第32話 審査の結果
「え?」
心、技とここまで余裕を見せつけていた唯李が、目を丸くして固まる。
瑞奈はおかまいなしに唯李の腕を取ると、さっそく手のひらを撫で回し始めた。
「むほほ、すべすべ~」
「え、ちょ、ちょっと……」
唯李が戸惑いの視線を悠己に送ってくる。
かたや悠己は、あの瑞奈がおじけもせず他人と接しているのを、感慨深げに眺めていた。
「むっ、ゆきくんが審査をしたそうな顔でこちらを見ている!」
「別にそんな顔で見てないけど」
「でもダメです、そういうんじゃないですから。これはげんせーなる審査ですから!」
瑞奈は「ゆいちゃんきて!」と自分から唯李の手をぐいぐいと引っ張っていく。
唯李は少し抵抗する姿勢を見せたが、結局なすすべなく連れ去られていった。
そして悠己はそんな二人をやはり感無量の思いで見送った。
一人ソファにもたれてテレビを見ていると、しばらくして二人が戻ってきた。
何やら難しい表情をしている瑞奈のかたわら、微妙に顔を赤くしてうつむきがちの唯李。
よくよく見ると、唯李の服はブラウスの襟が少し曲がっていたり、スカートに軽く折れがあったりと、若干衣服の乱れが見られるようだが……。
「うう……」
「どうしたの?」
「触られた……」
奥の部屋でどたばたと音がしたな、と思ったらそういうことらしい。
リビング中央にどん、と陣取った瑞奈は、すました顔で誰にともなく言う。
「……以上、すべての審査が終わりました。結果は……」
そして一度悠己と唯李の顔を交互に見渡すと、
「ブブーッ! 不合格!」
唇をすぼめて突き出して、大きく両手でバツを作った。
悠己は唯李と一度お互い顔を見合わせる。
唯李は苦笑いをしながら瑞奈に向かって首をかしげた。
「な、何がダメだったかなぁ……」
「ゆいちゃんは合格! 文句なしの星五つSSR!」
「えっ、じゃあなんで……」
「ゆきくん失格!」
瑞奈がびしっと勢いよく悠己を指さしてくる。
完全に油断していたところにまさかの失格。
「なんで俺が失格なんだよ。テストされてないのに」
「なんていうか……ゆきくんにはもったいない」
なるほどそれは確かに言えている。
一部言動に目をつむれば、やはり唯李は学校でもあちこちで噂される紛うことなき美少女。
口に出したらキレられそうだが、意外に家事能力も高くしっかりしていて、悠己自身驚いていたところだ。
「まあ、正直釣り合わないとは思ってるよ俺もね」
「そ、そっかな? あ、あたしは、そこまでは別に……」
唯李が言いにくそうに口をもにょもにょとやる。加えてこの演技力。
本来なら唯李にとって悠己など、軽く踏み潰していくただの隣の席の男にすぎないのだ。
もちろんそこまでの事情を知るはずのない瑞奈は、首を横に振ってみせて、
「う~ん……なんていうかこう……愛がね。ゆいちゃんからはそこはかとなく感じるんだけど、ゆきくんからゆいちゃんに対する愛がいまいち感じられない」
「あ、あたしからは感じるって、な、何が⁉」
「ん?」
「あ、ええと……まあ」
唯李はぼっと顔を赤らめながら、ちらちら悠己の様子をうかがってくる。
そこはかとなく漂う愛とやらも、やはり名女優唯李の演技の賜物……悠己はまったく気づかなかったが、女子同士なら通じる何かがあるのだろうか。
「それになんかふたりとも距離があるっていうか……」
唯李との立ち位置は物理的にも人三人分ぐらいは離れている。
恋人の距離感、などというものはもちろんわからないが、唯李が頑張って演技してくれているなら、悠己がそれを台無しにするわけにもいかないだろう。
「そんなことないよ、ほら」
立ち上がって、唯李の肩が触れ合うぐらいの距離まで近づく。
「それで?」
「……それで?」
瑞奈がさらに促してくるので、
「えーっと、じゃあ……」
何かそれらしい動作をしたほうがいいのか。
隣で立ちつくす唯李の顔色をそっと窺うと、向こうも同じように探りを入れるような表情を返してくる。
お互い読み合いをしていてもラチが明かないので、ものは試しと悠己は横から肩を抱きしめるように、両腕を唯李の体に回してみる。
「ぴゃっ」
その途端、ビクっと背筋を伸ばした唯李が変な声を上げた。
やりすぎかな? と思ってまた顔を見ると、あっという間に頬を赤らめた唯李が、OKともNGとも取れない微妙な表情をしている。
肩に軽く触れた感触が思いのほか柔らかい、というのもあるが、これだけ至近距離になってまず思うのは、
「いい匂いする……なんかつけてる?」
「つ、つけてないけど!」
「ふ~ん……?」
「ち、ちょっと‼」
これは不思議な……と鼻でくんくん匂っていくと、瑞奈が突然甲高い声で割り込んできた。
「ストぉっプ! 妹の前でイチャイチャすな!」
「瑞奈がやれって言ったんじゃん」
「変態オヤジっぽいことしろとは言ってない!」
瑞奈はプリプリとしながら間に入ってきて、悠己を引きはがす。
変態オヤジ……? と悠己が軽くショックを受けていると、
「だからその……ゆきくんはゆいちゃんのどこが好きなのかなって」
なるほどそういう質問が来るのも当然と言えば当然か。
だがもちろんそんな打ち合わせなど一切していないので、はたしてなんと答えればいいのか。
唯李の顔色をうかがうと、ぱちぱちと目でアイコンタクトをして、口をぱくぱくさせてくるので唇の動きを読む。
「……臀部(でんぶ)?」
「ぜ・ん・ぶ! 誰が尻だけの女だよ!」
「全部って……ふふっ」
「なにわろとんねん」
軽く肩をこづかれるが、唯李の物言いにどうにも笑いが止まらなくなる。
「なんなの⁉ なんでツボってるわけ? 何も面白くないでしょ⁉」
「全部好きになってほしいって思ってるんだって……なんか面白いなって」
「ち、違っ! こっ、これはその場のノリみたいなやつで……わかんないかな⁉ だいたいおとなしく『かわいくて優しいとこ』とか言っておけばいいのに!」
「じゃあかわいくて優しいとこ」
「言わされてるよねそれ明らかに。あるでしょ? たとえば一緒にいてどう、とか」
「うーん、なんだろうな……。唯李は一緒にいると……楽しい?」
「うんうん、それと?」
「……やかましい?」
「やかましいわ」
どうにもお気に召さないらしい。
するとやり取りを眺めていた瑞奈が、両手を振って待ったをかけてくる。
「はーいストップストップ。もういいです、わかりました。けっこうです」
今ので何がわかったというのか。
もしやニセ彼女だということ見破られたかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。
瑞奈はおもむろにぐっと腕組みをすると、どこか遠くを見るような目をしながら、
「そっかぁ~……ついにあのゆきくんにも彼女が……ここまで成長したかぁ……」
「遠い目してないで、今度は瑞奈の番だからね」
「何の番でしょう?」
「友達」
そう言うと瑞奈はぐりんと目玉を回して目線だけそらした。
ここに来てなお往生際が悪いので、しっかり釘を刺しておく。
「絶対の絶対って言ったよね?」
「ま、まあ瑞奈がその気になったら、楽勝だよねじっさい」
「と言いつつどこ行くの?」
「ちょっとおトイレに」
とかなんとか言って、瑞奈はそそくさと逃げていった。
ふう、と息をついた悠己は、同じく残された唯李に向かって軽く笑いかける。
「どうなることかと思ったけど、本当に彼女だと思い込んじゃったみたいだね」
「ま、まあなんていうか、はたから見たらあたしたち、結構自然な感じに見えなくもないのかも? って思ったり……」
「そこはかとなく愛を発してたって、唯李の演技のおかげだね。いよっ、名女優」
「い、いや~もう名演技っすわ。我ながら」
はっはっはと唯李が得意げに笑い飛ばしてくる。やけに声が上ずっていて上機嫌っぽい。
何にせよ、これで瑞奈にもよい変化が現れればいいのだが。
……と、一向にトイレから戻ってくる気配のない瑞奈を尻目に悠己はそう思った。
◆ ◇
背中のドア越しに、かすかに二人の声が聞こえてくる。
悪い人じゃない。あの人なら、きっと大丈夫。
(……よかったね、お兄ちゃん)
だけど驚きだった。
こんなにもすぐ、あんな彼女を作れてしまうなんて。
やっぱりもともと兄と、自分は、根本的に。
「瑞奈は……ゆきくんとは違うんだから」
こぼれてくる外の音を遮断するように耳をふさいで、瑞奈は目を閉じた。
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