第48話 瑞奈VS唯李

「もう、ごめんったら。怒ってるの?」

「いや実はまったく怒ってない」

「どないやねん」


 じとっとした目つきを向けてくる唯李。

 まっすぐに見返して、頭を下げる。


「本当申し訳ない。こんなくっだらない茶番に付き合わせて。いやほんとマジでしょうもない……」

「急に我に返ったね? 別にそこまで言わなくてよくない? いやでも仮に、本当に付き合ってるんだったら、これぐらい別に……」


 言いよどんだ唯李は、薄く頬を染めながら何か訴えるような上目遣いをする。

 それとは別に、視界の隅で「今だやれ、やれ!」とファイティングポーズを取ってジャブを繰り出す瑞奈の姿がちょいちょい見切れて、かなり気が散る。


「はいはいわかった、わかりましたよ」


 空気を読んだのか、唯李は腰を浮かせて体をにじり寄せてくる。

 そして悠己のほうへ顔を向けて、


「しゃんとして、背筋伸ばして。そのまま、動かないでね」


 いろいろと注文が細かい。何をするつもりなのか。

 指示されるがままになっていると、唯李は肩に寄りかかるようにしてこてんと頭を倒してきた。


「おっ、だいぶ攻めるね。いい感じかも」

「で、でしょ~?」


 しかし実際は肩に乗せているようでギリギリ乗せていない。首がしんどいらしく、若干首筋がぴくぴくしている。

 だが見栄え的にはこれでセコンド側も満足かと様子を伺うと、いつの間にか瑞奈がスマホを構えてまっすぐこちらに向けていた。


「って待て待てーい!!」

 

 すかさず唯李がぱっと立ち上がって、大股に瑞奈に詰め寄っていく。

 さっとスマホを背中に隠す瑞奈に向かって、


「いま撮った? 撮ったでしょ!?」

「撮ってますん」

「どうぞごゆっくりって、それで自分は何をやってるわけ!」

「せっかく二人のラブラブツーショットを撮ってあげようと思ったのに……」

「そ、そういうのはいいから! 瑞奈ちゃんもテストなんでしょ? 勉強しなさい!」

「え~~~。今はちょっと時期がね……風水的に……」


 やはり完全に舐められていて、唯李では手に負えそうにない。

「昨日唯李が来たら勉強する」と言ったのは嘘かと悠己が加勢しようとすると、


「じゃあゆいちゃんがゲームで勝ったらいいよ」

「ゲーム?」


 瑞奈は一度自分の部屋に引っ込むと、持ち運びのできるゲーム機を持って戻ってきた。そしてリビングのテレビに接続し、ゲーム画面を出力する。


「これで対戦ね!」とコントローラを操作しながらテレビを指差して言うと、唯李はにやりと不敵に笑った。


「ふぅん、何かと思えばマスブラねぇ……受けて立とうじゃない」


 画面に映っているのは、キャラクターを操作して戦わせる対戦型のアクションゲームだ。

 悠己も以前瑞奈に付き合わされ対戦させられたことがある。コミカルな見かけとは裏腹に操作が複雑で奥が深く、悠己にはさっぱりだった。


「やめたほうがいいよ、瑞奈はムダにゲームうまいから」

「うまいって言ったって、よちよち上手だね~ってレベルでしょ? こちとらガチじゃい、女子供に負けるかい」


 止めるのも聞かずに唯李はテレビの前にどっかと腰を据えると、舌なめずりをして一人で息巻きだした。

 ゲームコントローラーを手に取り、慣れた手付きでスティックを回してボタンをカチャカチャと押してみせる。

 どうやらすっかりやる気で、そうとう腕に覚えがあるらしい。


「へえ、唯李ってゲームとかするんだ?」

「あたしが何のために掃除洗濯炊事その他もろもろやらされ……やってると思う? 家でゴロゴロしてても文句言わせないためよ」


 唯李はなぜか得意げに言うと、いっつも家でゴロゴロしてんのかこいつ……という悠己の視線をよそに、操作キャラクターをセレクトし始める。


「まあ最初は軽くもんでやりますか」

「ふーん、大きく出たね。ゆいちゃんのぶんざいで」

「瑞奈ちゃん、負けても泣いちゃダメだよ?」


 などと牽制し合いながら、いざ対戦スタート。

 お互いしばらく様子見の状態で見合ってから、徐々に小競り合いが始まる。


 両者しだいに動きが激しくなり、あちこち飛んだり跳ねたりをしたあと、大きくキャラ同士がぶつかってまずは瑞奈が先制を決めた。


「へえ、瑞奈ちゃんなかなかやるねぇ~」


 唯李はまだ余裕たっぷりな表情。

 がそれもほんの最初だけで、なおも瑞奈の攻勢が続くと「は?」「いやいや」などとブツブツやりだして、だんだんと雲行きが怪しくなってくる。


 やがて唯李の口から「チッ」と舌打ちが飛び出して、しまいに「あっ!」と大きく声を上げたかと思えば、画面いっぱいに大きくKOの文字が表示された。

 

「うおっしゃ勝利~~!! あれれ弱いなぁ~ゆいちゃん調子悪いのかなぁ~?」

「ま、まあ今のはキャラの相性がね……。そもそもサブで使ってるやつだしね」


 キャラクター選択画面に戻る。

 その間唯李は瑞奈のほうを見ようとせず、視線は画面に釘付けである。


 唯李がキャラを変更し、再度バトル開始。

 若干の焦りが見られる唯李に対し、ここで謎の集中力と器用さを発揮する瑞奈。

 脇で見ていてキャラの動きもそうだが、なんというか指の運動量からして違う。

 素人目にも瑞奈のほうが相当上手なのがわかる。


「はぁっ!? 今のハメだよ! チートチート!!」

「ふっ、弱い者ほどよく吠える……」


 またも一方的に攻めたてられ、いよいよ叫びだす唯李。かたや涼しげな顔の瑞奈。 

 しまいには瑞奈のキャラが、相手を煽るような奇妙な動作を始めた。

 またそんな余計なことを……と唯李の顔を見ると、


「ぐぎぎぎ……」


 効いてる。めっちゃ効いてる。

 煽りによりさらに動きに精彩を欠いた唯李のキャラは、あえなくノックアウト。再び敗北を喫する。

 

 が、息をつくまもなく唯李は無言でキャラを選び直し、すぐさま再戦を要求。

 バトルが始まる直前、冷静に冷静に……と唯李は何度か深呼吸をしていたようだが、


「うっわ、当たる今の!? ないわ~ないわないわぁ~!」


 対戦が始まるとまたすぐにやかましくなる。

 傍で見ていてまるで小学……女子高生にしては少し慎ましさに欠ける気がしたので、


「唯李」

「何!?」

「ちょっとうるさい」

「ふんっ!」


 肩のあたりを水平チョップされた。

 しかしコントローラーから片手を離したその隙に、画面にはKOの文字が。

 唯李はここぞとばかりに悠己を指差してきて、


「あ~もう悠己くんがうるさいから負けちゃったじゃないの!!」

「俺のせい?」

「悠己くん! ちょっとチェンジ!」

「えぇ……やだよ俺これ苦手だし、やっても瑞奈に勝てるわけない……」

「ちがう! 瑞奈ちゃんと!」

「え? なんで?」

「いいから!」


 わけもわからず瑞奈と交代させられ、有無を言わせずバトルスタート。

 当然ろくに操作もおぼつかない悠己は、唯李に一方的にボコられてあっという間に終了となる。


「イエーイ勝った勝った~!」


 コントローラーを手放した唯李が、満面の笑みで両手を上げてガッツポーズ。

 その裏で、悠己は一部始終をおとなしく眺めていた瑞奈と無言で顔を見合わせる。


 すると瑞奈がこれまで見たことのないような優しい目をして、唯李の顔を横から覗き込んだ。


「ゆいちゃん……ごめんね?」 

「……な、何が?」

 

 そうとぼけてみせるが、唯李の顔は見るからに引きつっていた。目が右に左に泳ぎまくっている。


「よしよし、唯李も上手だったよ」

 

 悠己が頭を撫でてやると、唯李は肩をビクっとさせたあと、顔を赤くしながら悔しそうに口を結んで睨んできた。

 さらに悠己の真似をした瑞奈にも「よしよし」とやられると、唯李はばっと顔を伏せて、それきり沈黙してしまった。

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