第57話 ユイメガネ
そして週明け。
いつもより少し早めに登校した唯李は、適当にクラスの友人たちとあいさつを交わしたあと、早々に自分の席に戻って悠己がやってくるのを待ち構える。
テスト勉強用のテキストや問題集などを開いて机の上に広げ、しかし実際はまったく内容を頭に入れることはせず、今か今かと戸口の様子をうかがう。
(来たっ)
今日も今日とて悠己は眠そうな顔でちんたら歩いてきた。
唯李は素早くカバンからメガネを取り出すと、スチャっと装着して机の上の問題集に視線を落とす。
隣でガラ、と椅子の引く音がして、悠己が席についた。
(さあ来いさあ来い……)
唯李は必死に勉強しているフリをして、悠己がメガネに触れてくるのを待つ。が、メガネどころかあいさつも何もない。こっそり横目で様子をうかがうと、悠己は何やら窓の外を見てぼ~っとしている。やっぱり何もない。
結局唯李はしびれを切らして声をかけていた。
「おはよ」
そう言うと、悠己はちらりとこちらを見て軽く頷いただけで、それきりまた元のだんまりに戻った。
何だその態度、これは朝から頭パーン案件か? と唯李はメガネのことも忘れて追撃する。
「……何? その感じ」
「いや、勉強の邪魔したら悪いかと思って」
悠己なりに気を遣ってくれていたらしい。ならば許そう。
実際は勉強など微塵もしていないのだが。
(そんなことよりも気づけ。いつもと雰囲気違う唯李ちゃんにいち早く気づけ)
無言の圧力を送っていると、とうとう悠己は唯李の顔に目を留めて、
「どしたのそれ」
「ん? あ、あぁ~このメガネ? これはねぇ……」
「いやその髪ぴょんってなってるの」
「知らんわただのくせっ毛だよ」
これはわざとやっているのではと疑うレベル。
髪を激しく手で撫で付けたあと、唯李は一度仕切り直す。
「ちょっと最近、勉強しすぎで目が悪くなっちゃったかな~って」
「へえ」
「昨日なんて丸一日家で勉強だったし」
昨日は新刊の漫画を読む前に、何巻か前から読み返していたら午前中が終わった。
午後から母と姉が買い物に出かけるというので一緒について行って、夜はレストランでご飯を食べた。おいしかった。
「それでメガネかぁ……」
悠己がじっと目元を覗き込んでくるので、ここぞとばかりに唯李は必殺のメガネクイっを決めてみせた。
すると悠己は視線をさらに釘付けにしてくる。
きっとこの溢れ出る知的さに見とれているに違いない。
「なぁに? じっと見て」
「なんか頭よく見せたいから無理やりメガネかけてる人みたい」
「あ~いるよね、そういう人~」
激しくうんうんうんと頷いてみせると、悠己が「うっ」と突然眉をしかめた。
口ではそう言ってもこれは早速効き目が。
「ん、どうかした?」
「キラっとしてまぶしい」
「あ、そう」
「あんまりこっち見ないでね」
(お前メガネかけてる人みんなにそれ言えんのかファッキュー!)
と思ったがこらえる。知的メガネキャラはそんなこと言わない。
今の自分はメガネをかけた知的クール美少女なのだ。それらしく振る舞わねば。
「ところで悠己くんのほうは、テスト勉強進んでるのかしら?」
「瑞奈のせいでいまいちかなぁ。でも唯李は昨日丸一日勉強ってことは、相当進んでる?」
「そうね。わからないところがあったら、何でも聞いてくれていいわよ」
「……なんか、しゃべりが変じゃない?」
「そんなことないわよ? いつもこんな感じでしょ」
「んー違う」
「あらやだ、違わないでしょう」
「違うんだよなぁ」
「しつけえなおい」
「それそれ」
それそれって普段いったいどんなキャラだと思っているのかと。
これではインテリ唯李ではなくインテリヤクザになってしまう。
とにかく今のあたしはインテリ唯李、頭ゆいなのだ。
そう唯李が心の中で自分に言い聞かせていると、
「じゃあこれ、この問題よくわからない」
「どれどれ、しょうがないですわねえ~」
大物感を出しつつ、唯李は悠己が見せてよこした問題集を覗き込む。
何かと思えば数学。しかも問題文の時点で読む気が失せるぐらいに長ったらしい系のやつ。
このインテリ、完全に頭いいふうになったつもりでいたが、実際はメガネをかけただけなのである。しかも伊達。
(……わからぬ。さっぱりわからぬ)
それでも唯李はふんふんふん……と問題文を読みながらしきりに頷いてみせる。
「あ~これね~……これはねぇ~ちょっとひっかけっていうか~……」
「ここのXとZがさぁ……」
「そうそう、XメンとZマンがね……」
「ふざけるんだったらいいや」
「あぁん待って!」
問題集を引っ込められそうになったので、はしっこをぐっとつかむ。
悠己は「破けるからやめて」と冷静に手を払いながら、
「どうせわからないんでしょ? 今度凛央に聞こうっと」
「そっ、それはダメ! ダメに決まってるでしょ!」
「なんで」
「そ、そもそも凛央ちゃんはあたしの仲間だし? はぐれ凛央仲間にするまで何回戦ったと思ってんの」
「……わ、私?」
声がしたほうを振り向くと、いつからいたのか凛央が背後霊のごとく席のうしろに立っていた。
ヒィっと唯李は思わず椅子から転げ落ちそうになる。
「ど、どしたの凛央ちゃん急に! な、なにかご用?」
「用がないと凛央は来ちゃダメなの?」
「そっちには聞いとらん!」
なぜか悠己がすかさず横から口を挟んでくる。
当の凛央はなんだか居づらそうにしているし……やっぱりこの二人、なにか企んでいるのでは。
なぜなら唯李が呼ばない限り、凛央のほうからやってくるようなことはこれまで一度もなかったのだ。
(はっ……もしや悠己くんに会いに来ちゃったとかいやまさかまさか……)
「え、えっと……ト、トイレのついでにちょっと寄ってみたっていうか……」
凛央は歯切れ悪く言いながら、不自然に愛想笑いをした。
やはりどうも怪しい……と様子を伺っていると、凛央は驚いた顔で目を瞬かせた。
「あっ、唯李メガネ……」
(ユイメガネ……? 新種のポ○モンか何か?)
と一瞬首を傾げるが、自分でメガネをしていることをすっかり忘れかけていた。
凛央は何か思うところありそうな顔をしているが、これはもしや伊達だということが見抜かれている……?
「そ、そうそう。ちょっと、視力がねー、席も一番うしろだからねー」
「私もメガネ……かけようかな」
「えっ?」
「最近ちょっと黒板が見えにくいときがあるから、授業中はメガネかけようかなって思ってて」
まさかのメガネかける宣言に、これには唯李も口あんぐりである。
すでに頭いい凛央がメガネをかけたら、さらに頭よくなってしまうではないか。
なによりパクりだ。人のマネをする気だ!
「そ、そしたら、唯李と二人、お揃い、みたいな……」
「ダメだよ凛央ちゃん! そうやってすぐメガネに頼ったら!」
「え、えっ?」
「トレーニングするよ! あたしの指をじっと見て!」
ぴっと伸ばした人差し指を、凛央の目の前でゆっくり前後させる。
これを繰り返すことにより、凛央の視力を回復させるのだ。この前テレビでやってたの見た。
「見えるよ見えるよ~見えないと思いこんでるから見えないんだよ~」
なんだかこんなふうなことも言っていた。
戸惑いがちの凛央に指を近づけては遠ざけをしていると、若干呆れ顔の悠己が間に入ってきた。
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