第30話 おかえりなさいませゆきくん様
「おかえりなさいませゆきくん様!」
今日うちに帰ってくるときは勝手に鍵あけないでインターフォン鳴らしてね。
という謎のラインが来ていたのでそのとおりにすると、扉が勝手に開いて変な白い帽子に白いエプロン姿の瑞奈が勢いよく悠己を出迎えた。
「ただいま」
そう言って半歩ずれて、背後に立つ唯李を紹介しようとする。
だが瑞奈は唯李の姿を見るなりくるっと背中を向けて、パタパタと奥に引っ込んでしまった。
その背中は例によってTシャツにパンツ一丁という開放感あふれる装い。基本パンツがギリギリ見えている。
すぐさま背後で唯李がぶふっと吹き出す。
「あれなんて格好してんの⁉ 下はいてないじゃない!」
「Tシャツ着てるだけましだよ」
「嘘でしょ? 普段どうなってんの⁉」
まさにいかがわしいものを見るような目をしてくる。
今のあいさつも含めて、まるで悠己がやらせているのではないかと言わんばかりの剣幕だ。
変な誤解をされてはたまらんと、
「なんかメイドブームらしいんだよ今。家事やるとかなんとかって」
そう説明しながら、いっそう訝しげな視線を送ってくる唯李を中に招き入れる。
ひとまずまっすぐ進んでリビングに入っていくが、瑞奈の姿は見当たらなかった。
唯李のことは何も言っていなかったので、急なことで驚かせてしまったかもしれない。
「ちょっと待ってて」
ひとまず唯李をソファーに座らせて、瑞奈の部屋へ。
部屋のドアはわずかに開いていた。隙間からこっそり外の様子をうかがっている瑞奈に気づく。
目が合うなりドアを閉じられそうになったが、すかさずノブに手をやって押し開ける。部屋に足を踏み入れると、瑞奈はバタンと勢いよくドアを閉めて、そのまま背中で扉を押さえるように立った。
「……ふう」
「なぜ閉じる」
これで誰も入ってこれないと言わんばかりだ。
瑞奈はいつの間にかエプロンを脱ぎ捨て、しっかり下にもハーフパンツをはいている。
「なんだよ服着れるじゃないかよ」
「そんな人を原始人みたいに言わないで」
「原始人じゃん」
どうやら赤の他人がいるとちゃんとするらしい。当たり前だけども。
「お客さんだから出てきてちょっとあいさつして」
そう言うと、瑞奈が「耳を貸しなさい」とちょいちょいと手招きするので中腰になって顔を近づける。
瑞奈はやたら優しい口調で、
「ゆきくん。ダメでしょ」
「何が」
「いくら払ってるの」
「いや別にお金払ってレンタルしてるとかじゃないから」
「壷を買う余裕はありませんよ」
「だから違うっての。あの子は……彼女。できたから」
「かっ……⁉」
瑞奈は口半開きで声をつまらせると、目を大きく見開いてよろよろとよろめき、しまいに固まった。
そこまで大げさにリアクションすることもないだろうに。
「か、彼女って、どこの誰が……」
「いやほらあれだよ、前に見たでしょ、スマホの写真で」
「写真~~……?」
首をかしげる瑞奈とともにとりあえず部屋を出る。
瑞奈はリビング入り口の陰から、ソファーに座っている唯李をこっそり遠目に覗き込むようにすると、
「あっ、もしかしてゆいちゃん……⁉」
ようやく気づいたようだ。
瑞奈が前に見た写真はがっつり化粧をしている上に、ドアップだったから少し雰囲気が違うのかもしれない。
「生ゆいちゃんだよ……どうしよう……」
瑞奈がおろおろとうろたえ出すと、唯李が若干ぎこちない笑みを浮かべながら手を振ってきた。
瑞奈としては隠れているつもりのようだが、実際はこそこそしているのが丸バレ。向こうはものすごくやりづらそうにしている。
「ヤバイ! 手振ってくれたよ今!」
「わかったから。いいから早く出ていきなよ」
背中を押すが瑞奈は足を踏ん張って耐えようとする
もうラチがあかないと、無理やり腕をとって引きずっていく。
そして唯李の目の前までやってきてなお、瑞奈はしつこく耳打ちしてくる。
「……大丈夫? 噛みつかない?」
「一応気をつけて」
「おいそこの男」
全部聞こえているようだ。
まさに噛みつかんばかりの勢いで悠己を睨んできた唯李は、かたやころっと笑顔になって瑞奈に猫なで声を向ける。
「大丈夫だよ怖くないよ~?」
一応唯李にはあらかじめ「瑞奈は超絶人見知りなので気をつけて」とだけは言ってある。
「唯李お姉ちゃんだよ~。お姉ちゃんは優しいよ~優しいんだよ~」
唯李は聞いたこともないような声を出しながら、気味が悪いぐらいにニコニコとしている。
まるで自分に言い聞かせるようにお姉ちゃん優しいを推していくが、普段姉に虐げられでもしているのだろうか。
瑞奈はおっかなびっくり……という感じで視線を泳がせていたが、やがて意を決したように唯李へ向き直った。
「あ、あの!」
「はぁい、なんでしょう」
「い、今どんなパンツはいてるんですか!」
「……今なんて?」
優しい唯李お姉ちゃんの顔が一発でひきつった。
瑞奈がさっと身を翻して、またも悠己に耳打ちしてくる。
「怒ってるよ、打ち解けようとしたのにぃ……」
「まーたいきなり何言ってるんだよ。どうせ普通の白いパンツだって。リボン付きの」
「おいそこのセクハラ兄貴」
全部聞こえているようだ。
呪いでもかけてきそうな勢いで唯李が睨んでくる。
するとそれを見た瑞奈が、何を思ったかぱっと悠己の前に立ってぺこりと頭を下げる。
「ごめんなさい、うちのゆきくんが変なこと言って……」
「いやもとは俺じゃないからね?」
「三十分いくらですか? それとも罰ゲーム……」
「だから違うって、しつこいな」
彼女だ、というのがよほど信じがたいらしい。
やがて見かねた唯李が、少し緊張した面持ちで口を開く。
「えっと、悠己くんとお付き合いしてます鷹月唯李です。よろしくね」
「それっていつから?」
瑞奈はぐいっと首を曲げて唯李ではなく悠己に聞きかえしてくる。
細かい設定を何も決めずに来たので、あんまり突っ込まれるとまずい。
「えっと……今日から?」
「今日⁉ どっちが告白したの?」
「それは……」
ヤバイ、と唯李の顔を窺おうとすると、
「悠己くんのほうからだよね」
すかさず差し込んできた。当然でしょと言わんばかりの口調。
悠己としてはどうせ嘘なのだからどっちからだろうと何でもいいのだが、何か譲れないものでもあるのか。
「へえ、ゆきくんが……? ふ~ん……。あ、もしかしてそれって、この前のラインが関係ある?」
「いやそれは関係ない……」
と言いかけて踏みとどまる。
それのおかげだよ、という話にすれば、「瑞奈のおかげだね!」となって案外自然に収まるのではないかと思ったからだ。
「ああ、そういえばあのときのラインで……」
「ち、ちがう! あれは全然関係ないから!」
しかし突然、唯李にぴしゃっと遮られた。
何をそんな顔赤くしてムキになって否定してくるのか。
そもそもあれは姉が勝手に打った、という話だったと思うのだが。
「へ~じゃあほんとにゆきくんが告白したんだ~? どういうふうに?」
どういうふうに? とそのまま唯李に視線で伺いを立てるが、さっと目をそらされた。さっきから全然助けてくれない。
もうこうなったら仕方ないので、それらしく取り繕うことにする。
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