第11話 お弁当

 悠己が時間ギリギリに登校し席につくと、早速隣の唯李が笑顔を向けてきた。


「おはよ」


 しかも軽く手のフリフリつきだ。えらく上機嫌のように見える。

 昨日の別れ際は顔真っ赤にして軽くブチギレの様相だっただけに、この行動には少し面食らってしまう。


 こちらは半ば無意識とはいえ、勝手に頭を撫でてしまって悪かったかなと思っていたところだ。あいさつもそこそこに、改めて謝罪の意を告げる。


「昨日はごめんね。なんか」

「昨日? 何のこと?」

 

 唯李は笑顔のまま小さく首をかしげた。

 一瞬ぴくっと口元が引きつったように見えたが気のせいだろう。

 もしかしたら三歩歩いたら物事を忘れてしまう人種なのかもしれない。向こうが覚えていないというのならわざわざぶり返すのも良くないだろう。それきり会話を切り上げ、カバンの中身をしまい始める。


「はい。これあげる」


 昨日も兄の日記念で瑞奈にさんざん邪魔されたため、結局予習が終わっていない。

 今日の英語は三時限なのでまだ間に合う。悠己は唯李に怒られないようにこっそりノートとテキストを取り出して予習を始めた。


「これ!」

「え?」


 顔を上げると、唯李がものすごい目力でこちらを見ていた。悠己に話しかけていたらしい。

 もしや早速予習をやってないのがバレたか、と思ったが違うようだ。

 唯李が差し出してきているのは、柄付きの布で包まれた長方形の箱。

 見るからに怪しさ満点だったが、勢いに気圧されてついつい受け取ってしまう。


「なにこれ?」

「さて、なんでしょう~?」

「うーん……パンドラの箱的な?」

「誰の弁当があらゆる災いの詰まった箱じゃい」

「弁当?」

「そ、お弁当。成戸くんのために作ったの」


 言いながらコロっと笑顔になる。その変化たるや不自然極まりなかった。

 実は少し嫌な予感はしていたのだが、もしやこれは……。


「成戸くんって、いつも購買でパンとか買って食べてるでしょ?」

「よく知ってるね」

「うん、ずっと見てたから」


 そしてどうよ? と言わんばかりのしてやったり顔。

 どうやら同じ席になる前から見られていたということらしいが、どうせ「あいついっつも一人で食べてるきもーい」とみんなでヒソヒソやってたというオチだろう。


「どう? 女子の手作り弁当だよ。うれしい? テンション上がる?」

「……まぁ味を見ないことにはなんとも」

「味ですか……手厳しいねぇ」


 くすくすと笑う唯李。

 まさかいきなり弁当を渡してくるとは、さしもの悠己も少なからず驚きである。

やはりどう考えてもこれは……。


「……もしかして、昨日言ったゲーム続いてる?」

「ん~? さあどうでしょうねぇ~?」


 唯李は何が面白いのか満面の笑みだが、こんなものどうもへったくれもない。

 早めに釘をさしておく。


「あのさ、やめない? このゲーム」

「どして?」

「だってタネ割れてるわけだから、誰も得しないでしょ」

「そんなことないよ? あたしはすごい楽しい。いきなりお弁当渡したら、どんなリアクションするかな~って」


 どうあってもやめる気はないらしい。

 人をからかって遊ぶのが好きなんだと、そう告白されたに等しい。

 昨日は勢いでごまかされた感があったが、やはり悠己の推理は当たっていたのだ。


「あ、もしかしてゲームだとしても本当に好きになっちゃいそう?」

「戯言を」


 ぴしゃりと返すが、むふふふ、と唯李はまたもうれしそうに笑う。

 こんなことをして悦に入るなんて、なんだか本格的にかわいそうな子に思えてきた。

 とっとと弁当を突き返そうと思ったが、いくらお遊びのゲームとはいえ、すでにこうして作ってきてしまったのはどうしようもない。 

 弁当自体に罪はないのだ。結局おとなしく受け取ることにする。


「ふふ、楽しみだねぇ~? お弁当」

「そうだね」


 言われるがままに優しく同調してやる。

 こういうのはなんとなく瑞奈のあしらい方に似ていると思った。


 それからというもの、唯李はずっと落ち着きがないようだった。

 言葉少なくそわそわそわとして、授業の合間などに時おりチラチラとこちらに視線を送ってくる。

 そしていよいよ昼休みになると、唯李は逃げるように席を離れて、昨日同様に女子グループの中に混じりだした。


 その一方で悠己は、自分の席で朝渡された弁当をカバンから取り出す。

 弁当箱はやや大きめだった。布を解いて机の上に広げ、御開帳。

 

 蓋を開けてまず目を引いたのは、白米に桜でんぶでハートマーク。いきなりこれはなかなかになかなかである。

 メインに据えてあるおかずは卵焼きとミニハンバーグ。

 それから丁寧に枠を切って、きんぴらごぼうにほうれん草のおひたし、ピーマンの肉巻き。そしてタコさんウインナーと、しっかり手作り感がある。

 奇をてらったような物はなくこれぞまさにお弁当、というものがぎっしり詰まっていた。


(凝ってるなぁ。瑞奈にあげたら小躍りしそうな……)


 そんなことを思いながらいざいただこうとすると、


「……あ、箸がない」


 と気づいて固まっていると、すっ、と突然横から机の上にカラフルな箸入れが差し出された。

 ん? と見ると、唯李の後ろ姿が素早く去っていく。

 なんだか観察されているようで気味が悪かったが、気を取り直して箸を取る。


(あ、おいしい)


 最初に卵焼きを一口食べた途端に直感した。

 味は濃すぎず薄すぎず、小さく刻んだネギが練り込んである。


 思ったとおり、他のおかずもどれも文句のつけようのない出来だった。

 久しぶりにこんなしっかりしたお弁当を食べられて、箸を運びながら悠己はいつしか感慨にふけっていた。

 子供の頃、給食のない日に母が弁当を作ってくれたのを思い出す。


(瑞奈にもお弁当……食べさせてあげたいなぁ)


 しかし自分のスキルではとうていこのレベルのものは作れそうにない。

 弁当の日は瑞奈もよく「明日はおべんとおべんと~」と喜んでいた。

 まあ給食と違って、瑞奈の好きなものしか入ってなかったというのもあるが。


 悠己がゆっくり味わって弁当を咀嚼していると、ふらふらと慶太郎がやってきた。

 もの珍しそうに机の上を覗き込んできて、


「おっ、今日は珍しく弁当かよ」

「まあね」

「母ちゃんの弁当か? いいねぇ、愛されてるね~」

「まあね」


 あれこれ話すのも面倒なので適当に流した。

 そのあと、悠己は米粒一つ残さず弁当を完食した。普段の昼食と比べたら天と地ほどの差。大満足である。

 蓋を閉めて弁当箱を再び布で包まれた状態に戻すと、ちょうど唯李が席に戻ってきてスマホをいじり始めた。

 かと思えばチラチラとこちらを気にしているようで、その視線の先は悠己の顔と弁当箱の包みを行ったり来たりしている。


「あ、弁当箱か。返すね、ごちそうさま」

「え? あ……うん。…………そ、それだけ?」

「それだけ?」


 じぃ~っと、唯李は上目遣いにこちらの顔色を窺ってくる。どうやら何か要求しているらしい。

 悠己は仕方なくポケットから財布を取り出すと、


「わかったよ……いくら?」

「だっ、ちがーう‼ お金とか要求してるわけじゃなくて!」

「別に払ってもいいよ。ゲームとか関係なしに、すごくしっかりしたお弁当だったし」

「え? そ、そう……? ってだから違う!」


 唯李は勢いよく弁当箱をひったくると、軽く上下させて重さを確かめながら、


「へ、へえ~全部食べたんだ? きれいに……」

「うん。まあ俺、好き嫌いとかないからね。食べ物ならなんでもうまいって言うし」

「なにその完全なる余計な一言」

「だから超うまかった」

「へっ……?」


 と固まった唯李の頬が、徐々に赤くなっていく。

 その変化がなんだか面白いのでじっと見ていると、悠己の視線に気づいた唯李ははっと目をそらす。

 そしてぐぎぎ……と歯噛みをしたかと思うと、「ふん」とそっぽを向かれてしまった。

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