第62話 やればできる子

 その凛央の一言で空気が変わった。

 だがこの流れはまずいと、すかさず悠己が間に入る。


「ちょっと待って、やめなよ凛央」

「大丈夫よ、マスブラでしょ? 私やったことあるから」

「え?」

「もともと弟が持ってて、この前唯李が好きだって言ってたから借りてちょっと練習したの」


 弟いるんだ……と少し驚きだったが、「ちょっと練習した」というワードはどう見てもよろしくない展開が予想できる。

 瑞奈はちょっとやそっとでどうにかなるレベルの相手ではないのだ。

 待ってましたとばかりに瑞奈が躍り出てきて、


「じゃあ決まりね! くっくっく……木っ端微塵にしてやる。あのちゃんゆいのように」


 してやったりとほくそ笑みながら、一足先にリビングに戻っていく。

 テレビにつけっぱなしになっているのは、ついさっきも瑞奈がプレイしていたゲーム……この前唯李とも遊んだマスブラだ。


 二つコントローラーを手にした瑞奈は、一つをソファの隅っこに置くと、もう一つを持ったままその反対側の端に腰を落ち着けた。

 凛央はコントローラーを拾い上げると、髪をかきあげながらソファに腰掛ける。


 普段どおりの落ち着いた所作だが、おそらく瑞奈の実力をみくびっている。

 これでは唯李の二の舞になってしまうのでは。ただでさえ凛央がコントローラーを握っていると違和感があるのだ。


「ん~誰にしようかなぁ~」


 一方の瑞奈は前回の唯李のこともあり、自信たっぷりの様子でキャラを吟味する。

 そのうちに凛央がとっととキャラを選択した。「むっ」と一度凛央の顔を見た瑞奈は、負けじとすぐにキャラを決めてバトルスタート。

 ゲームが始まると、凛央のキャラはなぜかその場で素振りをくりだし始めた。

 

「あれれボタンわかんないのかなぁ~? でも練習とかそういうのないからね! 勝負の世界は非情なり!」


 そう言って容赦なく攻め込んでいく瑞奈。やはりいくらなんでも無茶だ。

 悠己としては凛央を応援したいところだが、一方的にやられるのを見るのも心苦しい。


 早くもゲーム画面を見ていられなくなっていると、突然機敏な動きをした凛央のキャラがカウンター気味に瑞奈のキャラに技を当てた。


「あっ!」


 瑞奈が声を上げる間に、凛央はさらに連続技で一気に手痛いダメージを与える。

 すっかり油断していた瑞奈は、やや前のめりなってテレビを注視する。今ので相手が只者ではないと悟ったらしい。


「……ここはフレ有利。ジャスガで反確」


 かたや凛央はブツブツ謎の呪文を唱えながら、難なく瑞奈を返り討つ。

 一度大きく瑞奈のキャラを弾き飛ばすと、凛央は遠くから延々飛び道具攻撃を繰り返しだした。

 これはかなり嫌な動きだ。耐えきれず瑞奈が飛び込んだところへ、待ってましたとばかりにジャンプ攻撃で迎え撃つ。


「さっきからそればっかりずるい!」

「勝負だから仕方ないわよね」

「ぬぅっ……」


 凛央は似たような行動を繰り返し、ミスのない正確無比な操作でダメージレースを有利に運んでいく。

 よほど立ち回りが上手いのか、瑞奈は延々それに引っ掛けられてしまい歯が立たない。

 悠己はよくわからないなりに観戦するも、実際何が起こっているのかよくわからなかった。


「なんか機械みたいで気持ち悪い!」


 そしてついに瑞奈が悲鳴を上げる。

 同時に画面には大きくKOの文字。凛央の圧勝だった。

 まさかの敗北を喫した瑞奈は、案の定不服そうな顔をしている。


「んん……なんか納得いかない……」

「ちょっと今のはズルかったかな。勝ちに行くやり方だから……じゃあ次は小細工抜きでやりましょうか」

「の、望むところよ!」





「つ、つよい、つよすぎる……」


 そして数十分後。

 お互いキャラを変えステージを変え。

 瑞奈も何度か惜しいところまではいったものの、結局すべて凛央の勝利に終わった。


「なんで、どういうことなの……」 


 とうとう瑞奈はがくりと首をうなだれてコントローラーを手放した。どうやら完敗らしい。まさかの結果にあっけにとられているのは悠己も同じだ。


 当の凛央は、どこかの誰かさんのように「イエーイ勝った勝った~!」などとアホ丸出しで調子こいたりはしない。

 落ち着き払った様子でコントローラーを置くと、瑞奈の肩に触れて小さく微笑みかけた。


「でもびっくりした、すごく上手だったわよ。きちんと考えてゲームしてる。頭の悪い子にはできないわ」


 敗者にムチ打つような真似はせず、それどころかお褒めの言葉が出た。

 瑞奈はてっきり勝利の舞をされるとでも思っていたのかすっかり腰が引けていたが、予想外に優しい言葉をかけられてぱあっと表情を明るくした。


「ゆきくん見て、褒められた!」

「よかったね」


 瑞奈がゲームをやって素直に褒められたことが、はたしてあったかどうか。

 悠己には相変わらずさっぱりだったが、凛央がそう言うのならそうなのだろう。


「にしてもすごいなあ凛央は。ゲームもうまいなんて」

「全然まだまだよ。上には上がいくらでもいるし」


 もとはと言えば唯李と遊びたいがために……だった気がするが、しかしもし一緒に遊んだ場合、この実力差ではさらに友情に亀裂が入るのでは……。

 そんな予感がふと頭をよぎったが、とりあえず余計なことは言わないでおく。


「さ、勉強見てあげるから、部屋に行きましょうか。そしたら成戸くんは……」


 凛央は立ち上がって自分のカバンをごそごそとやると、数枚束になったコピー用紙を取り出して渡してきた。

 どうやら例のテストに出るとこノートの部分コピーらしい。


「とりあえずはい、これ」

「ありがとう」


 凛央はコピーを渡すと、瑞奈と一緒にリビングを出ていった。

 しかし驚いたのは瑞奈が口ごたえせず凛央に従ったことだ。

 さっきのバトルで強者と認めたのかなんなのか、やけに素直だ。


 一人残された悠己は、早速リビングのテーブルで凛央から受け取ったノートのコピーを使って勉強を始めた。

 凛央の用意したノートのまとめは簡潔でわかりやすく、想像以上の代物。 

 瑞奈がすぐに飽きて部屋を飛び出してくるかと思ったが、そんな気配もない。


(これはすごくはかどる……)


 やがて一時間、二時間……と過ぎたあたりで、凛央と瑞奈が部屋から出てリビングに戻ってきた。

 どういうわけか瑞奈は自信満々にキラキラと目を輝かせて、


「瑞奈やれる気がしてきた……やればできる賢い子だった!」


 何を吹き込まれたのかしらないがすごいやる気だ。

 傍らに立った凛央は優しく瑞奈の頭を撫でながら、


「今日は瑞奈よく頑張ったわね」

「はい、りお先生!」


 先生……? と思わず二人の顔を行ったり来たりさせてしまう。

 お互いニコニコと笑顔で、無理をしているような素振りは感じられない。

 

 あの瑞奈がこんなふうに従順な姿勢を見せるなんて、どうにも舌を巻く思いだ。

 ちゃんゆいなどと下に見られているっぽい人のときとは態度が違う。


「いやぁ……驚いたなぁ。さすがは隣の席ブレイカー」

「だからそれは何って言ってるの」

「ほら、うまく言うこと聞かせるの慣れてる感じあるなって。アメとムチみたいな」

「そ、それは……今でこそおとなしいけど、うちの弟も昔はこんな感じだったなって……なんとなく思い出して」

「それとやっぱり笑顔が効いてるね。ニコニコしてたら優しいお姉ちゃんって感じだし」

「だ、だからそれは別に……瑞奈はもともとの地頭がいいのよ。ちゃんとやらなかっただけで」


 凛央はかすかに頬を赤らめると、ごまかすように瑞奈の髪に手を触れる。

 またも褒められた瑞奈は、両手を上げてガッツポーズをすると、


「天才や……瑞奈は天才やったんや! ゆきくん! 今日は天才にふさわしいご飯を用意していただきたい!」

「じゃあ牛丼?」

「うおっしゃああ!」


 勉強で溜め込んだエネルギーを発散するように、やかましく声を張り上げる。

 しかし何にせよ、前向きになったのはいいことだと悠己は思った。

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