第33話 ゆいちゃんとデート

 それから数日後。

 悠己が学校から帰宅すると、リビングのソファーでこれみよがしにスマホをいじる瑞奈の姿があった。


 瑞奈がスマホを触っているときは、たいていピコピコ大きな音を出してゲームをやっているのだが、今日はやけに静かだ。

 制服から部屋着に着替えて隣に座ると、瑞奈はさっとスマホを伏せてずいっと一人分腰を離した。


「どしたの?」

「ちょっと、友達とラインしてるから」

「友達?」


 思わず聞き返すと、瑞奈は若干ぎこちなく笑う。


「そ、そう。友達できたの。へへ……」

「へえ、やったじゃん。名前は?」

「……り、りかちゃん」

「それ人形じゃなくて?」

「し、しっけいな!」


 瑞奈はふん、と息巻いて立ち上がり、リビングを出ていってしまった。

 それきり自分の部屋から顔を出さず、飯時に出てきたと思ったらまたすぐに引っ込んでしまう。 

 さらにその次の日は、珍しく悠己より遅く学校から帰ってきたかと思えば、


「友達と電話するから、入ってこないでね!」

 

 などと言ってすぐに自分の部屋にこもってしまう。

 帰ってきてすぐ電話するぐらいならなぜ別れた。

 という疑問もわくが、やがて飯時になって姿を現すと、


「はーいそがしいそがし。いそがしくてゆきくんの相手してらんないなぁ~」


 何やらブツブツと言いながら、せわしなくスマホをいじってみせる。

 どうやらメイドブームは風のように去ったらしい。なんや余計な後片付けだのしなくていいのでむしろ楽かもしれない。

 ずっとそんな調子なので自然と会話は減ってきているが、瑞奈はそれでも急に思い出したかのように、


「そういえばゆいちゃんは元気? あれきり見ないけど」


 とチクチク探りを入れてくる。

 名女優も少し休養が必要というので、あれ以来家には呼んでいない。

 というかリスクを冒してまでわざわざ連れてくる意味もないし、こうなるとほとんどお役御免のように思えたが、


「明日休みなのに、ゆいちゃんとデートしないの?」


 そんなふうに言われてしまうと返答に窮する。

 唯李にラインでその旨を伝えると「しょうがないなぁ~」という流れで、急遽デートらしきものをする運びとなった。



 そしてその当日。

 悠己が着替えを終えてリビングに出ていくと、瑞奈もいそいそと着替えをして出かける準備をしている。

 なるほどやはりそういうフリだったのかと、こちらから聞いてやる。


「瑞奈も一緒に来る?」

「妹同伴でデートするカップルがどこにいますか」

「あれ? じゃあどこか行くの?」

「ちょっと友達とね」

 

 ふふん、と瑞奈はすました顔をしてみせる。どうやら悠己の予想とは違ったらしい。

 しかしそうなると、その正体不明の友達というのがいよいよ気がかりになってくる。


「一応聞くけど、ネットの見知らぬ大きいお友達とかじゃないよね?」

「ち、違う! 学校の友達だから!」


 そんな見知らぬ人と会うような度胸があるとは思えない。

 どうせまた変な意地でも張っているのではないかと、もう一度こちらから提案をしてやる。


「瑞奈も一緒に来る?」

「なんで二回きくの! 瑞奈は友達と遊ぶって言ってるでしょ!」

 

 あくまで学校の友達と遊ぶ、と言い張るのなら、これ以上しつこく突っ込むのも野暮というものだろう。

 もしかすると本当に友達、を通り越して男友達……たとえばデートを申し込まれた、というような線もまったくゼロとは言い切れない。


 どちらにせよ心配ではあるけども、そういう過剰なおせっかいが瑞奈の独り立ちを阻害してしまっているのかもしれない。


「もう、ゆきくんはせっかくデートなんだから、自分のこと気にしなよ! 瑞奈のことはいいから早く行きなよ!」

「瑞奈もあんまり遅くならないようにね」


 やたら急かしてくる瑞奈にそう言い残すと、悠己は先に家を出た。

 待ち合わせ場所は最寄り駅前の広場。

 徒歩でやってきた悠己は、時間より少し早めに到着する。

 やや雲が出ているものの、おおむね天気は晴れで空気もカラッとしていて、とても過ごしやすい天候だ。


 時おり心地いい風も吹いていて、こういう日は外でぼーっと太陽の光を浴びているだけでも気分が上向きになる。

 待ち合わせ場所近くのレンガの上に座って待つ。

 車の行き交う往来や、駅から吐き出される人の波をぼうっと眺めていると、ふと目の前に影が落ちた。


「おーい起きてるか~」


 顔を上げると待ち人……唯李が顔の前で手を細かく左右に振っていた。

 目があうやいなやニコっと笑いかけてきて、


「待った?」

「待った。六分遅刻だね」

「こういうときは全然待ってないよ大丈夫って言ったほうがよくない?」

 

 悠己は駅前の時計台から目を離して立ち上がる。

 そして改めて正面へ視線を移すと、唯李は軽く襟元を正しながらはにかんだ。


「ごめんね、ちょっと家でゴタゴタあって出るの遅れちゃった」


 今日の装いは胸元にリボンの付いた白いブラウスと、チェック柄の標準丈のスカート。 

 前回見かけた私服姿とはまるで別人のようだ。まるでお人形のようなかわいらしい格好をしている。


「今日はかわいい服だね」

「今日は、は余計」


 率直な感想を漏らすと、唯李はふん、と鼻を鳴らした。

 改めて立ち姿を眺める。唯李は自分の二の腕をぎゅっと掴んで、目線をあさってのほうに逃がした。


「あ、あんまりじろじろ見ないでくれるかなぁ……」

「あぁごめん。でもすごいかわいいなって。どこかのお嬢様みたい」


 唯李の口元がゆっくり横に緩みかける。が、すぐに真顔を作って、


「そ、それで! 悠己くんはどこに連れてってくれるのかな?」

「いや特にどこっていうのはまったくないけど」


 きっぱり言い切ると、唯李の顔が近づいてきて、じとっとした視線を当てられる。


「……なにそれ。じゃなんで駅に集合って言ったの」

「そのほうがわかりやすいかと思って」


 特に他意はない。

 そう言うと、唯李は「はぁ~」とこれみよがしにため息をついてみせた。


「よくノープランでって言うけどさ。そこまでガチのノープランってどうなの? 無だよねもはや」

「いやぁなんていうか、なんだかんだで瑞奈も一緒に来ると思ってたんだよね」

「……それってどういうこと?」

「俺と、唯李と、三人で出かけたかったのかなぁって。でも友達できたからそっちと遊ぶって……」

「えっ、すごいじゃない! 早速友達できたんだ? それならよかったじゃん、なんでそんな困ったみたいな感じなの?」

「いや別にそういうわけでは……まあ少し引っかかるというか」

「悠己くんが変に心配しすぎなんじゃない? 瑞奈ちゃんすごくかわいいし明るいし、ちょっと変わってるかもしれないけど……全然友達が、とかそういう感じには見えなかったけどなぁ」


 唯李がそういう感想を持つのも無理はない。

 前回、初対面であったはずの唯李とは妙に打ち解けていて、それは悠己自身も驚きなのだ。


「まぁそれはとにかく……いつもは出かけるってなると瑞奈が行きたいっていうところに連れて行くだけだからさ」

「ふぅん……じゃあ、悠己くんが行きたいところは?」

「特にない」

「帰るか」

「じゃあそれだったら唯李が行きたいところ、どこでもついてくよ」

「え? あたし? あ、あたしは別にほら……ねえ?」


 水を向けると唯李も唯李でもにょもにょとして、話が進まない。

 あれこれ言うぐらいだから、てっきりなにか思うところがあるのかと思いきやこれだ。


「俺こういうの初めてだからよくわからなくて。唯李は慣れてるの?」

「ま、まぁね~……それなりには?」


 またも曖昧に濁す。妙に挙動不審だ。

 もしかして緊張しているのかな? とも思ったが、なんだか余裕ぶってもいるのでよくわからない。

 お互い案が出ず早くもグダグダになりつつあると、唯李がおもむろにスマホを取り出して操作しだした。


「そ、それじゃまずはそのへんで軽く喫茶店でも入って……」

「あぁ、思いついた。行きたいところあったよ」

「え?」

「じゃ行こうか」


 そう言って悠己は唯李の手を取る。

 一度ぎゅっと手のひら同士握りあったが、唯李が突然指を引っこ抜くようにぱっと手を離した。

 例によって無駄に顔を赤らめながら、


「ち、ちょい! なんで当然のように手握ってるの!」

「あ、あぁごめん、ついくせで……」

「……。ま、まあニセ彼女っていう手前、付き合ってあげなくもないけど……」

「瑞奈もいないのに今はそういうのいいでしょ。あ、でも握ってないと迷子になっちゃう?」

「ならんわ」


 結局、お互い微妙な距離を保ったまま、悠己は唯李とともにバスの停留所があるほうへ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る