第49話 ガチ勢

「でさあ、このThatがさあ……」


 翌朝悠己が教室に入っていくと、昨日の朝騒いでいた女生徒――凛央がノート片手に唯李の机に取り付いていた。

 あれこれ質問をする唯李に対し、「うふふ、それはねえ……」と上機嫌に答えている。どうやら秘密兵器に教えを請いながらお勉強中のようだ。


 二人をよそに席に着く。ここで昨日のお返しと「朝から精が出ますなぁ」と横から唯李に声をかけると、


「ぷいっ」

「ん?」

「ぷいーっ!」


 謎の呪文を唱えながらそっぽを向かれた。

 もしかして昨日のゲームのことをまだ根に持っているのか。なんという負けず嫌い。

 すかさず凛央がギロっと鋭い眼光を飛ばしてきた。これみよがしに机と机の間に回り込むと、悠己に背を向けて立ちふさがる。

 両人ともにずいぶん嫌われたものだ。


 カバンの荷物を整理すると、悠己はおとなしく勉強を始めることにする。うるさくなくて逆にちょうどいい。

 問題集を机に広げると、小さくちぎった消しゴムの切れはしが横から飛んできた。

 隣を見ると、唯李が凛央を盾にするようにして顔をのぞかせている。


「……何?」

「アイテムで敵を妨害」


 そう言うなり唯李はまたさっと凛央の陰に隠れた。

 文句を言おうにも、立ちはだかった壁(凛央)が睨みつけてくるという厄介な布陣。消しゴムを投げ返しても、すごい勢いで弾き返されそうだ。

 結局凛央はそのまま、ホームルーム開始のチャイムが鳴るまでその場に居座った。

 



 そして昼休み。

 今日は登校前にコンビニでおにぎりとパンを買ってきた。

 カバンからコンビニの袋を取り出そうとすると、隣の唯李の席に一人二人と女子が集まってきて椅子を寄せ合い出した。


 女の子ランチタイムが始まってしまい、早くもぺちゃくちゃとうるさい。

 昼休み中隣でずっとこの調子でやられるのは、さしもの悠己も少しばかりしんどい。


 やかましさから逃れるように窓の外へ視線を泳がせる。たなびく雲間からは燦々と陽光が差している。

 今日は天気もいいし風もあって涼しいしで、このまま一日教室にすし詰めになっているのももったいない気がしてきた。


(どうせなら外で食べようかな)


 急にそう思い立って、昼食の入ったコンビニ袋を携えて席を立った。

 一階購買付近の自販機でペットボトルを購入し袋の中に詰めると、そのまま外に出て校舎周りをうろつく。


 気温はさほど高くないとはいえ、さすがに日なたは少し暑い。

 日陰を探してうろつくが、木陰にあるベンチなどはすでに他の生徒に場所を取られてしまっている。


(みんな考えることは同じか……)


 しかし今さら教室に戻るに戻れない。

 すでに悠己の席は、唯李の仲間に侵食されている可能性大。


 安息の地を求めて、校舎の中庭、さらに裏庭のほうに入っていく。

 砂利道を通りすぎて焼却炉、教職員の車が止まっているスペースを通りながら、どこか座れそうな場所を探す。


 さすがに昼休みにここまで来る人もいないだろう、とタカをくくっていたが、裏手の花壇のレンガに仲良く腰掛ける男女を見つけてしまい、気まずい。さらに奥へ奥へ進んでいく。


 そして校舎の裏側、いよいよよくわからない狭い通路に入り込んでしまって、いい加減引き返そうかと思いながら角を折れると、ふと人の気配がした。

 建物と塀の間の少しくぼんだ謎スペース。何気なく視線を向けると、そこには一人座り込んでいる女子生徒の姿があった。


「あっ」


 つい声が出てしまう。 

 するとぱっと顔を上げた相手も、まさに「あっ」という表情で固まった。

 目が合ってしまう。何やらどこかで見覚えがある……と思ったら、今朝教室でものすごい睨んできた人によく似ている。


 とはいえまさか、こんなところにいるはずもない……他人の空似だろう。軽く会釈をして、通り過ぎようとする。


「ちょっと!」


 すぐに呼び止められ、肩を掴まれる。

 ぐいっとうしろを振り向かされると、顔を赤くした女生徒がえらい剣幕で睨みつけてきた。

 垂らした前髪。整った目鼻立ち。

 やはりこの方は、かの花城凛央本人で間違いなさそうだ。


「いっ、今!」

「いま?」

 

 凛央はそこで一旦視線を落とした。何やらためらっていたようだったが、やはりキっと鋭い眼光を浴びせてきて、


「うわ~なにこのひと一人で隠れてぼっち飯してるきも~いありえな~い。という目で私のことを見たでしょ!」

「そんな目で見てませんけど?」

「じゃあさっきのヤバイもの見たけど見なかったことにしようみたいな反応は何!?」

「いや俺リアクション薄いんで」

「リアクションが薄いとか濃いとかそういう話じゃない!」


 凛央は髪を振り乱して食ってかかってきた。

 普段のクールな印象はどこへやら、見るからに平静を失っている。

 なのでこちらはあくまで冷静に、いつも通り応対する。


「……何でこんなところにいるの?」

「そ、そっちこそ何をしているのこんなところで」

「いや、ご飯食べるのにいい場所ないかなって」

「それは……ひ、一人で?」

「分身して見える?」


 そう聞くと、凛央はほっと安堵したように表情を緩めた。


「な、なあんだ、君も同類じゃないの! そうよね! そうに決まってるわよね! アハ、アハハハハ!」


 まるでキワモノキャラを従える悪役女幹部のように、高らかに笑い出した。

 これはこれでちょっと怖い。かと思えばいきなりすっと真顔に戻って、


「何よ? 笑いなさいよほら。おかしいんでしょ?」

「いや、俺手下とかじゃないし……別に面白くもないし」


 そう返すと凛央は「はあ……」とがっくり肩を落として、急にテンションガタ落ちになる。

 やはりこの人もたいがい精神が不安定な人のようだ。


 とりあえず凛央のことはさておき、改めて周りを見回す。

 ここら一帯は陽も当たらず陰になっていて、ときおり通路を涼しい風が吹き抜ける。そして何より静かだ。


 凛央が座っていた場所は建物のコンクリート部分が突き出しており、ちょうど腰掛けられるようになっている。

 かたわらには小型の手提げバッグと、食べかけらしい弁当箱。

 試しに悠己も座ってみると、なかなかに良い感じだ。


「ちょっと。何を勝手に……誰の許可を得てるわけ?」


 腕組みをした凛央が、ムスっとした顔で見下ろしてくる。ぼっち飯にも熾烈な縄張り争いがあるらしい。

 とはいえガチ勢の人とやり合う気はサラサラなかったので、「じゃあ……」と腰を上げて立ち去ろうとすると、


「ま、まぁ、どうしてもって言うなら、特別にここで食べさせてあげなくもないけど」

「いやぁいいよ、邪魔したら悪いし、なんか怒ってるみたいだし」

「お、怒ってないわよ! 別に……普通よ普通!」

「言い方がもう怒ってる」


 凛央はむぐっと口をへの字に結んで、笑おうとして失敗したのか変な顔をした。

 そしてやはり威圧的な態度で、


「いいから言うとおりにしなさい。タコさんウインナーあげるから」

「やった」


 結局悠己は言われるがままに、コンクリートのへりに腰を落ち着けた。

 凛央はその隣に座ると、置きっぱなしだった弁当箱を手に持って差し出してくる。


 ほとんど食べ終わりの弁当の中から、悠己は生き残っていたタコさんウインナーをひょいっとつまんで口に入れた。

 うまそうに食べる悠己を見て、凛央はにやりとする。


「ふっ、食べたわね……。これで君も同じ穴のムジナ……いわば共犯よ。こんど生意気な態度をとったら、人知れずぼっち飯をしていたと言いふらすわ」

「別にいいけど」


 凛央はしてやったりという顔だが、誰に言われようとその程度ノーダメである。

 いきなりそんなことを言いふらしたら、変人扱いされるのは自分のほうではないかとも思う。


「唯李に教えてあげようか? 凛央ちゃんが一人でご飯食べてたよって」

「そ、それだけはやめて! くっ、なんて鬼畜な……」


 凛央はまるで捕まった女騎士のごとく睨みつけてくる。

 唯李に一緒に食べるように言ってあげようと思っただけなのだが。


(というか一緒に食べればいいのに……)


 だがまあ、すでに同じクラスでグループを作ってしまっていると、そこに入っていきづらいのは確かだ。

 それにこうやって一人で食べるのが好きなのならば、余計なおせっかいというものだろう。 

 悠己としてはなかなかにいい場所を見つけてホクホクだ。


「んーじゃあ、お礼に凛央ちゃんには……」

「ちょっと待って、さっきから……君に凛央ちゃん呼ばわりされる覚えはないんだけど?」

「唯李がそう呼んでるし」

「それは全然理由になってない」


 凛央ちゃん、は特別ということなのか。

 もはや知らない仲でもないし、別に構わないかと思ったのだが。


「じゃあなんて呼べばいいかな?」

「そ、そんなの知らないわよ。自分で考えなさい」


 取り付くシマもない。それでも何か思うところあったのか、凛央は少しして言い直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る