第34話 デート2
二十分ほどバスに揺られてやってきたのは、ここら一帯で最も大きな総合公園。
運動場や体育館のあるエリアと、遊具のある広場やまっさらな芝生が一面広がるエリアに大きく分かれている。
それとは別に公園外周をぐるっと長い遊歩道が延びていて、悠己たちが歩いているのはその途上。
賑わいを見せる主要エリアを離れて、人気のないほうへ進んでいく。
次第に周りからは人工物が減っていき、代わりに緑が増え始めて空気の匂いが変わってくる。
「へえ、ここが悠己くんイチオシのデートコースかぁ……」
隣を歩く唯李が周りを見渡しながら、わざとらしく感心したような口ぶりで言う。
それに対し悠己はいつもの口調で、
「そういうんじゃなくて、たまに来るんだよ。一人で」
「一人で?」
「なんかこう、考えが詰まったときとかに」
「それは悪うござんしたね」
「いや今はそういう意味じゃなくて、気に入っているとこがあって」
相談もせず連れてきてしまって怒っているのかな?
と思って唯李の顔色をうかがうと、もう今の会話は忘れたように唯李は前方を指さしながら声を張り上げた。
「あっ、池あるよ池! こっちのほうこんなふうになってるんだ、初めて来た」
言うとおり奥のほうは楕円形の大きな池になっていて、そこから小さな川がいくつか流れている。
「見てあのくちばしの赤い鳥。速いよ、三倍だよ」
水の上を泳ぐ鳥を眺めながら、ぐるりと池の周りをゆっくり進む。
人影はまばらで、音といえばたまに鳥の羽音がするぐらいのもの。とても静かだ。
「あそこでご飯食べようか」
悠己が指さした先、池から少し離れたところに、一定の間隔を開けていくつかベンチが立ち並んでいる。そのあたりは背の高い木々が生い茂り、一帯に渡って木陰ができている。
悠己にとって特にお気に入りの場所なのだ。
「涼しいねここ」
唯李が周囲を見回しながら言う。
悠己は先にベンチに腰掛けると、肩にかけたボディバッグから、コンビニ袋に入ったおにぎりやパンを引っ張り出す。
ここに来る途中、バスを下りた先のコンビニで購入したものだ。
隣に座った唯李も、同じように自分のカバンから食べ物を取り出した。
それを尻目に悠己がおにぎりの封を開けて口に頬張ろうとすると、なぜか唯李が指先で百円玉をつまみながら固まっているので、
「どしたのそれ」
「ベンチのとこに落ちてた」
「ついてるね。金運」
「そうね」
その割にあまりうれしそうではないので、「石のご利益だね」と言おうと思ったがやめた。
それからお互い少し遅めの昼食をとり始める。
唯李が買ってきたのはおにぎりとサンドイッチぐらいのもので、かなり少食だ。
食べている間悠己は無言。唯李もそれにならうようにもそもそと食べ物を口に運んでいたが、やがて耐えきれなくなったように口を開いた。
「……じ、実を言うとね。あたしこうやって男の子と二人きりで出かけるのって、は、初めてなの」
「ふぅん?」
「それで今さ……結構ホッとしてるっていうか。昨日お姉ちゃんにいろいろ言われてて……。初デートであれやったらダメこれやったらダメとか、ご飯はどんなとこでどこはNGとか……。それで何かいろいろ考えてたのバカみたいだな~って」
「そうなんだ? まあ初デートって言っても別に本当にデートってわけでもない……」
「そうね! それはわかってるけど!」
急に大きな声出すなぁ……と横顔を盗み見る。ちょっとご機嫌を損ねたっぽい。
唯李はおにぎりを持つ悠己の手元に目線をよこしてきて、
「それがまさか公園でコンビニのおにぎり食べるとは思わないじゃん?」
「あ、ごめん。やっぱりこういうの嫌だった?」
「いやだからそういうことじゃなくて、それが意外とよかったって話!」
よかったと言っている割に若干キレ気味なのがよくわからない。
これがツンデレか、と思うことにして、残りのおにぎりを一息に口に入れようとする。
「でもこういうところ来るって最初から言ってくれれば、お弁当とか作ってきてあげたのになぁ~」
「ホント? 唯李のお弁当また食べたいね」
「ふ、ふ~ん、そう?」
唯李は軽く流したふうを装いながら、ばくっとサンドイッチに食らいついた。
あからさまに挙動が変。よく見るまでもなく、頬がにんまりと緩んでいる。
「唯李ってわかりやすいね」
「う、嘘か今の!」
「ホントだよホント。ふふ」
こちらも自然と表情が緩む。
しかしそれを見た唯李は今度は不審げな顔になって、
「……やけにニコニコだね? 普段めったに笑わないくせに」
「なんか天気がよくてさ。暑くもなく寒くもなく、静かで風が気持ちいいし……」
「そしてこんな美少女が隣にいて」
「あ、瑞奈もちゃんとご飯食べてるかなぁ」
「軽く流してくるね」
ふと瑞奈にラインをしてみようかと思ったが、「ゆきくんいちいちうるさいよ!」とか怒られそうだったのでやめておく。
「唯李はどうなの?」
「あ、あたし? あたしも……楽しい、かも」
「ならよかった」
にっこり笑顔になる。
唯李はそう言ったはいいが恥ずかしかったのか、それきり目線をそらして食べることに集中し始めた。
やがて昼食が終わると、二人一緒になってしばらくぼーっと池を眺める。
とても癒やされるひととき……である一方、お腹がふくれたこともあり、急激な睡魔が悠己を襲ってきた。
徐々に薄目に、まぶたが下りそうになっていると、それに気づいたのか隣の唯李が顔を覗き込んで笑いかけてくる。
「悠己くん眠そうだね、くすくす……。それじゃあ~……ね、膝枕してあげようか」
「いいの? やったラッキー」
「ちょ、ちょっと待った! 冗談だから、冗談!」
すぐさまこてん、と行こうとした悠己の頭を、唯李は手で必死に押しとどめる。慌てふためいて顔を赤くしながら、
「違うの、違うでしょ⁉ そこは悠己くんが『い、いきなり何言ってんだよ!』みたいに焦って顔赤らめるとこだから! それがなにを秒で枕にしようとするか!」
「なぁんだ。面白くもない冗談言うね」
「しかもちょっと怒ってない?」
冗談でも言っていいものとそうでないものがある。
眠気が限界に達した悠己にとっては後者。
悠己が「いかん寝てしまう」と訴えるような目線を送ると、唯李は得意げにニヤリと笑って、
「へえ、そんなに膝枕してほしいんだ~?」
「枕ほしい」
「枕ならなんでもいいみたいな言い方ダメ。してほしかったら、かわいいかわいい唯李ちゃんに膝枕してほしいですって言って」
「かわいいかわいい唯李ちゃんに膝枕してほしいです」
「素直すぎて怖い……」
唯李はコホン、と一つ咳払いをすると、ベンチに深く座り直してぴっとスカートの裾を掴んで伸ばした。
そしてそのままの姿勢で「ど、どーぞ」と顔は明後日のほうを向きながら、小さな声で言う。
悠己はためらうことなく上半身を倒して、膝の上に頭を乗っけていく。
顔に触れる太ももが予想よりずっと柔らかくて、非常に良い感じである。
「あ、あ~あ~……ほんとにしちゃったよ……。ねえ、あくまでニセの彼女っていう、そこんとこわかってる?」
「そういうの今関係なくない?」
「ずいぶん都合のいい口だね?」
上から伸びてきた指にぎゅうっとほっぺたをつねられる。
ここでせっかく手に入れた枕から離れるわけにはいかない。
悠己はそのまま力を抜いて強引に目をつぶる。
「じゃおやすみ」
「えっ、ちょっ……ま、マジで?」
口ではそういうものの、唯李はいい感じに足の高さとバランスを取ってくれている。とても寝心地がいい。
これは安心して頭を預けられると見るや、悠己はあっという間に眠りに落ちていった。
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