第61話 どういうご関係


 そして放課後。

 悠己は凛央とともに自宅に帰ってきた。

 凛央がちんたらしている余裕はないと言って、早速その妹とやらをどうにかすると始まったからだ。


 正直あまり気は進まなかったが、凛央の勉強の教え方が上手なのは悠己もすでに知るところ。あわよくば瑞奈も……と淡い期待を込めながら、凛央を連れてきた。

 玄関ドアを開けて悠己がリビングに入っていくと、ソファに寝転んでゲームをしていた瑞奈がむくりと体を起こした。


「あっ、ゆきくんおかえりな……」


 瑞奈は悠己の背後に人影を認めるなり、バランスを崩してソファから転げ落ちる。

 そのまま立ち上がることもせずに、しゃかしゃかと床を這うようにしてリビングを出ていった。

 凛央は新種の生き物でも見たような目をする。


「……何? 今のは」

「いや……ちょっと待ってて」


 凛央をリビングに待機させ、自分の部屋に逃げたらしい瑞奈を追う。

 部屋の前に立つと、瑞奈はかすかに開いたドアの隙間から外の様子を伺っていた。

 いつぞやの唯李のときと同じパターンだ。


「瑞奈、ちょっとお客さんだから出てきて」

「だから聞いてないよ! そういうのちゃんと瑞奈に言ってからにして!」


 瑞奈は口をとがらせると、首を伸ばしてこっそり凛央のいるリビングのほうを見やる。

 そしてあっ、と目を見開くと、


「ゆきくんが……早くもゆいちゃんを捨てて他の女に!」

「いやいやちがうって」

「じゃああの人は何?」

「あの人はほら……最近知り合って。すごく頭いいから、瑞奈の勉強見てもらおうと思って」

 

 瑞奈は無言のままにっこり笑ってドアを閉めた。謎の笑顔。

 ドアを開けようにも、向こう側で踏ん張っているのかびくともしない。


「何をごちゃごちゃやってるの?」 


 すぐうしろで声がした。振り返ると凛央が腰に手を当てて立っている。

 唯李とは違って、おとなしく待っているようなことはしないようだ。


「ほら出てきなさい、早速勉強しましょうか」

 

 凛央の目線の先では、瑞奈がかすかにドアを開けてこちらを見ていた。


「かおがこわい」


 瑞奈はぼそっと言うだけ言って、またドアをバタンと閉めた。


「何が怖いって?」


 するとすかさずその怖い顔が迫ってくる。これは瑞奈がそう言うのも無理はない。

デフォルトで目が若干つり上がっている感じがあって、それは悠己も前々から思っていたことだ。


「顔が怖いって」

「こ、怖いって……別に、普通でしょ?」

「やっぱ凛央にはもっと笑顔が必要かな」


 笑顔笑顔……でまず思い浮かんだのが、例の唯李のキメ顔写真だ。

 悠己は取り出したスマホに唯李の写真を表示して、凛央に見せてやる。


「これをお手本にしてみて」

「こ、これってこの前言ってた写真……? どういう状況でこんな顔……」

「それは本人に詳しく聞いてみないとわからない」


 いぶかしげな凛央だったが、写真とにらめっこをしているうちに徐々に口元が緩んできた。この写真、じっと見ていると元気になるというか、じわじわ笑えてくる妙なパワーがあるのだ。


「じゃあ顔はそのままで、待ってて」


 スマホごと凛央に手渡すと、悠己は瑞奈を諭しに部屋の中に入る。

 ドアを開けるとぱっと見瑞奈の姿はなかったが、ベッドの上の布団がわかりやすくこんもりしていた。


 ばさっと布団をのけると、案の定丸まって寝たふりをしている瑞奈を発見。

 完全に見つかっているのにぴくりともせず、うんともすんとも言わないので、


「瑞奈全然勉強してないでしょ? もうすぐテストなのに」

「んなこたない。瑞奈は努力を表に出さないタイプだから」


 瑞奈は寝転がったままぐりっと首を曲げて、謎のドヤ顔を向けてくる。

今ので乗り切ったつもりらしい。


「だからあのお姉さんが勉強教えてくれるって」

「えぇ~~~。なんか偉そうだし、顔怖いし、友達いなそう」 


 お前が言うな案件。だがそんなことない友達いっぱいだよ、と否定もできない。


「友達はまあ、ちょっと……。いろいろあるんだよ、いろいろと」

 

 悠己が言葉を濁すと、瑞奈は意外にも「ふぅん……」とおとなしくなった。友達いない同士、何か思うところがあるのか。


 瑞奈を起こして一緒に部屋から出ていくと、なんとか笑顔をキープしている凛央が外で出迎えた。


「それじゃあ、勉強始めましょうか」


 こころなしか声音も優しくなっている気がする。

 瑞奈は悠己の陰からおそるおそる凛央を見上げていたが、


「じゃあマスブラ……瑞奈にゲームで勝ったらね」

「それはなぜ?」

「え?」

「なぜゲームで勝たないといけないの?」


 間髪入れず切り返していく。

 瑞奈はまさかそんな返しをされるとは……という顔で驚いているが、むしろなぜ唯李のときにこうならなかったのか。


「テストで点取らないとゲームは没収」

「なるほどその手があったか……」

「……これが普通でしょ?」


 呆れ気味に凛央に言われてしまった。唯李と同レベルとは情けない。

 悠己の背中から顔をのぞかせた瑞奈が、びしっと凛央を指さす。

 

「いやそのりくつはおかしい! ゆきくん! なんとかして! お帰りいただいて!」

「別におかしくはないけどね」

「ていうかいきなり来て何なの! 何者なの! ゆきくんとはどういうご関係!」


 悠己の背後に隠れながらわめいている。

 するとここで初めて、凛央の顔に戸惑いの色が浮かんだ。


「えっとその、私は……」


 伏し目がちに、ちらちらと悠己の顔色をうかがってくる。

 よっぽどプリーストと従者とかアホなことを言い出すかと思ったが、さすがに瑞奈の手前自重したらしい。


 しかしそうなるとなんと自称すればいいのか、というところなのだろう。

 助けを求めるような凛央の視線を受けて、代わりに悠己が答える。


「だから彼女はその……友達だから」

「え?」


 顔を上げた凛央が、驚いたように目を見張らせる。

 ちょっと意外なリアクションをされて、悠己からも思わず聞き直してしまう。


「あれ、違う?」 

「う、ううん……」


 凛央は微妙に緩んだ表情を引き締めて、控えめにふるふると首を振った。

 そんな彼女のぎこちなさというか弱気そうな部分を嗅ぎ取ったのか、ぱっと悠己の背後から飛び出た瑞奈が、凛央の前でふんぞり返っていく。


「え~でもなんかなぁ~友達って言ってもなぁ。ゆいちゃんのほうがノリいいし面白いし笑えるし。だいたいゲームもできないんじゃなぁ~。そんな人に教えてもらうことなんてないっていうか~……」 


 もし唯李がいたら「おい我年上やぞ?」と凄んでいきそうな言い草だ。

 しかしそう言われてピクっとまつげを瞬かせた凛央は、若干低い声で聞き返した。


「……私が、ゲームで勝てばいいのよね?」

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