言われて悠己が買いに行くわけにもいかず、通販で選ばせて購入したのだ。


「えっ、じゃあ服はどうしてるの?」

「そもそも着てない……じゃなくて、ずっと前に母親が買ってきたやつとか、同じのずっと着てる。あんまり体格変わってないから……あ、でも最近胸がきつくなってきたとかなんとか」

「ふぅん……生意気な」


 部屋着もいつも同じものを着回してばかりなのだ。それに関して瑞奈のほうからは特に何も言ってこない。

 母が選んで買ってくれたものを大事にしたいというのもわかるが、さすがにどれもくたびれてきている。


「じゃあこんど一緒にお買い物誘ってあげようかな。あ、あたしのお下がりとかでよければあげてもいいけど」

「ありがとう。瑞奈のこと、気にしてくれて」

「う、うん……まあ」


 面と向かって言うと、唯李は髪の襟足を指でいじりながらそっぽを向いた。

 かと思えばすぐに正面を向いて見返してきて、くわっと目を見開く。


「ってちがぁう! そんなふうにしたって無駄だから。デビルには効かんよ?」

「何が?」

「リオとは違うのだよリオとは」


 唯李はぷいっと顔をそむけると、ブツブツ言いながらハンガーラックにかけられたスカートをあさり出す。

 そのうちの一つを取り出してきて、裾のあたりをわさわさとやりながら、


「どう? こういうスカート。ふぁっさーってしてるの。ふぁっさー」

「ふぅん? いいんじゃないの」


 何がいいのかよくわからないがたぶん大丈夫。


「でもその色だとデビルじゃなくなっちゃうね」

「そらもう半デビルよ」

「半チャーハン的な?」

「そらもう半チャハハーンよ。いいから唯李に超似合いそうって言え」

「唯李に超似合いそう」


 逆らわずにそう言うと、唯李はさもご満悦そうな笑みを浮かべる。


「ん~そんなに言うなら~。じゃちょっと試着してみるね」

「じゃ俺上の本屋見てるね」

「だから待て」


 今度はぐっと強めに腕を掴まれた。

 唯李は顔を近づけて凄んでくる。


「……コントか? わざとやってんのか?」

「いやそういうわけでは……。俺こういう状況よくわからなくて。待ってる間どうすればいい?」

「別に何もしなくていいからおとなしく待ってて?」

「何もしないってそれはそれで……」

「じゃあスクワットでもしてろ」


 デビル唯李はスパルタだ。

 唯李はついでに半袖の上着を見繕ってきて、試着室に入ろうとする。

 あれこれ手に持っていて、肩にかけたカバンを持て余しているようだったので、


「カバン持っててあげるよ」

「え? あぁ、ありがと……」


 そう申し出ると唯李は少し驚いたふうだったが、急ににやっと相好を崩した。


「いいよ~今のポイント高いよ? デビルポイント五点あげる」 

「やった。一点いくら?」

「いきなり金に換算しようとするな」

「このカバンなに入ってるの? なんか無駄に重いような……」

「はいマイナスひゃくてーん!」


 一瞬にして点数を持っていかれた。

「渡したら中見られそうだからやっぱりいい」と言って、唯李はカバンを取り返して試着室の床に置く。

 おおかたまたしょうもない大喜利手帳でも入っているのだろう。


「いい? あたしが『じゃん』ってカーテン開けたら超褒めるの」

「超褒めるのか……」

「超超褒めてもいいよ」


 などと言いながら試着室に入っていく。

 すぐにカーテンを閉めたかと思えば、唯李は隙間から顔だけのぞかせた。


「やっぱりどっかいってて」

「は?」

「着替え終わったらラインするから」

「なんで?」

 

 意味がわからず真顔で聞き返す。すると唯李は若干顔を赤らめながら、


「そ、それは……き、聞こえるじゃない? 脱ぐ音とか」

「ふぅん? デビルなら服ぐらい引きちぎればいいのに」

「あんた面白いわ。笑うわほんと」

 

 唯李は真顔で返してくると、「はいはい散って、しっし」と手を払う仕草をする。

 ここで無駄にやりあっても仕方ない。悠己は言われるがままに試着室の前を離れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る