第60話プリースト成戸

「白状しなさい。お金で買ったんでしょ」

「違う」

「土下座」

「違う違う」

「はっ、さては盗んで……」

「だから違うって」


 まったく信用がない。まあ前回お弁当をもらったときにお金を出そうとしたので、あながち的外れでもなかったりするのだが。

 うーん……と眉間にシワを寄せていた凛央は、突然何か思いついたように顔を上げ、声を荒げた。


「わかった! やっぱり何か唯李の弱みを握っているのね! それでお弁当を作らせて……やけに親しげなのも納得がいくわ! 観念しなさい、私が唯李を助ける!」


 などと勝手なことを叫びながら、いきなりぐわっと組み付いてくる。

 冗談でふざけているのではなくこの力加減はマジだ。


 危ない、と悠己はお弁当を安全地帯に避難させるも、体のバランスを崩した拍子に凛央に押し倒されてしまう。

 素早く馬乗りになった凛央が、今に首でも絞め上げてきそうな勢いなので、


「だ、だから違うって。唯李はただ、隣の席の相手を惚れさせるゲームをしてるだけだから」


 ついに白状した。

 というか、やはり凛央には話しておくべきと思い直したのだ。

 親友、と言うからには、相手の長所も短所も知っておいてしかるべきだ。

 飛び出した言葉が思いもよらなかったのか、凛央の腕の力が急激に弱まる。


「……それは何? どういうこと?」

「実は、唯李はその……。隣の席キラー……なんだ」 


 悠己が身を起こしながら告げると、凛央はいよいよ眉をひそめる。


「隣の席キラー……?」 

「だからたぶん、このお弁当もその一環だと思うんだけど」


 気を抜くと忘れそうになるが、唯李はあの極悪非道の隣の席キラーなのだ。

 目的を達成するためならどんな演技も奇行もいとわない名女優であり、余裕で大嘘もぶっこく。


 そして落としたあとは用済みといわんばかりの対応。

 凛央とも一見仲良しかと見せかけて、ここ数日すっかり化けの皮が剥がれてきた感がある。


「俺も遊ばれてるんだよね要するに」

「な、なによそれ、何をそんなバカな……」

 

 口ではそう言うが、その目には明らかに動揺の色が見られる。

 凛央は手で自分の頭を押さえて、激しくまばたきをしながら、


「ちょっと待って、待って。今整理するから。頭の中を整理する」


 凛央のことだから相当なスピードで頭を回転させているのだろう。

 徐々に徐々に、表情が険悪になっていく。どうやら本人、思い当たるフシがあるらしい。


「……それで私のときもあんなにもしつこく……!? 隣の席になった途端に急に……!?」


 そしてついに頭を抱えだした。

 酷なことかもしれないが、受け止めてもらわなければならないだろう。

 二人が真の親友となるためには。


「そして今現在もこんな訳のわからない男にやたらつきまとっているし……! わざわざお弁当まで作って……!」

「さりげに俺をディスるのやめてくれる? だから言ってるでしょ、隣の席キラーなんだって。惚れさせるゲームなんだって」

「と、隣の席キラ―……惚れさせゲーム……。ゆ……唯李ぃいいいいっっ!!!!」

 

 凛央はカっと目を見開いて天を仰いだ。

 そしてその場に勢いよく立ち上がると、拳を握りしめながらワナワナと体を震わせる。


「全部、全部演技だったというのね! あの笑顔も、なにもかも……私を騙したのね! 弄んでいたのね! おのれ隣の席キラー……!! ずっと、遊ばれていたなんて……!」

 

 もっと疑ってくるかと思ったが、意外にも凛央はすんなりと受け入れた。

 どうやら凛央自身、唯李の言動に引っかかるところがあったのだろう。

 それにしてもちょっと危険なテンションになりつつあったので、あわててなだめる。


「ちょっと、待った待った」

「何? 邪魔だてするなら容赦しないわよ」


 凛央が隣の席ブレイカー(物理)しそうな勢いで身構えてくる。

 このまま変な誤解を生まないためにも、しっかり順を追って説明しなければ。


「違うんだ、正確に言うと……唯李は隣の席キラーという悪魔に取り憑かれてるんだ」

「へ?」

「そんなことをしてしまうのも、過去に何らかのトラウマを抱えているに違いなくて。それでねじれてしまっていて……本当の唯李はわりといい子だと思うんだよ。たぶん」

「……隣の席の相手を弄んでいるのは、本来の唯李の意思ではないと?」

「そう。唯李の中に眠る悪魔にそそのかされているんだ」


 凛央は難しそうな顔になった。腕を組んで考え込むようにして、


「なるほど、そういう……。ということはその悪魔を祓えば、私の唯李は戻ってくるのね?」


 かどうかは実際のところ不明だ。悠己自身、素の唯李を知らないわけで。

 どの道私の唯李ではないと思うが野暮なことは言わない。


「まあ、たぶんそんな感じかな」

「それを知りながら成戸くんは……」

「生温かく見守ってあげてるだけ。ゆっくり焦らずね」

「それはつまり、悪魔退治を一人で成し遂げようと……? おお……あなたがプリーストか」


 プリースト? と悠己が首をかしげていると、突然ぱっと手を取られた。


「私も協力するわプリースト成戸。いえ、協力させて。デビル唯李退治に」


 手を握りながら、何やらキラキラと目を輝かせている。さらに変な名前をつけられてしまった。

 少し気味が悪いので引き気味になっていると、凛央はがぜん乗り気になって話を進めてくる。


「それで、具体的に何をすれば?」

「いや、これと言って何ってことはないんだけど……あくまでこう、優しく見守るだけっていうか」

「そんな悠長にしている場合? 私は一刻も早く唯李を救ってあげたいのに」

「そうは言ってもなぁ……」

「じゃあたとえば……今隣の席キラーに具体的にどんな攻撃を受けているの?」


 いきなりそんな質問をされて首をかしげてしまう。

 細かいことを言い出したらキリがないが、さしあたって今一番大きい案件と言えば、


「今度のテストで負けたほうが、相手を言いなりにできる券を渡すっていう……」

「言いなりにできる券……。なるほど、それで相手を揺さぶろうというわけね。いかにも隣の席キラーがやりそうな……」


 まるでよく知っているかのような口ぶり。

 凛央は眉をひそめて視線を宙にさまよわせ、


「なら向こうが仕掛けてきたのを逆手に取ってやればいい。テストに勝利して、その言いなり券を使ってデビル唯李を改心させる……」

「それはどうかな。『あいよ! おいなり一丁!』ってやってくるかもしれない」

「なによそれは」


 何食わぬ顔で人のボケを取ったりするからやりかねない。

 その正攻法はおそらく難しい、と言うと、


「それじゃあこんなのはどう? テストで完膚なきまでに勝利して……さらに渡された言いなり券を目の前で破り捨ててやるのよ。こんなものしょうもないと。これだけやられればさしもの隣の席キラーも、かなりの精神的ダメージを受けるのではないかしら」


 確かにそれだけやられたらかなりショックだろう。

 それで悪魔が成仏するかどうかは謎だが、さすが頭脳明晰なだけあって人の嫌がることを考えつくのもうまい。


 とはいえ、ここのところ唯李も意味不明に言動が不安定であるからして、あまり過激なことはできれば避けたい。


「う~ん、それもちょっとなぁ……。どっちにしろテストで勝たないことにはお話にならないし」

「それはわかってる。これだけ覚えておけばらくらく高得点を取れるテストに出るとこノートを私が作って、成戸くんに渡せばいいんでしょ」


 言いなり券を実際どうするかはひとまず置いておいて、これは思いがけぬラッキーだ。

 勝負云々を抜きにしても、今回のテストは少しまずいかと思っていただけに。


 だいたい唯李も勝負と言っておきながらいきなり仲間を呼ぶのはずるい。そもそもフェアじゃないのだ。

 渡りに船とばかりに、悠己は凛央の提案に乗っかることにする。


「じゃあノートは任せた」

「唯李には試験にそんなとこ出るかバーカ的なノートを代わりに渡しておけばいいかしら」

「鬼畜だね」

「これも唯李を正気に戻すため。仕方のないこと」

「でもそこは勝負は勝負だから、ノートは同じ条件にしよう。あとでそのことで文句がついたらショック与えられないでしょ」

「なるほど……さすがはプリースト」

「それやめてくれない?」


 聞いているのかいないのか、凛央はしきりに感心するように頷いて、やや興奮気味に顔を近づけてくる。


「それで、今現在勉強はどんな調子? いけそうなの?」

「う~ん、ちょっとヤバイかも」

「どうして」

「それはどうも環境が悪いというか……」


 学校では唯李がうるさいのは言わずもがな、家でもちょくちょく邪魔してくる瑞奈のせいで集中して勉強ができない。

 この前の休みは帰ってきた父に、無理やり神社に連れて行かれた。


「それなら家じゃなくて、他の場所で勉強すればいいじゃない。学習室なり、図書館なり」

「それもそうなんだけど、妹のことも見張ってないとなぁ。しっかり勉強させないと」


 瑞奈を一人でずっと家に放置するのも少し心配ではある。

 仮に家に帰らずどこかで勉強した場合、「ゆきくんいつ帰ってくるのなんで帰ってこないの。瑞奈と一緒にいたくないんだ」だとかうるさそう。


「わかった。じゃあその妹を黙らせて、ちゃんと勉強させればいいわけよね」

「え?」


 今度はそう息巻きだす凛央。

 瑞奈のことを知らないだけに簡単に言うが、並大抵のことではない。

 すっかりやる気の凛央の横顔を見て、悠己の頭にはなんとなく不安が……いや不安しかよぎらなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る