第76話 邪魔者2
フードコートの席で飲み物を空にして、休憩終わり。
さて次はデビルが何を要求してくるのかと思っていると、唯李が急に「瑞奈ちゃん一人だとかわいそうだからもう行こうか」と言い出した。唯李もパーティの話を瑞奈から聞いていたらしい。
「サプライズってなんだろうね~?」
デパートを出て歩きながら話を振られたが、悠己も具体的には何も聞いてない。
段取りもグダグダっぽいので、おそらく一緒に準備させられるのだろうと覚悟しながら、自宅まで戻ってくる。
家にいるときもちゃんと閉めて、といつも言っているのに、扉は鍵がかかっていなかった。
玄関口にも普段履きしている瑞奈の靴が見当たらない。
まさか開けっ放しで出かけたのかと思ったが、代わりに見慣れないスニーカーが行儀よく置いてあって悠己はいよいよ首をかしげる。
不審に思いつつ、一足先にリビングへ入っていく。
西日の差し始めた部屋の中はやたらと静かだった。
足を踏み入れるやいなや、ダイニングテーブルの椅子に腰掛けた影に目が留まる。
人影は何も言わずにゆっくり立ち上がって、こちらを向き直った。
「あれっ、凛央ちゃん?」
すぐうしろで唯李の驚く声がする。
凛央はテーブルの上に目線を落として言った。
「瑞奈に呼ばれたの」
やけに平坦な口調だった。
テーブルの上には、器にあけられたお菓子や、きれいに開封されたお菓子の箱が見栄えよく広げられていた。脇に大きなペットボトルのジュースが二本、グラスが三つ並んでいる。
おそらく凛央が用意したのだろう、瑞奈にはできそうにない芸当だ。
「わ、ちゃんと用意してある、パーティっぽい!」
唯李が感心した声を上げる。
が、すぐに何か思い出したかのように首をかしげながら、悠己の顔を覗き込んできた。
「あれ? でも凛央ちゃん、瑞奈ちゃんとも知り合いだったんだ?」
「そうそう、勉強とか見てもらってて」
「へ、へ~……知らなかったなぁ。ていうか家に来たことあったんだ~?」
「そうだけど。ん? なんか不満?」
「いや別に?」
というわりに若干表情が硬いのは気のせいか。
悠己は再度部屋の中を見渡すと、なぜかぼうっと宙を見つめたままの凛央に尋ねる。
「それで瑞奈は?」
「……ちょっと買い忘れたものがあるからって、出かけたわ」
これだけあって何を忘れたというのかわからないが、どうせまた変なおふざけをするつもりだろう。
けれどこのおかしな状況の謎が解けたのもあって、悠己は軽く胸をなでおろす。
「ん~でもサプライズってなんなんだろうなぁ? どっちにしろ瑞奈ちゃん待ちかぁ……。なんか準備は完璧に終わってるっぽいし……どうしよっかな。じゃあちょっと肩慣らしでもするかぁ」
そう言いながら唯李はテレビがあるリビングの奥へ歩いていく。
手前のソファにカバンを下ろすと、中からゲームのコントローラーを取り出した。
「ここで会ったが百年目……今日こそリベンジ」
デートにゲームのコントローラーを持ってくる女。
最初からやる気満点だったらしい。確かにカバンの中身はあまり他人に見せないほうがいいだろう。
唯李は一人でブツブツ言いながら、勝手知ったる手際でテレビをつけてゲームを起動した。
どうする? という意味を込めて、悠己は凛央に目配せをする。
だが凛央はじっとテーブルの上を見つめて立ちつくすだけだった。いよいよ様子がおかしい。
もしやまたお腹でも痛いのかと顔色をうかがおうとすると、凛央は急に目線を上げてまっすぐ見つめてきた。
「……ちょっといい? ちょうどいい機会だから、話があるんだけど」
強めの語気でそう切り出す。
返事も待たずに、すぐにその先を続けた。
「成戸くんと、唯李の話が噛み合わないの。二人の話につじつまが合わなくて……いったいどういうことなのかなって」
「話って?」
「要するに私のこと、気に入らないんでしょ? 二人とも適当なことを言って私のことを煙に巻いて……そういうことなんでしょ? それなら邪魔だって、はっきり言ってくれていい」
有無を言わせぬ一方的な物言い。
突然のことに面食らいつつも、悠己は目をそらすことなく聞き返す。
「いや俺は全然そんなつもりないけど……急にどうしたの?」
「別にどうもしないわ。ただ、忘れてたことを思い出しただけ」
そう言い切った凛央の顔はいつにもまして、いやこれまで見たことがないほどに表情が失せていた。
淡々と、事務的に……感情の伴わない声で、言葉を紡いでいく。
「だから、もういいわ。お望み通り邪魔者は退散するから。これで余計な面倒事がなくなって、よかったわね」
「ええと、よくわからないけど……俺が何かしちゃったのならごめん」
「違う、そうじゃなくて。謝ればいいっていう問題じゃないのよ」
なだめようとするも、凛央はまったく取り合おうとしなかった。
まったく要領を得ないまま、一度お互い沈黙になる。
室内にはテレビが発するゲームの音と、唯李がコントローラーを激しく連打する音だけが響く。
唯李はよほどゲームに熱中しているのか、こちらに背を向けたままテレビに向き合っている。
かたや凛央も唯李を顧みるそぶりはなく、ただ悠己に向かって話を続ける。
「君も見たでしょ? 周りからバカにされて嫌われて……私はそういう人間だから」
「いや俺は……凛央のことそんなふうには思わないけど。一人で努力して、なんでもかんでもできるし、すごいと思う」
「……そうよ、私は強いから、一人でなんだってできるから、一人のほうが楽なの。君みたいに考えもなしにただフラフラしてる一人ぼっちとは違うの。もう、あそこにも来ないでくれる? 迷惑だから。私の見つけた場所だから。私一人の場所だから」
冷たい声だった。初めて会ったとき、いやそれよりもずっと。
唯李のことで弱気になっていた彼女とは、まるで別の人間のようだった。
もしや今度も、何か思い違いをしているのではないかと疑う。しかしその威圧的な態度は、余計な質問を発する隙すら与えてくれない。完全に対話を拒否する姿勢。
とっさに返す言葉が浮かばないでいると、凛央はキッチンのほうへ目をやって、
「じゃあ私、帰るわ。冷蔵庫に瑞奈が買ってきたケーキ入ってるから」
「ちょっと待って、一緒にパーティするんじゃ……」
「冗談言わないで。私なんかがいたら、パーティだってぶち壊しでしょ?」
凛央はそこで初めて薄く笑うと、明後日のほうを向いたまま吐き捨てるように言った。
「今日も二人で仲良くお出かけしてきたんでしょ? ならもう私のことはいいじゃない。お似合いよ、隣の席キラーと能天気な鈍感男」
凛央は唯李のいるリビング奥へ一瞥をくれたが、すぐに踵を返した。
「…………さよなら」
背中が小さくそうつぶやいたのが聞こえた。
立ち去ろうとする後ろ姿に手を伸ばしかけて、悠己は二の足を踏む。
私は強いから。一人で何だってできるから、一人のほうがいい。
そう彼女が拒絶するなら、自分に引き止める術はないと思った。言葉を持たなかった。
出会ってから、ものの数週間。彼女の何を知っているというのだろう。
今ここで下手なことを言えば、それこそ修復不能な関係になってしまうかもしれない。
本人の意思を捻じ曲げてまで、無理強いはできない。仮に何かの勘違いならば、一度時間を置いて、冷静になってから話をすればいい。
そう考えながらも、胸がざわついていた。
もし今、ここで彼女を行かせてしまったら、もしかしたら、もう二度と……。
「凛央ちゃん!」
そのとき、場の空気を切り裂くような鋭い声がした。
ややあって、凛央の歩みがぴたりと止まった。
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