隣の席になった美少女が惚れさせようとからかってくるがいつの間にか返り討ちにしていた

荒三水

 神席

「ほんとラッキーボーイだよ、お前は! しかも窓際の一番うしろとかマジ神席じゃん!」


 朝の登校時間。

 下駄箱で靴を履き替えていた成戸悠己(なりとゆうき)は、朝っぱらからクラスで唯一の話し相手である速見慶太郎(はやみけいたろう)に捕まった。


 今日もガッチリ髪を逆立てた慶太郎は、腕まくりしたシャツを第二ボタンまで開けて、さほど暑くもないのに扇子で首筋に風を送っている。


「窓際はやっぱりいいよね」

「窓はおまけだよ! なにしらばっくれてんだよ」


 ここ東成陽高校の第二学年を迎えて、はや二ヶ月。

 新しいクラスの雰囲気も落ち着いてきた頃に、教室で席替えが行われた。慶太郎が騒いでいるのはそのことだ。

 くじ引きで悠己が引き当てたのは、窓際一番うしろの席。

 そしてその隣の席は、クラス一……いや学内でも指折りの美少女だともっぱら噂だという鷹月唯李(たかつきゆい)。


「オレだけじゃなくてクラスの連中みんな言ってるからな? いったいどんな確率だよって。もう数年分の運使い切ったな」

「どうせなら宝くじでも当たってくれたらよかったのに」 

「なんでそういうこと言うかな? ていうかもっと喜べよ! マジで冷めてんなぁ」

 

 よくわからないところで勝手に運を使うような真似はしてほしくなかったというのが正直なところだ。

 いつも冷めてる冷めてると言われるけども、悠己にしてみたら慶太郎が熱いのだ。

 この前も「毎日暑苦しい日めくりカレンダーめくってそう」と言ったら「めくってたら悪いか?」と真顔で返された。


「そんな興味なさそうなすました顔して、実は昨日の夜からずっとあれこれ考えちゃってんじゃないの? あ~話しかけられたらどうしよう何しゃべろう~とかって。このムッツリが」


 慶太郎に言わせると、悠己は人よりリアクションが薄いらしい。そしていつも眠そうらしい。なんかぬぼ~っとしている、というのだ。

 それ以外は、別段取り立てることのない普通の平凡な男子高校生だ。少なくとも悠己本人はそう思っている。


「別に俺なんかに話しかけてこないでしょ」

「んなことはない。彼女は隣の席になった男子によく話しかけるという習性がある。お前みたいな影の薄いやつだろうがなんだろうが」

「習性って、そういう虫か何か?」

「今まで隣の席になった男子はもれなく告白して、そして残らず玉砕してるってウワサだ。てかこの話、前にもした気がするんだが」


 要するに話しかけてくるからといって、必ずしも好意があるというわけでもないらしい。

 単純に隣の席の男子に話しかけられずにいられない、そういう性質なんだと。


「まあ一部の間では『隣の席キラー』なんて異名もつけられてるからな。クラスの連中とお前が何日もつかって予想してたんだけど、せいぜい三日だろとか言われてたぜ。まあオレはお前のことを買ってるからさ、一週間にしといてやったよ」


 一方的にまくしたてられてバシバシと肩を叩かれながら、教室に到着する。

 慶太郎はあちこちあいさつ回りに行って煙たがられ、かたや悠己は誰ともあいさつを交わすことなく、自分の席に直行する。

 

 なぜそんな二人が親しげかと言うと、たまたまだ。

 体育で二人組を作りなさい、で慶太郎はうざがられて余って、悠己は忘れられて余った。そして合体。

 それが高校一年の去年の話で、二年生になった今年もたまたま同じクラスになった。


 何事も、たまたまなんだと思う。

 だから成戸悠己が、鷹月唯李の隣の席になったのもたまたまだ。


(あんまりうるさかったらやだなぁ)


 悠己は大きくあくびをしながら、ゆったりとした足取りで窓際の自分の席に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る