第15話 かよわい女の子

『雨大丈夫だった?』


 アプリを立ち上げると、唯李からのメッセージが表示された。

 とりあえず一度スマホをテーブルの上に置いて、オムライスの残りを一気にかきこむ。


『大丈夫』


 スプーンの代わりにスマホを持って、そう打ち込む。

 すると数分もしないうちにすぐに返信が来た。


『さっきありがとうっていいそびれちゃったから。ごめんね』


 お礼なのか謝罪なのか。

 そう突っ込もうとしたが、帰り際の唯李の妙に控えめな態度がふと頭をよぎって、文言を変える。


『そっちこそ大丈夫?』

『何が?』

『元気なさそうだったから』


 テンポよくやり取りしていたが、そう送ったあとぷっつりと唯李の返信が途切れた。

 瑞奈がお弁当を食べ始めた横でテレビをつけてニュースを見ていると、しばらくしてスマホが振動した。


『あたしなんかさっき変なこと言っちゃったよね』

『別に変ではないと思うけど』 


 そこでまた間が空く。

 ちなみに悠己の返信は毎度早い。

 すぐ返さないと仕事ができる男になれないよ、とかなんとか瑞奈に言われて鍛えられているからだ。


『でもよかった。気遣わないでもいいって言ってくれて』

『やけに素直だね』


 またしてもそこで沈黙。

 瑞奈がお弁当を食べ終わり、もうこれで終わりかな? と思った頃に返信が来た。


『そう。素直でかよわい女の子なの。。。なんちゃって‼』


 ん? と思わず画面の文言を二度見すると、立て続けに唯李からのメッセージが届いた。

 

『ひっかかったな。これも全部ゲームでした! あれれ~? もしかしてかよわい唯李ちゃんに惚れちゃったかな?』


 一瞬意味がわからなかったが、どうやらさっきの帰りの妙にしおらしい態度も演技だった、ということらしい。

 とてもそんなふうに見えなかったが、本人がそう言うならそうなのだろう。

 それにしてもなんてひねくれてるんだと悠己は舌を巻く。


『なにそうだったのか。やられた』

『なにそのすごい棒読み感』


 すっかり騙されたなぁ、とテレビを見ながらポチポチやっていると、瑞奈がテーブルに手をついてスマホを覗き込んでくる。


「ゆきくんさっきからなにしてるのー?」

「ラインしてるだけ」

「誰と?」

「ヒミツ」

「ヒミツはいけません!」

「友達」


 友達という単語に拒否反応でもあるのか、瑞奈はそれ以上尋ねてこず、そのかわりに自分もスマホを持ってきて、


「ついでに瑞奈ともラインしよ!」


 そう言うやいなや、すぐにブブブとスマホがメッセージの到着を告げる。

 どこで習得したのか、瑞奈は両手を器用に使ってフリック入力をするのでめちゃくちゃ打つのが早い。


『最初はゆうきくん、り、からね!』

『何が』

『しりとりだよ』


 すぐ隣にいる人とやりとりするのも何か不思議な感じだ。というか電波の無駄遣い。

 さらにその裏で唯李からもメッセージが来てしまった。


『傘は明日返すね。それとなんかお礼、するから』


 お礼、と言われてふと頭をよぎったのは昼のお弁当だ。

 できれば瑞奈にも食べさせてあげたいなあ、なんて。

 だがまさかそんなことを言うのも厚かましいと思って、


『いいよそんなの』

『ん~? 別に遠慮しなくていいのに』


『じゃあ、もしよかったらお弁当』と打っている最中に、瑞奈がラインで『早く早く』とせかしてくる。

 仕方がないので先に瑞奈の相手をしてやる。


『りんご』

『ゴレンジャイ!』

『イカスミ』

『ミドレンジャイ!』

『イタリア』

『アカレンジャイ!』

『さっきから何それは』

『はいゆうきくんの負け~』


 まさに突っ込んだら負け。

 絶妙なパスを出してしまった自分も悪いが、もちろん意図してのことではない。


『次は古今東西、おでんの具! はいゆうきくんから!』


 しかもまた始まってしまって終わりそうにない。


『大根』

『がんもどし!』

「なんか嫌な間違えかただなぁ」


 苦言を呈するが瑞奈はスマホを睨んで待ち構えている。そのうちにも唯李のほうから、


『もしかして忙しかった? ごめんね長々と』


 だとか送られてきてしまうが、こんな状況は初めてなので少し混乱する。

 しかし早くしないと瑞奈がうるさいので、急いで入力して送信する。


『ちくわぶ』

『何が?』

『あ、なんでもない。気にしないで』


 うっかり送る相手を間違えた。




 それとほぼ同時刻。

 唯李は自室のベッドに寝転んでスマホを眺め、メッセージのやりとりを何度も見返して、にやにやにやにやとしていた。


「なぁににやにやしてるの? 気持ち悪いなぁ~」


 その声に唯李はホラー映画のヒロインのようにひっくり返って後ろ手を付き、腰を抜かす。

 あまりに夢中になっていて、いつの間にか室内に侵入してきていた姉の存在に気づかなかった。


「ち、ちょっとぉ! の、ノックぐらいしてよ!」

「それで、どうだったの? お弁当は」

「どうもこうも……。……あ、超うまいって」


 ふふん、と鼻高々に息巻く唯李。

 真希はちょっと期待が外れたかのように、少しつまらなそうな顔をすると、


「ふぅん、それから?」

「それからって……。そうそう、雨降ってるのに傘貸してくれた」

「なあにそれ? それって、頭弱い子なんじゃ……?」

「ふっ、わかってないなぁ」


 唯李はやれやれ、と首を振ってみせる。

 しかし真希も負けじと不敵に笑って、


「なんだか知らないけど、唯李ちゃんもうすっかりぞっこんなのね」

「ち、違う! そ、そういうんじゃなくて。……ちょっと面白いから、からかってやってるだけ」

「それってつまり、自分からは恥ずかしくてアプローチできないからひとまずそういう体にして、であわよくばそのうち向こうが本気で好きになってくれて告白されないかなーってこと?」

「ち、ち、ち、違うわそんなん! なっ、何を言うとりまんがな、勝手に変な想像しないでくれます⁉」

「……なんか変な口調になってるけど? しかしまたこれ面倒な……それでもし告白されたら、待ってましたとばかりにオッケーするんだ?」

「えっ? ……ま、まあ、そしたらそのときはちょっとぐらい考えてあげてもいいかなぁ~……なんて」

「一生やってなさい」


 べんべんべん、と真希が気やすく頭を叩いてくる。

 唯李はそれを手でぱっと振りほどくと、きっと上目に真希を見据えて、


「そんなふうに言われる筋合いないから。だってかわいいって言われたもん」

「それ私はちょろい女ですって言ってるようなもんじゃないの?」

「ライン交換しよっかぁ? って言ったら交換したい、って言われたし」

「自分から誘ってるよねそれ。いたって普通の流れだし」

「さらに下の名前で呼んであげたら、もうこっちは呼び捨てにされちゃったしね」

「下に見られてないそれ?」

「ていうか向こうのラインの返信スピードとか見てもこれはあれだね。もうすぐそこまで来てるね。やっぱりお弁当が効いてるよ、ボディブローのようにじわじわと」


 ふっ、と唯李は今度こそ勝ち誇った顔。

 すると真希は「そっか。よかったねぇ」と急ににっこり笑って優しい口調になった。


 なんだかバカにされているような気がしたので追い出そうかと思ったが、今現在少しばかり気がかりなことがあったので、それを尋ねてみる。


「ね、ねえお姉ちゃん。ちくわぶって……なんか意味あるの?」

「は?」

「なんかその、花言葉的な?」

「……なあにそれ。ちょっと言ってる意味がわかんないんだけど」


 思いっきり呆れ顔をされた。

「いいから早くお風呂入って」と言い残して、真希はため息混じりに部屋を出ていった。

 


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