第64話 妖怪おいなり投げ
それから数日をまたいで、とうとうテストの日がやってきた。
初日は主要三科目のテスト。最も大事な日だ。
悠己はいつもより少し早めに登校して、自分の席にやってくる。
テスト直前ということもあり、教室内はこころなしか普段より静かだ。
隣の唯李もたいていはあいさつなり何かしら声をかけてくるが、今日は死にものぐるいでノートをめくってはもどしてを繰り返し、机にかじりついている。
やけに夢中になっているので、なんとなしに横から覗き込んで声をかける。
「それ凛央にもらったノート?」
「邪魔しないで、今ちょっと集中してるから!」
唯李は必死の形相だが、もうものの数十分後にはテストが始まる。
最後の最後まで追い込みをしようというのか。ここ数日ずいぶん余裕をかましていたようだが、ここにきて意外に本気だ。
ホームルームが終わり、テストのために出席番号順に席を移動して座り直す。
悠己は教室中央一番前、かたや唯李は一番うしろの席という並びなので、それ以降の唯李の様子はまったくうかがい知れない。
最後に席を立つ際、隣で「やべえよやべえよ……」とブツブツ言っているのが聞こえたような気がしたが、今は配られたテスト用紙に意識を集中させることにした。
三教科分のテストが終わると、緊張の糸が途切れたように教室はいつものやかましさを取り戻した。
周りがあれこれとテストの感想を言い合う中、悠己は一人そそくさと元の窓際の席に帰ってくる。
今回、準備期間が短かったわりに手応えはとてもよかった。
何より凛央からもらったノートの功績が大きい。これがよく要点を捉えていてさすがというべきか。
とはいってもまだ初日。これから土日を挟んで来週からまたテストなので、そうやすやすと気は抜けない。
帰り支度をしていると、唯李がふらっと席に戻ってきた。早速尋ねてみる。
「どうだった?」
「ま、まあね~……」
唯李はうんうんとしきりに頷いてみせる。
だが顔は明後日のほうを向いたままで、かたくなに目を合わせようとしない。というか目が泳いでいて明らかに挙動不審。
唯李にしては珍しく早々に帰り支度を始めて、
「じ、じゃあ勉強があるから……」
「ふぅん? 凛央にはもう教えてもらわないの?」
「り、凛央ちゃんは今関係ないでしょ!」
凛央というワードによほど拒否反応でもあるのか、ムキになって言い返してくる。
唯李はもろもろ詰めたカバンをひっつかむと、
「ふんっ、せいぜいリオリオしてればいいよ」
謎の捨てゼリフを吐いて、そそくさと一人で教室を出ていった
◆ ◇
休日を挟んで無事すべてのテストが終わり、通常授業に戻る。
テスト期間中は唯李と席が離れることもあり、ここに来て向こうが闘志? を燃やしていることもあって、ろくに口も聞かない状態が続いた。
ふと思うと、ここ最近は休日でも土日のどちらかは唯李と会うか、スマホで何らかのやり取りをするかしていたので少し珍しいことではある。
しかし唯李に言わせるなら結果が出るまではバトル中、で余計な馴れ合いはしないということなのだろう。
それとどうやら唯李は裏で悠己が凛央と徒党を組んでいるとでも思っているらしい。しかしあながち誤解でもないのでなんとも言えないところである。
悠己としてはとりあえず無難にテストを乗り越えて御の字だ。
その日は初日に行った主要三科目のテストが一気に返却となった。
最初の授業で戻ってきたのは国語。八十五点。悠己にしてはまあまあできたほうだ。
「唯李はどうだった?」
隣の席に水を向けるが、答案を受け取って戻ってきた唯李は、うんともすんとも言わず難しい顔で机の上を睨んでいる。
答案用紙の下側三分の一を上に折り曲げて、さらに点数を隠すように角を内側にガッツリ折り込んでいた。
折込チラシでも作っているのかと覗き込みながら、悠己は再度尋ねる。
「ねえ、唯李は?」
「カツカレー」
「点数」
一人食堂にでもいるのか。
それきり唯李はなぜか机の角を見つめたまま固まっている。
横顔をじっと見つめていると、唯李は時おりぴくぴくと頬をひくつかせるだけで、点数を答えようとする気配はない。
結局ガン無視を決め込んだのか、そのまま授業が終わるまで一言もしゃべらなかった。
それから立て続けに英語、数学と、計三つのテストが返却になった。
テストが返されるたびに唯李は毎回そんな調子で、テスト勝負などすっかり忘れたかのようだ。
このままうやむやにされるのもなんだかシャクだったので、三時限目が終わるなり改めて唯李に声をかける。
「ねえ勝負はどうしたの? 全教科返されてから一気に見せ合うってこと?」
なおも無視。唯李はこそこそとテストをしまおうとするので、ちょっと待ったと手をのばす。
すると唯李が焦って腕を引いたはずみに、握りしめていた点数の部分がビリっとちぎれた。
その切れ端の点数の左のケタには、一瞬五の文字が。
悠己は「あっ……」となって唯李の顔を見る。
するとぐっと口をへの字にした唯李は、いきなりがばっと机の上に突っ伏した。
「くうぅ~~うぅぅっ、うぅっ……!」
何やらくぐもったうめき声を発しながら、足をバタバタとさせる。
いつになっても顔を上げようとしないので、とんとん、と悠己は優しく肩を叩いてやる。
ゆっくり上半身を起こした唯李は、まるで救いを得たかのような顔で悠己を見た。
「悠己くん……」
「俺数学九十点だから。次国語見せて」
「鬼か貴様」
さっと唯李の表情が真顔に戻る。
悠己はさらに唯李の手元を覗き込んで、
「それ五十いくつ? ちゃんと計算しないと」
「いい! もうあたしの負けでいいから! だからやめて、もうやめて!」
唯李が両手を合わせてしきりに頭を下げだした。突然の全面降伏。
唯李の潔い降参により、勝負はほとんど悠己の不戦勝となった。
どのみち最後までやったところで結果は変わらないだろう。
他もよほどひどいデキだったらしく、いったい何をやっていたんだか。
「本当に俺の勝ちでいいんだ? そしたらほら、券」
「……ケ、ケンですか? 昇龍拳?」
「違うでしょ」
そう突っ返すと、何を思ったか唯李は突然かたわらのカバンを開けて、中からタッパーを取り出した。無言で差し出してくる。
意味がわからないのでそのまま押し返した。
「あれ? いらないこれ? おいしいクッキー入ってるんだけど」
「なんで脈絡もなくクッキー? ごまかそうとしてるよね」
前もって用意してきている時点でこの展開を予想していたに違いない。
それでもめげじと唯李はカバンをゴソゴソやると、
「しょうがないなぁ……じゃあほらこれ」
さらにもう一つタッパーを取り出してきて、蓋を開けた。
こちらはやはりというか案の定、おいなりが四つほどぎっちり詰められていた。
「絶対やると思った」
「中にゴマ入りだよ?」
「だから何?」
ノリで押し通そうとしてくるが、あくまで冷静に突っ返す。
いい加減諦めると思ったが、唯李は急にお得意のからかい顔を作って、
「や~でも、悠己くんそんな必死に頑張っちゃったってことは、唯李ちゃん言いなり券そんなに欲しかったんだ?」
「そこまで頑張った感はないけどね」
相手が勝手に自爆したというか。それにやはり凛央のノートの効果は大きい。
逆に言えばあれをもらっておいてろくに点を取れないとなると、ほとんど勉強していなかったのではと疑うレベル。
「それで券は?」
「はいはいわかったよ、わかりましたよ!」
もともと自分で言いだしたくせに半ギレだからたちが悪い。
唯李は色付きのメモ帳を取り出してビリっと一枚ちぎると、そこにペンでサラサラっと「いいなりけん」と走り書きした。字が雑。
「い、いや~でも、JKいいなり券とか響きがもうかなりヤバイね。なんか犯罪の匂いがするよね」
「唯李が自分で言い出したんでしょ?」
いいから早くと手を差し出す。
唯李はこの期におよんでまだためらっているようだったが、何か意味ありげに悠己を上目に見つめたかと思うと、エイっと券を手に押し付けてきた。呪いでも込められたか。
警戒しながら受け取ると、宙に透かすよう持って券を眺める。
(これが言いなり券……)
あまりに雑すぎて簡単に偽造できそうだ。床に落ちてたら普通にゴミ箱に捨てると思う。
これを唯李の目の前で破り捨てる……という話もあったが、やはり改めて一度凛央に相談するべきだろう。
というか今ここで唐突にそんなことをしたら、普通にブチ切れられる予感しかしない。奇声上げておいなりさん投げてきそう。
(妖怪おいなり投げ……)
想像してしまってつい口元が緩む。
するとそれを見咎めたらしい唯李が、
「なっ、何を想像してるのそんなにやにやして……」
「ヒミツ」
「ひ、ヒミツって……い、言っとくけど、だっ、ダメなものはダメだからね? いくら言いなりって言っても……」
「ダメなものって何が?」
真顔で聞き返すと、言葉に詰まった唯李はみるみるうちに顔を赤らめだした。
何事か言い出すのをじっと見つめながら待っていると、
「な、なんでもない!」
唯李は荒々しく席を立って、教室を出ていってしまった。
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