第80話 唯李七変化2
「なーんて、言ってみちゃったりしてね!」
うってかわって明るい声があたりに響く。
ニンマリと笑みを浮かべた顔が、上目遣いに悠己を見た。
「さっきのもウソウソ、全部ジョーダン! 唯李ちゃん強キャラだからよゆーですよゆー! ちゃんゆいは伊達じゃない! それより見たかどーだ、頭なでなでやり返してやったぜ! あれぇあれぇ~どしたの悠己くんそんな顔して! 健気に頑張る唯李ちゃんにドキっとしちゃったかな? 頭撫でられて落ちた? 惚れた?」
お得意のからかい笑いをしながら、顔を覗き込んでくる。
さらに立てた人差し指を、顔の前でくるくると回すという新技つき。
またしてもやられた。
我に返って、体が脱力しかける。相変わらず小憎たらしいこの仕草。
けれども、どこか安堵している自分がいることに気づく。一拍置いて、徐々に笑みがこみ上げてくる。
それを悟られないよう、悠己は大きくため息を吐いて、肩をすくめてみせた。
「なんだ嘘か。あやうく騙されるところだった」
「きれいに決まったな~痛恨のクリティカルなでなで入ったわこれ~。一発で棺桶入りさせたったわ~」
んふふふふ、と唯李はさもご満悦の表情。笑いが止まらないらしい。
かたやこちらは怒りを通り越して呆れを通り越して、もはや返す言葉もなかった。
だけど、唯李が楽しそうに笑っている。
それだけで、もう他のことは何でもいいかという気がした。
「この完璧な流れ! 自分が怖い! それにしてもさっきの悠己くんの顔! くすくす、写真撮りたかったなぁ~ねえねえ今どんな気持ち? どんな気持ち?」
にやにやしながら左右に体を揺らして、いろんな角度から顔を見上げてくる。
これには早くも前言撤回したくなる。しつこい。
「たは~もう返す言葉もなくなっちゃったか~。ザ○ラル? ザ○ラルする?」
「いやぁでも俺、ちょっと唯李のこと誤解してたかもしれない」
「え?」
「だからなんていうかその……隣の席キラーも、そう悪くはないのかもって」
過程はどうあれ、結果はいいほうに転がった。思い返せばそれは瑞奈のときだってそうだ。
だから隣の席キラーを頭ごなしに悪と決めつけるのではなく、それも彼女の一面として、認めてあげるべきなのかもしれない。
そう言うと、唯李は急に姿勢を正した。真顔になった。
「いや……ていうかあの、隣の席キラーって……嘘だからね?」
「……ん? いやさっき凛央にも『あたしは隣の席キラーだから』って言ってたよね?」
「いやいやあれはただの方便っていうか……あの凛央ちゃんですらちゃんと理解してるよ? あんただけだよわかってないの」
「どういうこと? じゃあさっきのは全部茶番だったってこと?」
「茶番言うな」
唯李は当然のごとく否定するが、となるといろいろとつじつまが合わない。
「じゃあ仮に本当に隣の席キラーじゃないとしたら、今のはなんだったの? それと今までの思わせぶりなのはいったい何?」
「隣の席キラーやぞ。絶対殺したるからな」
一瞬にしてこの手のひら返し。
唖然とするも、唯李は挑戦的な顔で見上げきた。それきり何も言おうとしない。
ならばとこちらから向こうの思惑を突きつけてやる。
「つまり……あの場で凛央を完全に落としきるために、一時的に偽の隣の席キラーを装った真の隣の席キラー……そしてその流れでついでに俺のことも……ってことか。なるほどわかったそういう……俺じゃなかったら見逃しちゃうね」
唯李はすぐさま何か言いかけたが、すんでのところでキュッと口を結んで閉じた。
そして無言のまま恨めしげに睨みをきかせてくるので、手を伸ばしてその頭を撫でてやる。
「でも大丈夫大丈夫、別にそれで怒ったりしないから」
はっとした唯李はみるみるうちに顔を赤くした。かと思えば負けじと腕を伸ばし、悠己の頭を撫で返してきた。
「悠己くんはもう、ほんっとにしょうがないでちゅねぇ~!」
お互い頭を撫で合うという謎の状況になる。
唯李は一歩も引く気配がない。それどころかわしわしと撫でる手にだいぶ力が入っている。
しまいにはべえっと舌を出し、大きく一歩うしろに距離をとった。
「あ~凛央ちゃんも完全に落としたったわ。また勝ってしまった……敗北を知りたい……。悠己くんも早く泣いて敗北宣言しなよほらほら」
「これはひどい。もうほんと泣けてくる」
「ふはは、こちとら天下無敵の隣の席キラー様ぞ? ひれ伏せひれ伏せ」
腰に手を当ててふんぞり返りながら、高笑いをする唯李。
妙にしおらしかったさっきの態度はいったいどこへやらだ。
(まったくもう……)
七変化どころか十も二十も、百面相すらありそうで本当にとらえどころがない。
その中のどれが本物かって……仮に唯李の心の中を覗けたとして、すぐに答えが出てくるかなんて怪しいものだ。
(天下無敵の隣の席キラー、ねえ……。どうだか)
彼女の言葉の何が嘘で、何が本当か。
答えは案外単純で……やっぱりそうでないかもしれない。
だけどどのみち、そんなことはささいな問題だと思った。
なぜなら今このときに、唯李が心の底から、笑顔でいてさえくれれば、もうそれで……。
(まぁ、とりあえずは……)
ごちゃごちゃになった思考を追い出すように息を吐いて、前を向く。
いつの間にか先に立った唯李が、こちらを振り返ってせかしてきた。
「ホラ、ぼさっとしてないで早く行くよ!」
車道を流れる車のライトが、逆光に彼女の姿を浮かび上がらせる。
唯李は大きく腕を振りながら、「早く早く!」と笑ってみせた。
その顔に向かって一度頷きを返すと、悠己はゆっくりと歩き出した。
◆ ◇
「机の引き出しの奥に隠したできの悪いテスト、お母さんに見つかってたわよ。お母さんすごく怒ってたけど……まったく、のび太くんみたいなことしてるんじゃないわよ」
後日。
もはや小細工なしに部屋に乗り込んできた真希が、開口一番にそう言った。
突然のことに目を剥いた唯李は、手にした漫画を放って真希の胸元に食らいついていく。
「え、えぇっ、勝手にあたしの部屋入って漁ったの!?」
「唯李お小遣い減らすって。ゲームも一日一時間」
「なっ、なんで!?」
「なんでって、逆になんで? 反論の余地ないでしょ」
(ぐぅ、大悪魔の手先め……真のデビルはここに……!)
この凶悪さ、デビル唯李なぞまるで子供のお遊びのようだ。
しかし今回やらかした一番の原因は、ゲームにのめり込んだことではない。
悠己と凛央が裏でなにやら仲良くしてそうなのが気になって、勉強がほとんど手につかなかったのだ。
いざ机に向かってもまったく集中できず、そのもやもやをゲームで晴らしていたとも言える。それも元を正せば全部悠己が悪い。つまりあいつのせい。
だがそんな事情を姉に話したらまさに格好の燃料投下、末代までの恥である。
こういうときこそ親友である凛央の出番だ。
唯李は真希をとっとと部屋から追い出すと、すぐにスマホを手にとって凛央にコールする。
ワンコール鳴り止まないうちに凛央は電話に出た。
「聞いてよ凛央ちゃん! ひどいんだよ! 勝手に人の部屋に入って……」
「唯李。友達として、素直に忠告するけど……今回のテストは、はっきり言って唯李の自業自得よ。あれだけわかりやすいノートを用意してあげたのに」
「そ、そっか、そうだよね……ごめんね、せっかくノート用意してくれたのに」
「だいたい今回のテストは全体的にそれほど難しくもなくて……」
なぐさめてもらうはずがお説教が始まってしまった。
逆に平謝りをさせられるハメになった唯李は、やっとのことで話を落ち着けて電話を切った。
「まったくマジレスとか頭固いんだよなぁ。そういうとこ、そういうとこなんだよなぁ。これだからリーオーは……」
スマホをいじりながら、電話帳の悠己の名前のところで手を止める。
この間の帰り道では、つい余計なことを口走ってしまった。
場の空気がおかしくなりかけたので慌ててごまかしたが、そのせいでさらに深みにハマってしまった感がある。
きっとアホだから向こうは気づいていない。
(でも案外、弱っている感じを見せていけば今度こそいけるじゃ? なんだかんだで優しいし……)
などと思った唯李は、勢いに任せて悠己に電話をかけた。
こちらはなかなか出なかったが、しつこく鳴らしてやると通話になった。
「……もしもし?」
「ぐすん、あのね悠己くん……聞いて?」
「隣の席キラーは敵」
唯李はすぐさま電話を切った。
(頭固いどころの話じゃねえコイツ……)
「ちくしょう、ちくしょうっ……絶対、ぜったい落としてやるぅっ!」
その夜、隣の席キラーは枕を濡らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます