第82話 番外ネタ 凛央ちゃんと一緒 1

 とある日曜。

 唯李の朝は遅い。

 

 耳元でスマホが鳴る音が聞こえた。

 無意識のうちに手を伸ばし、アラームを切る。その後、再びスマホが鳴る音がする。

 はっと目を覚まし、身を起こす。やらかしたと思ってスマホの画面を見る。

 鳴っていたのはアラームではなかった。通話アプリが着信している。相手はRIO。


「唯李? なんで切ったの? もう着くんだけど?」


 電話に出るとやや半ギレの声がした。

 やっと頭が回ってきて、状況を把握する。

 

 今日は夏休みに突入し初めての日曜。凛央と遊ぶ約束をしていたのだった。

 本来早く起きて準備をしているはずが、昨晩遅くまでゲームの配信を見ていたせいで起床が遅れた。

 そして凛央の声を聞くまで勘違いをしていた。てっきり今日は学校で、寝坊したと。

 夏休みに入ってたった数日。早くも活動時間が夜にずれ込んでいる。


「あ、もう家来ちゃっていいよ全然! 余裕で準備OKだから!」


 と言って通話を切ると、唯李はベッドから跳ね起きて急いで着替えをする。

 下に降りていくと例によって家には誰もいなかった。真希すらいない。

 時計は午前十時を回っていた。これにはビビる。このままでは夏休みダメ人間一直線である。


「あ~どうしよっかな今日……」


 今日の予定はと言うと特に決めていない。漠然と遊ぶ、とだけ。さらに家に迎えに来てというクソムーブをかました。最悪またうちでゲームでもやればいいかと。基本インドア派であるからして、出かけるにしても思いつく出かけ先がない。

 大勢に混じるはともかく、二人きりで同学年の女子と遊ぶは意外にないのだ。それこそこの前凛央と家で遊んだきりだ。


 数分後にチャイムが鳴った。玄関で凛央を出迎える。

 パーカーにゆったりしたショートパンツというボーイッシュな格好。なんだキャラ変か? と思ったがこれは意外に似合っている。かわいい。


「これ、クッキー作ったから」

「あ~もう、いいのにも~ありがと~」


 凛央が小袋を手渡してきた。親戚のおばちゃんっぽく受け取る。

 起きてから何も口にしていないことに気づき、その場で開けて食べ始めた。くそうまい。


「で、どうするの?」

「じゃあガチでやりますか。忖度なしのガチプレイを。動画で盗んだからね、プロのテクをね」

「んー……ゲームばっかりだと不健康だから、外で軽くジョギングでもしない? 天気もいいし」


 えぇ……と思ったが凛央の言うことも一理ある。最近運動不足なのは否めない。

 外はよく晴れていて、それほど暑くもない。軽く体を動かすにはちょうどいい日和。ゲームでボコられてストレスをためるよりはるかにいい。ナイス提案。

 

「いいね、やっぱJKは健康的であるべきだよね~」


 動きやすい格好に着替え直し、スニーカーを履いて外に出る。

 その間もらったクッキーを全部食べてしまった。これは不健康。そのぶんカロリーを消費しないといけない。

 

「とりあえずこっちの道をまっすぐ行こう」


 このあたりの道にはうとい凛央の代わりに、大体の経路を頭で描く。

 といってもそこまで長距離を走るつもりはない。近所をぐるっと軽く回ってくればいいだろう。


「じゃ、行きましょうか」


 軽く伸びをした凛央が微笑む。陰りのない笑顔だ。

 ちょっとどきりとする。目の保養。 


 唯李は一度深く呼吸をする。澄んだ空気が肺に入ってきて、気分がいっそう乗ってきた。

 どうなることかと思ったが、いい感じに収まりつつある。それはちょっと前の一連の騒動も含めてだ。

 今や凛央とは名実ともに友人……いやもはや親友と呼んでも差し支えないだろう。


 唯李は満面に笑みを浮かべて、頷きを返す。

 そして凛央と二人一緒に、仲良くスタートを切った。


「いやはええよ!」


 しかし走り出して五秒で叫んでいた。

 凛央の歩幅がおかしい。ペースがおかしい。フォームがおかしい。いやフォーム自体はいい。よすぎる。

 凛央は数メートル先で立ち止まって振り返った。怪訝そうな顔で足踏みしている。


「どうしたの唯李~?」

「だからはええっつってんの!」

「なに~?」

「ほら声聞こえないじゃん、聞こえないぐらい距離できちゃってるじゃん」


 てっきり仲良くおしゃべりしながら、ゆるゆると流すのだと思っていた。

 それが何をそんなガチっぽく腕を振っているのか。親友を置いてぶっちぎっているのか。どう見てもジョギングというペースではない。


 そして数十分後。

 そんなに言うならやってやるよと、ハイペースで凛央についていった。

 こっちからでも行けるんじゃない? と予定のコースを外れ、勝手に遠回りされた。行けなかった。唯李ですら知らない道を突き進んだ。

 なんとか家の前に生還する。肩で息をする唯李を尻目に、凛央は涼しげな顔。さすがに呼吸が乱れてはいるが、表情に疲労は見られない。


「ひぃ、ひぃ……死ぬぅ……」

「文句言ってる割に唯李もけっこう走れるじゃない」

「これでも中学の時は運動部やってたからね一応ね!」

「私は休みの日はいつも走ってるから、走らないと気持ち悪いの」

「あたしは今気持ち悪いよ今!」


 とにかく走るのは終了。

 それにこの界隈でガチマラソンしていると、鷹月さんちのお子さん気でも触れたのかと思われる。


「体も温まってきたし、これから何しましょうか」

「ウォーミングアップを手伝っちゃったよ。完全体にしちゃったよ。まだ運動する気? これから本番?」

「なにか運動する道具があるといいわよね。フリスビーとか」

「フリスビーて。JKが休日にフリスビーて。ネタ以外で初めて聞いたわ」

「たとえばよ。そんな言わなくてもいいでしょ」


 ともかくまだまだ動き足りないらしい。残念ながら家にそんな遊び道具などない。

 どのみちお昼時である。お弁当を求めて、唯李御用達のスーパーに向かうことにした。ついでにそこでなにか遊ぶものを探すことにする。

 家からママチャリを押して路地に出ると、さっそく凛央に不審そうな顔をされる。


「なに? 自転車で行くの?」

「なに? 走っていこうとしてる?」


 小競り合い勃発。ここは譲れない。


「じゃあ凛央ちゃんうしろ乗る?」

「うしろ? ダメよ、二人乗りは禁止よ」

「そう? マンガとかでよくやってるじゃん」

「二人乗りは道路交通法57条2項に基づいて、各都道府県の公安委員会が定める道路交通規則で原則違反とされているそうだけど」

「ググって論破するのやめてもらっていかな」


 和気あいあいと二人乗り、みたいな流れにはならない。

 結局唯李が自転車、凛央は走りで、近所の大型スーパーにやってくる。

 食料品売り場とホームセンターが合体したような作りだ。勝手知ったる唯李が先にたって案内をする。


「マジでここなんでもあるから。何でも揃うよ」

「へえ。じゃあ竹刀とかもあるかしら」

「ごめんさすがに竹刀はないと思う。ていうかなんで竹刀探すの? あたしのことシバこうとしてる?」


 凛央はなぜか一人でにやにやしている。彼女なりのギャグだったのか知らないが意味不明で怖い。

 スポーツ用品コーナーがあったはず、と棚を巡っていく。その途中、おもちゃコーナーで唯李は足を止めた。やたら蛍光色をしたアイテムがごちゃごちゃ並んでいる。


「こういうの見てるとテンション上がるよね。ほらシャボン玉セットあるよ。あと水風船とか」

「急に小学生レベルまで下がったわね」

「フリスビーはないね。残念りおちゃん」

「だからそれはいいって言ってるでしょ。人が一回言うとすぐそうやって」

「かぶせてくのは基本だから。滑ったギャグをこうやって使ってくんよ、おわかり?」


 一つ講釈をしてやるが凛央はくすりともしない。やはりそういうセンスに欠けていると思う。

 そしてスポーツ用品コーナーに到着。バット、グローブ、野球ボールときて、サッカーボールやゴルフボールなども置いてある。だいたいのものは揃っているが、どれもガチなスポーツ寄り。見て回るもいまいちピンとこない。


「んーそういう感じじゃないんだよな~。これならいっそフリスビーのほうがマシかもな~」


 ちらりと凛央の顔色をうかがうが無視。

 かと思いきや、凛央の視線は棚の脇に引っかかっているバトミントンラケットに注がれていた。


「これとか、どう? セットで売ってるわよ」

「おっ、いいねバドミントン! 凛央ちゃんにしては珍しくまともな提案するじゃん!」

「ちょいちょい一言多くない?」


 割り勘でバトミントンセットを買うことにする。シャトルにラケット2つセットで千円弱。

 それからお昼用に飲み物おにぎりなどを購入すると、店を出てこの先にある公園に向かった。

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