第7話 お兄ちゃん

 さらされた素肌が、天井の明かりを照り返して光る。

 腕、肩、腰回り、足。シミひとつない白い肌の胸部と腰元には、薄いピンクで揃えたブラジャーとパンティ。

 慌てるでもなくタオルを拾い上げることもせず、瑞奈がしてやったりと笑いかけてくる。


「安心してくださいはいてますよ~……。どう? びっくりした? びっくりした?」

「安心も何も、それアウトなやつだよね」

「なんで? はいてるからセーフですよ。これ、この前買ったやつなのかわいいでしょお~」


 瑞奈は脇に手を当ててポーズをとると、パンティの腰元の生地を軽く引っ張ってみせる。


「うん、かわいいかわいい」


 悠己はそう言ってさらりと流す。

 別に、とでも言おうものなら機嫌を損ねるのは間違いない。

 しかし実際は瑞奈の下着も普通に洗ったりするので見慣れているのだ。


 瑞奈は腕をやったぁ、とさせて、全身を見せびらかすようにくるりとその場で回転を始める。


「わかったから服を着なさい服を」


 そう注意すると、瑞奈は椅子の背もたれに脱ぎっぱなしでひっかかっていた制服のブラウスを羽織った。

 しかしこれだと上は隠れるが、下はやはり見えている。際どいラインを攻めてしまっている。


「下は」

「いいよぉ暑いし」


 見えるか見えないかはあまり問題ではないらしい。

 とはいえこれもいつものことで、暑いと言って風呂上がりはなかなか服を着たがらない。

 下着単体で見るならなんとも思わないが、実際着用しているとなると少し話は違ってくる。

 ここ最近、腰にくびれが出てきてお尻も膨らんできて、何より胸が急成長しているのだ。

 そして本人にはそういう自覚があまりないところがよろしくない。


 瑞奈が無防備に足を折り曲げてぼふっとソファの上に座るので、悠己はあさってのほうに目を背けながら、 


「また風邪引いても知らないよ」

「ひかないもーん」


 それに何より、生まれつきの体質なのか瑞奈は体調を崩しやすい。そのへんも母親譲りと言える。

 楽だしよく眠れる、と言って夜も下着姿のまま寝たりと、本人の素行の悪さも相まって風邪なんかは定期的にやるのだ。


 やがて瑞奈がドライヤーで髪をゴーゴーとやり始めた。

「手伝って」と言われ、後頭部の髪を手ですくいながら温風を当ててやる。

 指通りのよいさらさらのストレートな黒髪だ。シャンプーなどは同じものを使っているはずなのに、やたらいい香りがする。

 髪を乾かし終わると、瑞奈はせわしなく立ち上がって、一度自分の部屋に引っ込んだ。

 そしてすぐにゲーム機を手に戻ってきて、


「ゆきくん一緒にゲームやろ!」

「今から宿題やるからダメ」


 宿題もそうだが、英語の予習は毎回やらないといけないのだ。

 唯李に次からちゃんとやりなさいと言われてしまった手前、またサボるわけにもいかない。


「え~そんなのあとでやればいいじゃん~」


 瑞奈が悠己の腕を取ってゆすり始める。

 こうやって毎度毎度邪魔をされるのだが、こうなるとなかなか言うことを聞かない。

 それになんだかんだで、悠己は瑞奈には甘い。


「わかったよ、ちょっとだけね。でも対戦すると瑞奈容赦なくボコってくるしなぁ」

「じゃ瑞奈がゲームやるから見てて」

「なにそれ」


 そう言いつつも、おとなしく付き合ってやる。

 というか瑞奈が勝手にゲーム機を接続し、テレビの前に陣取ってしまった。

 悠己が見守る中、瑞奈は一人でゲームのコントローラーをカチャカチャとやりながら、


「ねえねえあのスターどうやって取ると思う?」

「急に言われたってわかんないよ」

「も~。ゆきくんゲームって言ったらあれしかやらないもんね、逆転裁判官。好きだよねぇ~ああいうの。そのくせいつになってもクリアできてなかったし」

「まぁ所詮ゲームだからね。あれは実際とはちょっとわけが違うし、想定より意外と単純だったりね」


 瑞奈は何がおかしいのか、口元をおさえて笑いをこらえる仕草をする。

 悠己は推理モノやミステリー好きなくせに、思惑をことごとく外すため、父や妹には的外れキャラとしてよくからかわれる。


 ただ悠己としては、毎度ちょっと深読みしすぎてしまっているぐらいにしか思っていない。

 なのでそういう扱いは不本意だ、というと、コントローラーを手放した瑞奈が急に立ち上がり、ソファの上に座っていた悠己の頭に手を伸ばしてきて、


「よしよし。お兄ちゃんはかわいいね~」


 猫撫で声を出して頭に触れてくるので、手でしっしと振り払う。

 今から一年ぐらい前だったか、「いつまでもお兄ちゃんはなんか子供っぽい感じがする」だとか言いだして、呼び方が変わった。

 だからこうやって瑞奈が急にお兄ちゃん呼びをしてくると少し違和感がある。


「ゲームは?」

「飽きた~」

「つけっぱなしにしないで消しなよ」 

「ごろごろごろ」


 するすると背後に回り込んだ瑞奈が、体重をかけて寄りかかりながら抱きついてくる。

 昔からよくやるじゃれかたではあるが、やはり体が……主に胸が成長してきてしまうと、どうしても感触その他諸々に問題が出てきてしまうわけで。


「なでり、なでり」


 瑞奈が勝手に悠己の手を取って、自分の頭を撫でさせる。

 手刀を作ってずべし、とやると、がぶっと噛みつかれそうになるので手を引っ込めた。

 しかしふと思い立ち、今度は悠己のほうから手を乗せて頭を撫でてみると、へにゃっと瑞奈の口元が緩んだ。


「これ、嫌じゃない?」

「んなわけない」

「女の子は気安く頭を撫でられるのは嫌だと」

「それはきっとツンデレってやつだね。でもどしたの急に」

「いや、別に……」


 瑞奈の意見はやはりあまり参考にはならなそうだ。

 そのあと瑞奈は頭を撫でられるがままにしばらく悠己に体を預けていたが、急に

「はい、これでおしまい」と言って悠己の手を離した。


 ならばこちらもちょうどいい具合と、立ち上がって風呂場に向かおうとすると、今度は「待って」と服の裾を引っ張られる。


「伸びるからやめて」と振りほどくと、瑞奈が急に神妙な面持ちになって「そこ座って」と床の座布団を指さしたので、仕方なく言うとおりにする。

対面にやけに行儀よく正座した瑞奈は、やはり真面目な顔で言った。


「お兄ちゃんに大切なお話があります」

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