第81話 番外ネタ 唯李ちゃんの休日
とある日曜。
唯李の朝は早い。
休みでも起床はいつもどおり。起きた後にわざと二度寝をかます。そうすることで休日感を味わう。
菓子パンをかじりながら、スマホ片手にベッドの中に戻る。アプリで更新された漫画を読む。面白いネタがないかとSNSを開いて流し見る。その後同様に動画サイトをチェックする。一通り巡回が終わると、しぶしぶベッドから這い出て、洗面所へ向かうことにする。
部屋のドアを開けると、小さな影が足元を横切った。するりと部屋に入ってくる。黒毛の雑種オス猫。
いちおう家で猫を飼っているのだ。
というのは絶望的に懐いていない。基本的に顔を見ると逃げられる。
そしてクロというセンスのかけらもない名前をつけられてしまっている。なので唯李は彼のことを勝手にガブちゃん(正式名称ガブリエル)と呼んでいる。これは頭以外の部分に手を触れると、すぐさまガブガブと噛んでくるためだ。
さきほど起き抜けに見たショート動画のことを思い出した。猫と戯れる動画だ。やたらに再生が回っていた。
唯李はふと思いついてスマホを手に取り、カメラをガブに向けた。
2つほど別のSNSに登録しているが、投稿はたまにだけ。ほぼ見る用だ。アカウントに鍵をかけたり外したりを繰り返している。そろそろ本格的に発信を始めようと思っている。
「ほらガブこい、かかってこい、おらおら」
すぐブチ切れる猫というテーマで動画撮影する。
ガブは珍しく逃亡せずに、じっとこちらを見上げている。この感じはお腹が減っているのかもしれない。こういうときだけ媚びてくる汚いやつなのだ。
唯李は身をかがめると、スマホ片手に様子見でガブの前足を指でツンツンする。これをやると基本ブチ切れる。
だが今日に限っては、不機嫌そうにしっぽを動かすだけでやる気がない。
ならばと前足を取って肉球をぷにぷにとする。今度はいきなり噛みついてきた。慌てて手を引っ込める。
「いったいわ、甘噛みにしても微妙にいてえんだよ、ギリギリアウトな痛さなんだよ。野に返すぞおまえ~」
動画を撮っていることも忘れ、つい暴言を吐いてしまう。こんな音声入りでは使えない。バズるどころか炎上してしまう。
そもそもいきなり噛みついてくる猫とかどこに需要があるのか。撮影を中断する。
「今のは嘘だよ~ん。遊んであげるからガブちゃんちょっと待っててね~」
ガブの頭を撫でて部屋を出た。動画にするにももう少し調教が必要だ。逃げられないようにドアを閉めて、ガブを部屋の中に入れておく。
顔を洗って着替えを済ませ、リビングへ。出払っているのか誰もいなかった。
いつもキャットフードの置いてある戸棚をのぞくが見当たらない。ちゃんとエサをあげたのかどうかもわからない。
唯李はリビングを出て姉の部屋に向かった。レポート締め切り間近らしく、昨晩あたりから真希は珍しくピリピリしている。
「うえーい! マキマキうえーい!」
スマホで動画を回しながら部屋に突撃する。
ふだん虐げられているぶん、ここぞとばかりにやり返す。
机の上のノートパソコンに向かっていた真希は、無言でスリッパを投げつけてきた。いきなりブチギレ。
すぐさま部屋を離脱する。しかしその傍若無人っぷりを無事動画に収めることに成功。
さっそく投稿サイトにアップしようと試みる。「キレ散らかすアッネ(彼氏募集中)」というタイトルを付けたまではいいが、顔がガッツリ出てしまっている。メイクもしていない。髪ばっさばさで委員長メガネを掛けている。もし勝手にアップしたのがバレたら間違いなく殺される。あえなく投稿を断念。
「やっぱガブちゃんしかねえか~……」
愚かな大衆は動物に弱い。そこを狙いすましていく。
自分の部屋に戻ろうとする。がすぐにターンして姉の部屋に舞い戻った。真希に聞きたいことがあった。
ドアを少しだけ開けて、
「ねえお姉ちゃん、朝クロに餌あげた?」
「何? ……あ、今日あげてないかも。忘れてた」
「鬼畜かよ。ていうかエサなかったけど」
「え? ほんと? 上の棚見た?」
「なかったって」
「あれ? お母さんまだあるって言ってたと思ったけど……唯李悪いんだけど、お姉ちゃん忙しいから小口で買ってきてクロにあげといて」
全投げである。
最初に猫を飼いたいと言い出したのは姉である。それが今やこの扱い。
いややっぱり自分だったかもしれない。そのあたりは記憶が定かではない。とにかく半々である。
「まったくなんで誰も気づかないわけ~?」
自分を棚に上げ文句をたれつつ、唯李は家族用の財布を持って家を出る。
さすがに理由もなく飯抜きはかわいそうだ。それぐらいの良心はある。
この財布のお金は、一応勝手に使っていいことになっている。しかしきっちりレシートを提出しなければいけない。
母親はふだん事務方の仕事をしている。金銭の管理にはかなりうるさい。うちで使うそういうお金も小口という言い方をするのは正直どうかと思う。
ママチャリにまたがり、近所の大型スーパーマ―ケット目指してペダルを漕ぐ。
あたりは住宅街で周辺にはほとんど何もない。駅もさびれている。しかしこのスーパーが有能で、ここに来ればだいたいのものが揃う。
10分ほどで到着。入店し、まっすぐペット用品売り場へ向かう。
よく使い走りにされるため中は勝手知ったるものだ。目当てのキャットフードの棚にたどり着くと、近くに見慣れない物体が置いてあるのを見つけた。唯李ははたと足を止める。
「……猫パンチャー?」
見本が一つ置いてある。土台付きのバネの先端に球体がくっついている。
パッケージの表紙では、猫が夢中になって手を伸ばしていた。あらかわいらしい。
なるほどこういうアイテムを使ってバズらせるという手もある。
少し想像してみる。
猫パンチャーを見つけるガブ。チラ見する。スルーして脇を歩いていく。置き去りになる謎の物体。邪魔。
あの塩対応な感じ、思えば誰かに似ている。いや誰とは言わないが。
それに余計な物を買うとあとでレシートを突きつけられて、「これ、何買ったのこれ?」と詰められること間違いない。不要と判断されれば、自分の小遣いから精算させられる。
おとなしくエサだけを買って帰宅。
お腹をすかせているだろうと思い、すぐに封を切ってガブ専用皿にカリカリを流し込む。
皿の底にはアバレルンジャーのイラストがプリントされている。なぜこの皿なのかはわからない。最初はたまたまで使い始めたのだが、今やガブはこの皿の上に置いたものでないと食べないのだ。逆に言うとここに置くと何でも食べようとする。
「あれ? ガブどこ行った?」
エサを盛ったはいいが肝心のガブの姿が見当たらない。
定位置であるリビング窓際、キッチンの隅などを探すがいない。
家の中で飼っているので、基本外には出さないのだ。というか外に出たがらない。
不審に思いながらも、とりあえず姉の部屋に行って聞いてみる。真希はいぜんとしてパソコンと格闘していた。
「お姉ちゃんガブ夫見なかった?」
「……なに? だれ?」
「クロ」
「見てないわよ。キッチンのとこにいない?」
「いなかったよ。ていうかお姉ちゃんってキーボードで文字打てるんだ」
「バカにするんじゃないわよこのぐらい余裕よ」
「人差し指しか使ってなくない?」
「ちゃんと中指も使ってるわよたまに。ていうか邪魔しないでくれる? 静かにしてお願いだから。お姉ちゃんレポートヤバイって言ったでしょ?」
「これエサ買ってきたやつ。食べる?」
「あら~おいしそうなカリカリ! 真希まっしぐら! って誰が食べるかい!」
「んー2点! やり直し」
「もういいでしょこれで満足でしょ出てって」
かまってあげたんだからもう許してと言わんばかりである。
マジでヤバい状況らしい。さすがにこれ以上邪魔するとあとが怖い。
差し入れとして、キャットフードを一粒つまんでテーブルの端に置く。退室。
「ん~どこ行ったのかなガブ……あっ」
思い出した。自分の部屋に閉じ込めていたのをすっかり忘れていた。
急いで部屋へ。皿を片手に扉を開けると、ガブはすぐに飛び出してきた。
足元にまとわりつきながら、頭を擦り付けてくる。
「おーガブちゃんごめんね怖かったね~。よちよち~」
かがんで頭をなでてやるが、一瞬噛まれそうな気配がしたので手を引っ込めた。
どうも妙な態度だと思ったら、ガブの視線は餌の乗った皿に注がれている。
「待て、待て。あたしが買ってきてやったんだぞ。感謝が足りんよ、一回回ってワンと言いななさい」
手で待ったをかけるが無視して回り込んでくる。エサしか見えていない。
一度皿を高く持ち上げて、
「君がッ! 鳴くまで! 餌をあげないッ!」
とセリフを決めてみたがまったく鳴く気配がない。
張り合いがないので、皿を床に置いてとっとと食べさせる。
ガブは背を向けて皿に顔を突っ込みだした。もうお前に用はないと言わんばかりだ。
食事を邪魔するとガチギレされるので、唯李は召使いのごとくガブの傍に控える。
しかしふと思い立ってスマホのカメラを起動する。夢中になって食べる食事シーンというのもありかもしれない。
通路にかがみこんでカメラを向けると、部屋の中からかすかに異臭が漂ってきた。
は? と思考が停止する。立ち上がって鼻をひくつかせる。やはり臭う。
いやまさか……と思いながらも、臭いのもとをたどってふらふらと部屋に入っていく。
やってきたのはベッドの前。見た感じ特に異変はない……と思った矢先、視線が釘付けになった。
細長く茶色い物体。布団の上にちょこんと乗っていた。小さいながらにとんでもない悪臭を放っている。
唯李は振り返って叫んでいた。
「ガブリエルゥゥゥゥウウ!」
「だから静かにしろって言ってるでしょおがあああああ!」
すかさず鬼の形相をした真希が部屋を飛び出してきた。
くさい部屋でお説教を食らう。それからブツの後始末をする羽目になる。匂いが取れずに消臭剤を買いにまたスーパーと家を往復した。
肝心のガブは空になった皿を残してどこかにいなくなっていた。
そうして唯李の休日は過ぎていった。
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