挿話 オドレイ(後編)

 気がつけば、直線を組み合わせた模様が続く見たこともない天井だった。

 体に力が入らない。けれど――。


「生きてる……」


 しばらくして、どうやらふかふかしたベッドの上に寝かされて、手当もされているらしいことがわかる。

 

「動かない方がいい」


 聞き覚えのある声がした。

 美しい抑揚の耳に心地よい声。

 横たわっている私の足元に立つ薄い灰色の布を纏った人影が、視界の端に見えた。

 

「肺に肋骨が二本も刺さっていて、他にも色々と。まあ動こうにも動けないでしょうが。生存者は君だけのようです」


 私の頭に向かってゆっくりと人影が近づいてくる。

 肩のあたりで足を止め、顔に近寄った影がかかる。

 薄暗くなった目の前を、さらりと淡い銀色の光が溢れてちらついた。

 

「色々な者をこれまで見ましたが、竜の虹彩を持つ人間ははじめてだ。よく生身で生きていられたというか」


 成長過程で、現れてきたのでしょうけど。

 長く伸びた銀色の髪を肩の後ろに払って、男は言った。

 男……だろうか?

 しみひとつない透き通るように色の白い肌、鼻筋の通った細面の青みがかった灰色の瞳が美しい人だった。

 長い睫毛が憂いを帯びたような影を落としている。

 恐ろしいほど綺麗で、けれど骨格や背格好や声の質から見てやはり男だった。


「同族の気配に呼び寄せられたものの、人の生身の中にいては見つからず混乱したのでしょうね、彼等も」


 彼の言葉はなに一つわからないけれど、彼については一つだけはっきりわかった。


「……魔術師」

「おや、私を知っている?」

「敵も味方も関係なく戦場一帯火の海に皆殺しにする」


 そう答えれば、あからさまに男は顔を顰めてため息を吐いて、私の顔を覗き込むのをやめて半歩程後ろに下がった。


「幻術で混乱させ、気絶させるか死なない程度痛めつけたくらいです。人殺しは不得意ですから」

「そう」

「落ち着いたものだ。陰惨な場に慣れている者の返事です」

「……眠い」

「眠りなさい。怪我もひどいが、疲労もひどい」


 静かな声に促されるように目を閉じる。

 こんこんと夢も見ず眠り続け、後に五日も眠り続けていたと教えられた。

 目が覚めたらなんとか身を起こすことは出来るようになっていた。

 ベッドから降りようと身じろぎし、胸を突いた違和感にごほっと息を吐き出すような咳をして、まだ無理かとそれ以上動くことは諦めて枕にもたれる。

 真昼らしい光が窓から差し込み室内は明るかった。

 ふと、離れた真正面に、椅子に腰掛けて机に向かってなにか熱心にやっている男の後ろ姿に気がついた。

 薄灰色のローブを纏っていて、艶のある布地に溶け込むような腰まで伸びた銀髪を緩く背の半ばで束ねている。

 

「目が覚めましたか?」


 背を向けたまま、なにかしているのを止めることもせずに尋ねてきた男に、はいと答える。

 眠る前に見た、綺麗な顔を思い出す。

 首領の話で、彼と同じくらいの中年に差し掛かった男と勝手に思っていたけれど、魔術師は考えていたよりずっと若い男のようだ。


「なら、食事を運ばせましょう」


 しばらくして、やけに平べったく見える左頬に鱗のような痣のある顔をした初老の男がトレイに薄いスープを乗せて持ってきた。

 その手を見て、驚く。

 指と指の間に小さな水かきのような膜がついていた。

 私の動揺に気がついたはずだろうに、初老の男は黙ったまま彼の仕事を続けた。

 時折送り込まれた貴族の家の使用人が、彼等の主人にそうしていたようにベッドの上でも食事が取れるようにして、私と魔術師に恭しく頭を下げると彼は部屋から出ていった。


「彼は魚の精霊の血を引いているんですよ」

「魚……」

「精霊というのは時にヒトに近しい姿をとって交わったりする。人間だけではない血筋を持つ者は案外多い」

「人間だけではない」

「ええ。まあ、交わっていたのはまだ人と人でないものの世界が曖昧だった、随分と昔のことなのですが。稀に先祖返りを起こして生まれる者もいる」


 カタンと椅子を引く音がして、魔術師がこちらに近づいてきた。

 やはり若い。

 二十歳前後の青年だった。

 

「彼や君のように。食べられますか?」


 頷いて、匙をとった。

 ほとんど具のないスープだったが染み渡るように美味しかった。


「フォート家の料理人は芸術家ですからね。慌てずにスープは逃げません」


 食事をとって、呼吸や手足の感覚や胴体に違和感はないかなど尋ねられた。

 大丈夫そうだと判断した彼に、再び横になるように言われた。

 私が落ち着いたのを見計らって、魔術師はベッドの側に椅子を運んで腰掛ける。


「いくつか質問を。疲れたり眠くなったら休んでいいですよ。時間はいくらでもあります。名前は? 自分の歳はわかりますか?」

「オドレイ、十三」


 答えれば、魔術師はため息を吐いた。


「生まれは?」

「共和国の西の方」

「親は?」

「父は領主の下女を監督していた人で、母は異国から連れてこられた下女です。五歳の時、目に光が浮かぶのが気味が悪いと捨てられました」

「結構。ずいぶんしっかりした人ですね、君は」

「人ではありません」

「ん?」

「なにかはわからないけれど……」

「成程」


 そう言って、黙った魔術師に私は尋ねた。


「私は捕まった?」

「共和国の傭兵団の中にいましたから、そうなりますね」

「殺される?」

「だったらあの場に放置しますよ。そのほうが楽です。処遇はおいおい決めます。先祖返りの者は厳しい境遇に陥る者が多いが、君の場合はそんな言葉では片付けられなさそうです」 

「尋問は?」

「今日は終わりです。まだ眠った方がいい」


 言われれば、急激にやってきた眠気に私は目を閉じた。

 次に目が覚めたのは翌日の昼だった。

 スープを飲んで、魔術師の質問に答え、眠る。

 その繰り返し。


 回復するにつれて目が覚める時間が朝に近づき、起きていられる時間が長くなり、食事の回数が増えて、周囲の様子がだんだんわかってきた。

 部屋の壁は書物で埋め尽くされていた。

 どうやら私は、魔術師の仕事部屋のような場所に寝かされているようだった。

 彼の尋問はとてもあっさりと簡単なもので、日によって傷の手当てだけで終わったり、なにもすることなく放置されたりしながら、私がここに連れてこられるまでのことを一つ一つ聞いていった。

 聞くだけで、とくになにかそれについて言うこともない。


 そうですか。

 成程。

 わかりました。

 結構。


 そんな言葉しか言わない。

 ただ、男達の相手をすると目の光を抑えられる気がしていたと話した時だけ。

 竜は色を好む性質もあるからわからないではないが、あまりいい方法ではない、と言った。

 

「竜の血でなく病気で死んでいてもおかしくない。無事でなによりです」

「病気? 人がたくさん死んだ村や町は見たけどかかったことはない」

「ふむ、竜の血が作用したか……興味深い。その竜の血筋について調べていて大体わかりました。“荒くれ男”という竜の血を飲んだ男の言い伝えに出てくる竜の系統です」


 ――ヒトが手を出すものじゃねぇ。

 

 首領の言葉が、頭の奥を過った。

 その、竜の血を飲んだ言い伝えの男の血筋。

 

「残念ながら、いまの世の森に生息している竜とは訳が違う。人語も解する古い竜の血筋です。しかも色濃く発現している。発作を完全になくすことは出来ないでしょうね」

「そう……ですか」


 あの苦しさからは逃れられない。

 諦めがひたひたと手足を全身を浸していくようだった。

 ここに運ばれて以来、発作は起きていないけれどそのうちまた来る。


「制御することは出来ますよ」

「え?」

「ただし、訓練と努力がいる。取り組む気はありますか?」


 魔術師に尋ねられ、どくんと胸が強く脈打った。

 制御することは出来る。

 それは。

 あの発作が起きるのとはどう違うのだろう。


「少なくとも鎖で縛られたり、長い時間苦しみにさいなまれることはない」

「でも、発作は起きる」

「ええ、ただそれなりに長い期間封じ込めることも。上手くすれば年に二、三度程度には。しばらくこのフォート家の使用人見習いとして仕事をしながら、訓練を受けてもらいます」

「訓練……」

「“人”に戻るための訓練です。フォート家に迎えるためには王国民となる手続きが必要となる。私が後見人となり、君が望むなら名前も変えられる」

「名前……」

「覚えておくには、あまりに厳しい日々だったのでは?」


 魔術師と目があった。

 まるで森の奥にある湖のような、静かで凪いだ瞳だった。

 私は首を振った。


首領おかしらは私を殺さなかった」


 殺すか?

 そう、何度か彼は言った。

 暴れ叫ぶ私を、問いかけるような眼差しで見下ろしながら。

 

「親ではなく、君を拾った騎士崩れの男でしたか……どうりで」

「え?」

「良い名前ですからね。フォート家の縁者として姓もつけますが。そうですね……私は竜の森の近くで君を拾いましたしジュブワとでも」

「ジュブワ?」

「森からといった意味です。森からきた“たつとき力”を持つお嬢さん。手続きが通れば教育も受けられます。しかし人間に戻るための生活は、君にとっては残酷で苦痛が多いことかもしれない」


 答えられずにただ頷いた。

 人に戻る訓練。


「人ではないなにかから、人に戻ることは容易いことではありません。君はなにを尋ねても泣きもせず怒りもせず、取り乱すどころか表情一つ変えないで答える。これは普通のことではありません」

「普通ではない」

「ええ、君は普通ではない。過去がこれまでとは違う濃さの影で君を苛むことになるかもしれない」

「……」


 私が黙れば、わからないでしょうねと魔術師は言った。

 

「一つだけ。君はただ生きてきただけです。そのことに負い目を感じる必要はない」

「……」


 わからないでしょうが覚えていてくださいと、魔術師は私の頭を軽く撫でた。

 私が他人の家で見た、親子の、親が子にするような仕草だった。

 魔術師は、淡々と静かで何を考えているのかよくわからない。

 けれど私に触れた手は暖かく、清潔で、乾いていて、悪意も欲望もなかった。


「まあそんなこともおいおいです。明日は身の回りを整えさせましょう」


 私はフォート家の使用人見習いとなり、暮らすことになった。

 洗濯や掃除や給仕、あの魚の精霊の血を引くという家令の事務の手伝いなどはできるようになったけれど、厨房仕事は迷惑にしかならなかった。

 人の肉を切り裂くことは得意だったけれど、ここでは刃物の持ち方が危ないと心配され取り上げられるばかりだった。

 皿洗いは多少マシといった評価だったが、十枚に一枚くらい割ってしまうため、最後には人には向き不向きがある厨房には入らなくていいと言われた。


 けれどやはり、一番得意な仕事は暗殺者であった頃の技がそのまま役立つ警護や狩りの類で、次第に魔術師が出かける際に一緒に行くことが増えた。

 彼が出かける先は、争いが起きているとか、竜や人を襲う獣が暴れているとか、大抵危険が伴った。

 王国王の要請で出向く場合と、フォート家の領地内で起きた事の始末で出向く場合とがあったけれど、共通して常に億劫そうだった。

 何故かと尋ねれば、面倒で疲れますからねと、彼は答えた。


「魔術なんてものは研究するのは楽しいですが、使うのはあまり楽しいものではないんですよ」

「そういったものですか」

「そうでないものを、そうであるようにする代償を伴う。なにか取引出来るものでもあれば別ですがそう都合よくいきません。自分で用意することになる。例えば人が魔力と呼ぶものなどがそれですが、結構消耗する」

「消耗?」

「大雑把に説明すれば、魔力は命を少しずつ変換し生み出すものに他なりません。私のように大掛かりな魔術を何度も使える魔術師は稀です。技能だけではない変換効率の問題で。だから王にも駆り出される」

「普通の魔術師は変換効率が悪くて死ぬ?」 

「まさか」


 君はすぐ生死どちらかで考える、職業病なんですかねぇ一種の。

 そう魔術師は肩をすくめ、変換効率を良くするため媒介となる道具を使い、他にも工夫はあるから余程でなければそんなことにはならないと説明してくれたが、なんとなく腑に落ちなかった。


「旦那様はなにも使わない」

「フォート家の魔術師は特別です」

「時々腑抜けになるのも特別だからですか?」

 

 はっきり言ってくれる、と魔術師は低く喉を鳴らした。

 

「君が普通のお嬢さんとして生きるにはよいことではないものの、護衛が兼ねられる従者というのは正直便利で有難い。もし君が望むなら正式にフォート家に雇います。私の従者として」

「私は女です」


 フォート家に来る前から貴族の屋敷には何度か入ったことがある。

 男性の主人につく従者は男がなることくらいは知っていた。

 そもそも、男性の主人に女の使用人はつかない。


「どうでもいいことです、私にとっては」


 フォート家に保護され、使用人見習いとして居ついてから気がつけば四年が過ぎていた。

 魔術師は、“人”にはなれても普通の女性として生きることは難しいと判断したのかもしれない。

 弄ばれる玩具か、殺す道具か。

 十三になるまで、それ以外の振る舞い方を教えられずに生きてきた。

 そしてそれ以外の振る舞い方では、きっと生きられなかった。

 異国の血の混じった容姿と、なによりも竜の血がそれを許さない。

  

 ――君はただ生きてきただけです。


 年月が過ぎるにつれ、魔術師の言葉の意味がわかるようになってきた。

 フォート家の者達がどれほど親切で、また私自身がどれほど世の常識を学んで身につけたとしても、感覚的に埋められないものがある。

 他人に対し、私はほとんど関心らしい関心を持てない。

 同僚の人々は信用できる。

 好感も持てるがそれだけだ。

 もし仮に。

 いまの主人である魔術師が殺せと命じれば、普段の親しみとは無関係に私は彼等を殺せる。

 感情とは別物で、どんなに大切にしていた家畜でも殺して食べるのと同じくらい、私にとってそれは当たり前のことだった。


「殺すのは禁じます。君は護衛の働きが出来るだけのただの従者ですから」


 十八歳になった年、正式にフォート家の従者として雇われることになった。

 この家に来る前の自分はひどく遠く思えて、それなのに時折どうしてこんな王国の大貴族の屋敷で静かに使用人として暮らしているのかと混乱することもある。

 例の発作は、年に数回起きれば多いほどにまで減っていた。

 人間離れした力を使いすぎると、竜の血の力につながるためか暴走発作が起きやすい。

 暗殺者であった頃は便利であった力を抑えて、なるべく頼らず過ごせるようになるための訓練にはかなりの時間を必要とした。

 そして従者になって数年後に、それまで気がつかなかった普通ではないことに気がついた。

 私の容姿は、二十歳を少しすぎたあたりから殆ど変化がない。


「竜の血筋の影響でしょう。彼等は概ね長命です」

「そう、ですか」

「まあ君自身は人間の体ですから、異常に長生きすることはないと思いますよ。老けるのがゆっくりといったくらいでしょう。大半の女性は羨みそうなものですがね」

「旦那様は困りませんか?」

「別に困りません」


 私の周囲のことなどは気にする必要はない。

 フォート家の者として堂々と仕えてくれていればいい。

 旦那様――魔術師が、普通とは異なるフォート家の使用人に言うことはそれだけだった。

 言い換えればそれが唯一のフォート家に仕える者の掟のようなもので、かつて私が仕事で出向いた貴族の家とフォート家は随分と違っていた。

 屋敷の壁にかけられた鏡や窓に映る自分の姿にふと気がついて、時折眺めるようになった。

 いま、どれくらい、“人”に戻れているのだろうと思いながら。

 窓に映る自分の顔を見ながら、頰の端に薄くついている傷になんとなく触れる。

 普段は自分の部屋にほぼ篭っている旦那様ではあったけれど、ごくたまに王や領主の勤めとは別に外に出かけて女性と会う。

 そんな女性に頬を張られて、綺麗に整えられた爪先が引っかかってついた傷であった。


『あら、あなたまだいたの?』

『はい、私は旦那様の従者ですので』


 私は従者兼護衛だから、旦那様の行く先についていくのが仕事だ。

 その日も逢引場所の入口に控えて待っていた。

 表に馬車が停まり、お会いしていた女性が建物の奥から姿を現したのにもうしばらくしたらお帰りになるなと考えていた。

 旦那様は女性を先に送り出し、彼女が馬車に乗って立ち去った後に出てくる。


『従者? 嘘仰い』

『いいえ。嘘ではありません』

『物珍しさで置いてもらってる玩具みたいなもののくせに、馬鹿にしないで頂戴っ』


 何故か敵意を感じる目で見られたけれど、敵意がある相手であっても殺すことは禁じられている。

 また危険を感じないうちは、都合が悪くても人を攻撃してはいけないとも言われていた。

 

『玩具のようなものでしたが、旦那様に拾われて十八の時に正式にフォート家の従者として雇われました』

『……っ!!』


 衝撃を追いかけるように熱を帯びた痛みが頬に広がったけれど、かつて下女として送り込まれていた家では、鬱憤ばらしに頬を打たれ、冷たい石の床に引き倒されることなどよくあることだったので、なんということもない。

 危険でもなかった。

 ぴりっと、小さく打たれたのとは種類の異なる微かな痛みを感じたそこに手を触れて、その手を見てみれば指先にぬるりとした赤い汚れがついていた。


『あ、あなたが悪いのよ……っ……』


 私の頰と、手についている少量の血を見て、急に青ざめて逃げるように女性は馬車に乗り込み去っていった。

 敵意を見せて攻撃したのに、相手が傷ついたら青ざめて立ち去るなんて変わった人だと思いながら指についた自分の血を舐めたら、背後から大きなため息の音が聞こえた。


『……今後あの手の女性の言葉は聞こえないふりをしてください、オドレイ』

『はい』

『実際、雑音も同じです。帰ったら、きちんと手当してもらいなさい』

『旦那様』

『ん?』

『やはり、まだ“人”に戻れてはいないのでしょうか?』


 乾いた大きな手が、私の頭に触れる。


『それは私や、ましてや彼女のような部外者が決めることではありません。それより、私のいないところでむやみに怪我などしないでください』


 そう言って、二、三日滞在していたこの街の宿には帰らず、旦那様は私を伴って魔術も使って屋敷に直接帰った。 

 いまはもう頰の傷はほとんどわからない細い線になっている。

 旦那様は自分や、彼女のような人が決めることではないと言っていたけれど、やはり人から見て玩具や道具に見えるのなら、私はいまも人ではないなにかなのではないだろうか。


「“人”に戻るための訓練……」


 なにをしても、なにをされてもなにも感じない人の形をしたなにか。

 いつか、そうではない日が来るのだろうか。


「オドレイ」


 呼ばれて、窓から視線を外せば廊下の数歩先に旦那様の姿があった。


「出かけます。馬車を」


 はいと答えて、旦那様に一礼して彼を通り過ぎ、外出の準備に向かう。

 少なくとも、いまの私はフォート家の“使用人”ではあった。


 そんなフォート家の“使用人”の私が、一人で働き過ぎだと、旦那様がいくら私の“竜の血”を抑えられるからといっていいように使われてはだめだと諭す人が、私の前に現れるのは、もう少し先のことだった――。

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