第12話 友達
昼食を終えて手持ち無沙汰になった悠己は、隣の唯李にならってなんとなくスマホを取り出す。
ちなみにさっきのやりとりで唯李は機嫌を損ねたのか、無言でスマホとにらめっこして指をすいすいしている。話しかけるなオーラがすごい。
スマホの電源を入れるなり、早速通話アプリのメッセージが届いた。
アプリを起動すると、ずらずらと何件かメッセージが表示される。
『ゆうきくんご飯食べた?』
『寝てる?』
『FOOOO‼』
全部瑞奈だった。が、驚きはない。
このスマホ自体、ほぼ瑞奈専用になっている。
『今日は給食激まずでした! みどりの小さい木が群れてやがって』
緑の小さい木とはどうやらブロッコリーのことらしい。
『今日はお弁当食べたよ。おいしかった』と送ってやると、すぐさま返信が来た。
『ずるいずるい、瑞奈もおべんと食べたい~!』
『ほうれん草とか入ってたよ』
『けっこうでーす』
この感じは向こうもリアルタイムでスマホを見ているようだ。
学校は携帯電話持ち込み禁止なのだが、「みんなこっそりやってるもん!」と瑞奈は言い張る。
だいぶ前に一回見つかって没収されて、半泣きで返してもらって以来持っていくのはやめたと思ったが、懲りていないらしい。
『なんで今日携帯持ってるの、ダメでしょ』
『今トイレの中だからぜったい見つかりませーん』
いちいち心配になってしまうこの発言。
昼休みにトイレで一人でいったい何をやっているのやら。
『友達はどうしたの』
『どぅふふ』
『いやどぅふふじゃなくて』
こうやってラインを送ってくる時点ですでにお察しである。
『ゆうきくんこそ彼女は』
『どぅふふ』
『ふざけないで』
やり返しただけなのに人には厳しい。
そんな急に言われたところでどだい無理な話なのだ。
『そんな一朝一夕で彼女ができるわけないでしょ。だいたいトイレで何してんの』
『今作戦会議中なの。友達ぐらい瑞奈が本気になればちょいのちょちょいよ』
からの変なスタンプ連打。
スマホがブルブルうるさいので電源を落として切り上げようとすると、不機嫌そうに黙っていた隣の唯李が急に話しかけてきた。
「成戸くん、何やってるの? ゲーム?」
「いや別に、ラインやってるだけ」
へそを曲げているのかと思ったら別に普通な感じだった。
だが何か気になるのか、唯李はスマホを持つ悠己の手元へチラチラと視線を送ってくる。
「へ、へ~……」
「何?」
「いや成戸くんって、そういうのあんまりやらなそうなイメージだったから」
「うん、やらないよ」
「やってるじゃん」
瑞奈以外とは基本やらない。
それも一方的に送られてくるので返してるだけだ。
瑞奈だって毎日この時間に送ってくるわけではないし、本当にたまたまなのだ。そもそも登録してある件数が少ない。
家族親族以外では唯一慶太郎が登録されているが、反応が鈍いとわかっているのかあまり送ってこない。
「今日はたまたまだよ、たまたま」
「たまたまって……その割にずいぶん熱心に送ってるみたいだけど」
悠己としては今ラインをやろうがやるまいがどうでもいいことだと思うのだが、唯李はやけにしつこく食い下がってくる。
なぜそんなちょっとひっかかる言い方をしてくるのか謎だ。別にやましいことがあるわけでもないのですっぱり言い返す。
「これ妹に送ってるだけだから」
「あ、あぁ、妹ね! なるほどなるほど~」
唯李はポンと手を打って大げさに何度か頷いてみせる。
今ので何か納得したようだが、おとなしく妹とラインしとけという意味なのか。
『ゆうきくんこそどこでなにしてるの。友達は?』
とそのうちに瑞奈が反撃に出てきた。
なんと返すか少し迷っていると、
「あ、あー……。あたしも成戸くんと、ラインしたいなぁ~……なんて」
「え?」
聞き間違いかと思って唯李のほうを見る。
すると唯李は慌てて弁解するように手を振って、
「ち、違うけどね? これゲームだけどね。例のゲームの一環だから」
「はあ?」
だんだんわけがわからなくなってきた。
要するに惚れさせゲームのつもりということなのだろうが、言ってる本人がすでに若干テンパっている。
不審に思いながら視線を送っていると、唯李がぎこちない笑みを浮かべながら、
「ん、んふふ、じゃあライン交換しよっかぁ」
そんな人をからかって面白がる気満点の相手と交換してもしょうがない。
と普通ならなるところだが、悠己の学校での知り合いアドレス一件、というのは相当ひどい。
瑞奈に友達は? と言うわりに、自分もろくにいないお前が言うな案件なのだ。
もし瑞奈に突っ込まれたら「ゆきくんも友達いないじゃん、ダメじゃん!」と絶好の開き直り機会を与えてしまう。
この際からかわれているでもなんでもいいから、友達っぽいアドレスが欲しい。
まさにこの申し出は渡りに船であるが、はたしてどうしたものか迷っていると、
「な、なーんてね~。もしかして本気にしちゃった?」
「あの……交換したいです」
「え?」
するとそれまで妙に挙動不審だった唯李が、「ん~? そう言うならしょうがないなぁ~」と急にイキイキしだした。
ニッコニコの上機嫌で、やたらうれしそうにスマホを操作し始める。
対する悠己は「どうやってやるんだっけ」と少し手間取りながらもなんとか登録を済ませると、一覧に新しいアイコンが追加された。
「ゆい」という名前にアニメ調の猫のイラストだ。
(ゆい……下の名前か)
貴重な友達を確認していると、唯李も同じく自分のスマホを見ながら尋ねてくる。
「これ、本名になってるけど大丈夫なの?」
「え? 何が?」
成戸悠己、で登録しているのが気になったらしい。
正直よくわからなかったが、大丈夫大丈夫、と言って慣れている感じを出していく。
「下の名前、ゆうきでいいんだよね?」
「うん」
「そっかぁ。じゃあ、悠己くんだね」
そう言って、唯李は謎のドヤ顔を向けてくる。
思わず目をぱちくりさせると、唯李がすかさず身を乗り出して顔を覗き込むようにしてきた。
「ん~? どうしたの? 別に下の名前で読んでもいいでしょお?」
「まあ……」
「あれぇ~? もしかして悠己くん、は・ず・か・し・いのかなぁ?」
そして渾身のにやにや笑い。
というか悠己がライン交換を申し出たあたりからやたら態度が大きくなり、終始半笑いである。
(まーた始まった)
名前を呼ばれるのに恥ずかしいも何もないだろう。
そう思いながら、悠己はあくまで表情を崩さず答える。
「じゃあ俺も下の名前で呼んだほうがいいかな」
「へ?」
「唯李さん」
そう呼ぶと唯李は「え?」の顔で口を開けたまま、ぴしっと固まった。
そのまま微動だにしないので、
「唯李ちゃん?」
と呼びかけてみるがやっぱり動かないので、目の前で手を振ってみせる。
すると、みるみるうちに唯李の顔に血の気がさしていき、やっと時の流れが戻った。
「そ、そんなち、ちゃんとかって、呼ぶキャラじゃないでしょ⁉」
「じゃあ唯李」
そう言うと、唯李は再び固まった。
今度はまっすぐ目があっていると、またしても唯李の顔色が赤く変化を始め、ついにはいきなり無言でガタっと席を立った。
そしてそのまま何も言わずくるりと背を向けると、唯李は早足に教室を出ていってしまった。
(……う~ん、今のは怒ったのかな?)
相変わらず読めない。なんだか意外に気難しい子なのかもしれない。
でも自分から下の名前が云々始めたのだから、自業自得とも言える。
唯李のいなくなった空席をなんとなしに眺めていると、またしてもスマホが震えてメッセージが届いた。
『ねーねーそういうゆうきくんの友達何件なの?』
『二件』
『むぅ……やるなゆうきくん』
よかった。
悠己はほっと胸をなで下ろした。
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