第63話 デバッファー唯李
一方その日の晩、唯李の自室では。
「こうきたら……こう! こうきたらこう!」
一人必死にゲームをする唯李の姿があった。
いい加減テスト勉強に手を付けようと思っていた矢先、急遽届いた一通のメッセージが唯李を終わりない修行へと駆り立てた。
『今日りおが来てね、マスブラめっちゃつよいんだよ!』
瑞奈からのラインだった。
見た途端、「あァッ!?」と思わず巻き舌気味に声が出た。
今日の放課後、勉強を教えてもらおうと凛央に誘いを入れたのだが、まさかのお断りをされた。
「ごめんなさい唯李……あなたのためを思ってのことなの」などと言って明らかに様子がおかしかった。
しかしそれが悠己の家でゲームとは何事か。あまりに唐突な事態に頭が混乱していると、連続でメッセージが来た。
『勉強も教えてもらった。ちょー頭いいんだよ、りお先生!』
(な~にがりお先生だよ、優しい唯李お姉ちゃんをそっちのけで……)
これは改めて教育が必要だ。今度クッキーでも持っていって懐柔するか。
それにしても何だって急にこんなことに……。
いろいろと気になることはあるが、まず問題としてはどちらが先に誘ったのか誘われたのか。それとなく探りを入れてみる。
『悠己くんはなんて言って連れてきたのかな?』
『俺の愛人だよって言ってたよ』
「ンブフォッ!!」
メッセージを見た瞬間、口から鼻から吹き出した。
慌ててティッシュで顔を拭っていると、『ギャグにきまってるでしょ~』と立て続けに送られてきたので『やだもう瑞奈ちゃん超おもしろ~い』と返す。
(なんも面白いことないわ。まったくしょうもないこと言いおってからに……)
と言いつつ実際のところ疑心暗鬼になりつつある。
冗談でもそういうワードが出てきてしまうのは非常によろしくない。
ここは唯李お姉ちゃんはお兄ちゃんの彼女ですよ、ときちんと念を押しておくべき。
『りおは凛央先生。じゃあゆいは?』
『え? ちゃんゆい?』
『ゆいお姉ちゃんでしょ(ニッコリ』
いたしかたなく笑顔の絵文字を入れるが何を笑っとるんじゃという話だ。
『ゆいちゃんはお姉ちゃんっていう感じじゃないなぁ~。なんか、ゆいちゃんって感じ』
褒められているのかけなされているのかわからない。
いややっぱりバカにされてるのかな? と返信に迷っていると、
『パンダのぬいぐるみ、りおがとってくれたんだって。ゆいちゃんはとれなかったんだってね』
(悠己だな……あの野郎余計な情報を……)
プークスクスと変なキャラが煽り笑いをするスタンプが送られてきて、思わずスマホを握る手に力が入る。
結果的にはそうなったがあれは横取りされたようなものだ。
『でも瑞奈に取ってあげるって最初に言ってくれたのゆいちゃんなんでしょ。ありがと、ゆいちゃんだいすき!』
(ウッ、胸が……)
ああ、なんていじらしい。やはりいい子なのだ。
少しでもイラっときた自分が情けない。
止まっていた指をウキウキで動かして、メッセージを送る。
『あたしも瑞奈ちゃんのこと大好きだよぉ~。イイコイイコしてあげるねーよしよし。チューもしちゃおうかな~?』
『あ、そういうのはいいです』
まったく兄妹そろって食えねえ奴らだ。
すぐさまメッセージを取り消ししたくなったがあとの祭り。
『そういうのはゆうきくんにやってあげて』
『それはまあ、そのうちね』
『そのうち~? あーゆいちゃん恥ずかしいんだ~』
と今度はプギャーと指差しをするスタンプ。
またもスマホを強めに握りしめながら沈黙していると、
『でもりおがゲーム上手でゆうきくんもすごいすごいってびっくりしてたよ。めずらしく』
凛央がゲーム得意だなんて話、聞いたことがない。
そもそもゲームのたぐいはやらないのではなかったか。
一見そうでもなさそうな……だけど実は。みたいなギャップはやはり効果的なのかもしれない。
実際あの低リアクションの悠己が驚いたというのだ。
『そうするとゆいちゃんが一番弱いね。ダントツで』
『や~まいったなぁ~あはは』
「舐めてると潰すぞ」と一度打ったのを消してそう送ると、唯李はラインを終了する。
この前はゲームで負けて拗ねてる唯李ちゃんかわいいでしょ? を演出していたのだが、悠己にはまったく効き目がないようだった。
それなのに凛央のときはすこぶるいい反応だったというではないか。
(もしやゲームうまい子フェチか……?)
ここで挽回するには絶対的な力。強さを示す必要がある。
現状ザコ扱いの唯李が凛央に大金星を上げれば、悠己ものけぞって驚いて評価を改めるに違いない。
凛央からもらったノートを広げて机に向かっていた唯李は、ペンを捨てゲームを起動し、コントローラーを握った。
そして冒頭に戻る。
「ここでドーンってやってパーンって行けば……」
(むっ、殺気!)
唯李はテレビから目を離して、ぱっと首を左に回した。
いない。ならば右、と見せかけて左! ……やはりいなかった。ただの気のせいか。
「何やってるの?」
びくっと背筋が伸びる。
振り返ると、ドアを開けた真希が不審顔でこちらを見ていた。
「ついに予知能力に目覚めてしまったか……」
「何が?」
警戒気味に近寄ってきた真希が、唯李のすぐそばに膝をつく。
「……何やってるのかと思ったらゲーム? もうテストなんじゃないのいい加減」
「お姉ちゃん、絶対に負けられない戦いがあるんだよ」
「いやゲームでしょ?」
このままコケにされたままでは前に進めない。ちゃんゆいにもプライドというものがあるのだ。
それに何より悠己と凛央……やはりあの二人絶対に怪しい。
(もしかして向こうも狙ってる……? まさか)
もしや悠己→凛央ではなく凛央→悠己なのでは。
という疑念が頭をもたげかけてきている。それはまずい。
「だいたい家に呼んだって……そんなもん浮気だよ浮気ぃ!」
「とんでもない言いがかりね。付き合ってすらいないくせに」
「な、何よ、何の話だかわかってる?」
「だから例のライバルの話でしょ。へえ、やっぱり強敵ってこと?」
(強敵も強敵……まじゅい。勝てる要素ががが……)
唯李が見たところ、凛央には弱点という弱点が見当たらない。
見た目、文句なし。頭の出来、文句なし。運動神経も文句なし。
あの人当たりがキツめな感じがちょっと難ありかとは思うが、弱点かと言われるとそういうわけでもなくむしろ強い。
「弱点がないなら作ってしまえホトトギス」
「何それ? ダメねぇ、全然わかってない。こういうとき、相手を褒める女が余裕あるのよ」
「どういうこと?」
「人を褒めるところを見て、ああこの子いい子だなぁってなるわけ」
なんだかそれっぽいことを言っている。
ここはものは試しと、今日の件を探りがてら悠己にラインを送ってみる。
『今日はなんだか凛央先生が家庭訪問だったのかな?』
しかし待てども返信の気配がない。
意味不明と思われているのかと、おそるおそる追撃のメッセージを送る。
『やっぱり凛央ちゃんすごいね。あの瑞奈ちゃんに勉強やらせるなんて』
とやると、ちょっと間があって返信が来た。
『そうだね、すごいね』
『頭いいしきれいだし。運動もできるんだって』
『へえそうなんだ』
終了。
凛央アゲで終わりましたが何か。完全無欠をこれ以上バフしてどうする。どうやら姉にはめられたらしい。
文句の一つでもつけてやろうと思ったが、真希はお風呂入ってくるとか言ってとっとといなくなっていた。
こうなったらやはりデバフだ。しかしいったい何をどう言えば……。
何か凛央の弱みとなるようなもの、何かないか。
思い出せ、思い出すのだ。
『凛央ちゃんって意外と大食いらしいよ。前にお弁当わけてあげたら際限なくパクパク食べてたからね』
『へえ、いっぱい食べる子っていいね』
まさかの墓穴。しかし思わぬところで情報ゲット。
どうやら大食いキャラがお好みらしい。
『あーでも、あたしも休みの日とかゴロゴロして漫画読みながらコーラにLサイズポテチ開けちゃったり』
『うわぁ』
なぜそこでドン引きなのか。不健康そうなのはダメなのか。
とにかくデバフだ。何か他にないのか。
『まぁ~でも凛央ちゃんちょっと怒りっぽいところあるからねぇ』
『いやぁでも、厳しくしないとダメなとこはダメなんだなぁって思った』
『やっぱそうよね。あたしもキレる時はキレるからね。いざって時は』
『ゲームで負けそうになって怒ってたもんね』
誰だそのクソガキは。
いつの間にかセルフデバフしていることに気づき、文字を打つ手が止まった。
そもそも人の足を引っ張ろうという時点で最悪なのだ。もうダメ。いろいろ無理。
『でも唯李のほうが楽しそうにゲームするよね。なんか一生懸命って感じで』
(ふ~ん、ふ~ん……)
画面の文字を見つめながら、頬がにんまりと緩んでいく。
「しゃあっ」と気合を入れた唯李は、再度テレビに向き直ってコントローラーを手にとった。
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