第52話 あーんするターン
そして再びリビングに戻ってくると、唯李と瑞奈がテレビの前でぎゃあぎゃあと騒いでいる声が聞こえてきた。
「ちょっと貸してみて、やってあげるから!」
「ダメ瑞奈がやる瑞奈が!」
また懲りずに対戦しているのかと思ったが、一人用のゲームを二人仲良く……ではなくコントローラーを奪い合いしながらやっているようだ。
最初の頃こそお姉ちゃんぶっていた唯李だが、早くも素が出てきているっぽい。
妹属性同士がぶつかるとこうなるらしい。
「あ~またそこで落ちた! も~ゆいちゃん下手!」
「いや今絶対ジャンプ押したから! まったく反抗期かよこのヒゲオヤジ」
口汚いなぁ、と悠己は二人をよそに、遅めの朝食兼昼食をとろうと冷蔵庫を開ける。
ハムエッグにトーストでも、と思ったが卵がない。
じゃあ適当にジャムでも塗って……と小瓶を手に取ると、瑞奈の仕業か昨日の朝には半分以上あったはずのいちごジャムがほぼなくなっている。
微妙にすこ~しだけ残してあるのがいやらしいやり口だ。
考えるのが面倒になったので、ハムと食パンを一緒に口に放り込めばいいかと薄切りのハムを冷蔵庫から取り出す。食卓につくと、
「悠己くん、ちょっと待ったぁ!」
突然唯李が待ったをかけてきた。ソファの隅に置いてあった手提げかばんをひっつかんで、食卓のほうにやってくる。
「少し早いけどお昼にしよっか」
そう言って唯李はカバンの中からお弁当箱と大きめのタッパーを一つずつ取り出した。テーブルの上に並べる。
「ずゃずゃ~~ん! お弁当~!」
お弁当に向かって両手のひらを広げてみせる。
すると「お弁当」という単語を聞きつけたらしい瑞奈が、ゲームをほっぽってどたどたと走ってきた。
「うおおおおべんとぉおおおお!!」
「瑞奈ちゃんの分もあるよ」
唯李が蓋を開けると、瑞奈が飛びかからん勢いでお弁当箱を覗き込む。大きく目を見開いて指を差して、
「あっ、タコさんウインナー入っとるやんけ! おまんら生きとったんかい!」
「みんな楊枝で串刺しになってるよ」
「ゆきくんなんでそういうこと言うの。いや~タコさん何年ぶりかなぁ」
「うん、まあ……」
「むっ、その反応……ゆきくんさては瑞奈に内緒でこっそり食べたな!」
「いや、別にそれぐらい自分で作って食べられるじゃん」
「だからそういうんじゃないの!」
悠己を押しのけた瑞奈は、これでもかというほどに弁当箱に顔を近づける。
「うおぉぉお卵焼きぃぃいい!! 唐揚げえぇぇえ!!」
いっぱいに詰められたおかずを見て絶叫していく。うるさい。
瑞奈の背後で唯李はくすっと笑いながら、
「ちょっと手抜きだけど、みんなで食べられるように質より量で」
「そんなことないよ、ゆきくんが作るやつよりおいしそう!」
裏切り者め。
だがまあ、悠己自身異論はもちろんない。
お弁当箱には三種類のおかず。タッパーの中には海苔の付いた俵状のおにぎりが整然と詰められていた。
おかずの種類で言ったら以前に悠己がもらった弁当よりは劣るが、これだけ数を用意するのはなかなかの手間だろう。
悠己は改めて唯李の顔を見て礼を言う。
「ありがとう唯李、わざわざこんなに作ってきてくれて」
「いやぁその、悠己くんも毎日ご飯用意するの大変かなぁって思って……」
頭をかきながら、少し照れくさそうに笑う。
つられて悠己も口元を緩ませる。なんとなしにそのままお互いじっと見つめ合っていると、横合いから瑞奈がグイグイと唯李の腕を引っ張り始める。
「ねーねー食べていい? 食べていい?」
「……あっ、うん。いいよどうぞ食べて食べて」
瑞奈は歓声を上げながら手を伸ばし、ずっと狙っていたタコさんウインナーをひょいっと口に入れていく。
悠己も食パンをかじるのはやめて、タッパーに入ったおにぎりを手に取り、唯李にいただきますをする。
「びゃぁああうまいぃぃいい!!」
「瑞奈、静かに食べなよ」
「ゆきくんこそ、静かに食べてないでゆいちゃんにあーんしてあげなよ」
「ええ? なんで」
「なんでってことないでしょ、付き合ってるのに!」
瑞奈理論によると、付き合っているならあーんしなければならないらしい。
そういえばそういう設定だった、と思い返した悠己は、ウインナーに刺さっている楊枝の先をつまんで、唯李の顔の前に持っていく。
「じゃあ唯李、あーん」
とやるが唯李は微動だにせず、なにか言いたげな顔で視線だけを向けてきた。
軽く手元を揺らしてやるが、まったく食いつく気配を見せない。
「どしたの?」
「……悠己くんってそういうとこ、強いよね」
「強い?」
「いやなんか、もっと恥ずかしがれよっていう……」
その本人は恥ずかしいのか呆れているのか微妙な表情をした。
ふだん瑞奈によくやっているというかやらされるのであまり抵抗がないというか、自身どうなのかよくわからない。
「俺はほら、瑞奈によくやってるから」
「そういう問題? ていうかよくやってるんだ……」
「ふっ……ゆきくんよ、瑞奈の屍を越えてゆけ!」
瑞奈は言いたいだけなのか言うだけ言って、楊枝で一気に串刺しにした卵焼きとからあげに食らいつく。
唯李もそれにならってか悠己の差し出したウインナーを口に含んだ。瑞奈の視線を気にしていたらしい。
「あ、食べた。やったね」
「……動物に餌やったみたく言わないでくれる?」
口をもむもむとやりながら、恥ずかしそうに目線をあさってのほうにそらす。
すると瑞奈が目ざとく首を伸ばして、唯李の顔を覗き込んでいく。
「どう? おいしいゆいちゃん?」
「お、おいしいよ……」
「やったねゆきくん、愛の力でおいしくなったよ!」
まるで愛がなければまずいみたいな言い方はどうかと。
案の定唯李はどこか腑に落ちない顔をしてぼやく。
「自分で作ったのおいしいって言わされるってなんか……」
「自画自賛だね」
「まあ、おいしいしね実際!」
開き直った。唯李が胸を張ってみせると、瑞奈がその肩を叩いてさらに煽っていく。
「ほら、次はゆいちゃんがあーんするターンだよ! ゆきくん構えて!」
「よし来い」
「……なんかこれ、あたしだけ罰ゲームっぽくなってない?」
「大丈夫、そのあと瑞奈のターンが待ってるから!」
瑞奈は言いながら両手におにぎりを取って待ち構える。
その後も口の中にお弁当放り込み合戦は続き、あっという間に唯李の弁当は空になった。
お腹をポンポンやって瑞奈はすっかり満足顔だ。時計を見た悠己は、立ち上がりながら弁当箱をしまい終わった唯李を促す。
「それじゃぼちぼち行こうか」
「ゆきくんとゆいちゃん二人でどこ行くの?」
「図書館で勉強」
「行ってらっしゃい」
瑞奈はくるりとUターンを決めて、テレビとソファのあるほうへ戻っていく。行き先を聞いて興味が失せたらしい。
明日は唯李と出かける予定、とは昨日のうちに言っておいたが、このまま一人で瑞奈を残していくのは少し不安な気もする。
「バイバイ瑞奈ちゃんまたね~」
「おう! またいつでも来んさい!」
「瑞奈もちゃんと勉強するんだよ」
「まかしとき!」
瑞奈はリモコン片手にぐっと親指を立てた。
野郎映画だ。まったり映画見る気だ。
瑞奈は前回父が戻ってきたときに、おねだりをして動画配信サービスを契約させたばかりだ。
文句の一つもつけてやりたかったが、悠己としてもこのあとの計画というか予定がある。
これ以上グダるわけにもいかず、結局そのまま唯李とともに家を出た。
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