第68話 守護精霊の再来

 うっすらとわたしは目を開けた。

 木組みの天井、壁には草花模様のタペストリーが掛かっていて、部屋のドアを入ってすぐの壁際には暖炉。

 わたしの家。母様の部屋だ。

 そっか、昨日は母様と一緒に眠った。

 でも母様は隣にいない。


 かあさま……呟きながらまだ眠い目をこすっていたら、コトリと窓の近くで音がした。音がした方向へと寝台の上を転がる。

 淑やかな所作で、雨戸が閉まったままの窓辺にミルクの入った小さなお皿を置く白い手が見えた。


『あら起きたの、マリーベル』

『ぅん……なあに?』


 小さな子供のわたしが尋ね、ふわりと母様は綺麗な緑色の目を細める。

 新しい葉っぱみたいに、きらきらした明るい緑色の母様の目がわたしは大好きだった。すこしゆるやかに波打った栗色の綺麗な髪も。

 よく寝台の上によじ登って、端に腰掛けた母様の後ろに回り、小さな不器用な手で髪を編ませてもらった。編み目はゆるゆるで綺麗に揃っていなかったけど、母様はにこにこしながら上手ねってほめてくれた。


『これはね、お礼よ』

『おれい?』

『こうして置いておくとね。家付精霊がお家を守ってくれたり色々手伝ってくれたりするの』

『いえつき……せいれい……?』

『昨日はお外が大変だったけれど、お家の中は大丈夫だったでしょう?』


 わたしの側に腰を下ろして、わたしの頬を撫でながら、母様の言葉を繰り返したわたしににっこりと母様は微笑んで、わたしを腕に抱き上げた。

 

『さあ、今日は元気だから一緒にお外にいきましょうか』


 それはとてもうれしいことだったけれど、わたしは母様にぎゅっとしがみつく。

 一緒にお外に出られるのはうれしい。

 けれど、ちょっと怖かった。

 前の晩は風と雨が強くて、雨戸をがたがた揺らす音が怖くて母様と一緒に眠ったのだ。


『あら、どうしたの?』

『おそとこわい……』

『あらあら、大丈夫よ。もう、風や雨の音はしていないでしょう?』


 それにね、と母様はわたしの背中をとんとんと優しく叩きながらお話しを聞かせてくれる。

 

『夏を司るお女神様はね、とても勇ましい女神様なの。お仕えする乙女もとっても強くてね。だから夏のお日様の光は強くて熱いの。あなたの白い手も焼き立てパンみたいな色になってしまうくらい』


 パン……とわたしは日焼けした自分の小さな手の甲を見る。

 そしてちょっとだけお腹が空いてくる。

 

『パンを焼くと大きく膨らんでおいしくなるみたいに、みんなの畑の作物もお日様の光で大きくなっておいしくなるけど、あまり火が強いとパンも黒こげになってしまうでしょう。畑の作物もお日様の光が強すぎると……』

『こげちゃう?』

『こげないけど……萎れてしまうわね。だからお隣の季節、お友達の春と秋の女神様がね』


 お水と風で大慌てで冷ますの……女神様たちはね、少し慌てんぼうさんなのよ。

 そんなことを言いながら、母様は窓辺に近づいて窓と雨戸を開けた。

 眩しい朝の光が差し込んで、母様の白い顔とお部屋を明るく照らす。


『大丈夫でしょう?』

『うんっ』

『お着替えして、お父様におはようございますを言いに行きましょうか』

『うん』


 今度はうれしさだけで母様にしがみつくと、くすくすと母様は笑ってわたしの頭を撫でる。優しい手。


『朝ごはんを食べて、そのあとでお庭やみんなの畑を見に行きましょうね』

『うん!』


*****


 ――マリーベル。


「う……ん……」


 額に触れる優しい手。

 誰だろう……母様、にしてはちょっと大きいような……。


「マリーベル、こんなところでうたた寝しては風邪を引きますよ」

「……ルイ」


 ジャランッ……ポロン……と鳴った、澄んだ音にはっとした。

 いつの間にか、クラヴィサンの鍵盤に突っ伏すようにしてうたた寝していた。

 頭を撫でられて、ああルイの手だったのかと思った。

 まだ夢現ゆめうつつで少し寝ぼけている。


「……母様の夢を見たわ」

「おや」

「あまり見ませんけれど。五歳の時に亡くなったからか、母様のことはあまりよく覚えていなくて……」

「ユニ領のご実家へ行ったからでしょうかね?」

「そうかも。それに伝承の勉強もしていたせいかも」

「ん?」

「そういえば母様は女神様や精霊のお話しをよくしてくれたな……って、夢の中で思い出しました」


 身を起こして、うんっと少し痺れていた両腕を前に突き出すようにして伸ばせば、ルイが苦笑する。

 お行儀がよい動作とは言えない。

 もっともルイは、一通り型さえ身につけたらそんなに気を張らなくても大丈夫だと言うけれど、ヴェルレーヌはその型を身につけるが大変なんですと厳しい。


「あまりお行儀良くなり過ぎても詰まりませんから、ほどほどでいいですよ」

「もう、面白がって」


 わたしの隣に、わたしと逆向きに腰掛けて、顔だけ合わせたルイにぼやけばまた苦笑する。うたた寝で髪がはねてしまっていたのか、わたしの前髪を指で挟むように彼に直された。


「そんなことは。ムルトもほめていたのでしょう」

「ええ、まあ」

 

 先日、トゥルーズやモンフォールの件の報告でいらしたバラン地区統括官のムルト様に見違えたってほめられた。

 少しは公爵夫人らしく振る舞えるようになってきたかしら。


「立ち居振る舞いは、もう十分結構かと思いますよ」


 よしっ、とルイの言葉を聞いて心の中で拳を握っていたら、少し甘い雰囲気でルイが微笑んできた。つい気になって部屋を見渡せば、控えていたはずのリュシーやマルテがいない。

 

「庭に回ってもらいました。しかしこの季節は……草の勢いがひどいですね」

「整えているお庭だけでも広すぎですしね」


 ほとんど自然のままにしているけれど、花壇や綺麗に形作っている庭の部分は雑草伸び放題というわけにもいかない。

 毎日のようにエンゾとその指示で動いている通いの下働きの人たちは、草抜きで大忙しだ。


「こういうのって魔術でなんとか出来ないのですか?」

「出来ないことはないですが、さすがに自然の勢いを止め続けるなんて考えるだけで疲れそうなことはしたくないですね」

「ですよね……すみません」

「謝るようなことでは」

「トゥルーズで加護の術で目を回した時、ぐるぐるふわふわとずっと揺さぶられているようですごく気持ち悪かったもの……ああいったのかのと思うと」

「ふむ、そんな感じでしたか。私の場合は少々目眩がしてばたっと気分が悪くなる間もなく前後不覚に陥るだけですよ」


 それはそれで、怖い。やはり安易に魔術には頼るのはよくないとわかった。

 もともと頼る気もなかったけれど、冗談でも言うことではないわねと少しばかり反省する。


「まあ、精霊が自らやってくれたら楽ですけどね」

「精霊?」

「ええ。彼らが自主的にやるなら、こちらの魔力を代償にする必要ありませんから」

「ああ……それって、精霊博士」

「ええ。魔力を代償にした命令で精霊の力を具現化する、魔術師とは対極的な存在」


 なんとなくお伽話的に聞いたこともあり、ルイから聞いたヴァンサン王の話でも、彼から教わった魔術の基本知識の中でもちらりと出てきた。

 精霊ほか人外と交流でき取引を行える、ヴァンサン王の力にも通じる古の資質。

 絶滅寸前といわれるほど、いまや滅多に見られないものらしいけれど。


「いらっしゃるんですか? 実際」

「いますよ。戦力外にお年を召した方が」

「希少人材すぎて、王家直属になるんですよね」

「強制的に王家の管理下に置かれるに近いですね。数が多いから宮廷魔術師として軍部の一員となるものの、中級以上の魔術を操れる者も同じようなものですが」

「ああ、だからムルト様は……」

「ええ、末端王族の婚外子でも適性検査は免れない。王家に縛られたくないが、平民は万一の時なにかと心許ないですから資格だけは得たんでしょう。手に職の保険で」


 宮廷魔術師になれる実力者だって十分希少人材。

 魔術師にならないなんて普通は許されない。しかし王族の力関係を崩す可能性でも訴えて特例扱いなのでしょうと、ルイは肩をすくめた。


「おそらく、上級魔術もやってやれないことはないでしょうし」

「え?」

「この屋敷に何度も来たことがありますからね。私の代わりにモンフォール家に通信用の“箱”を設置してもらいました」


 “箱”の魔術具は中級魔術を操れる人なら作れるものではあるものの、設置する魔術は中級魔術課程半ばまで程度の実力では、ルイと同等には出来ないものらしい。


「以前から薄々思っていましたが、あれは実力を誤魔化してますね。魔術院に取られては困るので問い質すことはしませんが」

「それって嘘になるのでは?」

「講義聞いていなかったんでしょう。中級魔術以上は理論を深く理解しないと出来ないものが多い。知らなければ出来ませんし、特例が認められている以上関与することじゃない」


 それはありなの、と思ったけれど、ありなんだろう。

 ルイもそれはほとんど詐欺ではということが、たびたびある。

 本当に、神と精霊ってよくわからない。

 人にとって詐欺まがいでも、彼らにとっては偽りとされない場合もあるようだ。

 そういえば、わたしを攫ったあの精霊。

 蔓バラ姫もお茶会と称して、わたしを精霊の世界へ連れて行こうとしていたし。

 どう考えても人の感覚では騙しだけれど、あれも相手がどう解釈をしようが勝手の範疇なんだろう。

 

「……魔術師って、すごく油断ならない人種よね」


 ルイが夫である以上、王都で魔術の関係者を無視することは出来ないだろう。

 しかもルイに好意的でもなさそうなのは、魔術院について彼が話す口ぶりで察せられる……というか、絶対、折り合いが悪い。

 尊重される立場と好待遇がある一方で、厳しい規律を課せられているという宮廷魔術師。

 一方、ルイときたら彼等が束になっても敵わない魔術師でありながら、地位と名誉と財力で自由気儘に振る舞っているし、国王陛下の友人ですらある。

 それに、自ら積極的に貴族社会の中で孤立している。

 やっかみ半分も含めて、反感非難の対象にならないわけがない。

 

「なにかまたあれこれと考えていますね」

「それはもう」

「察しが良くて、率直なところは嫌いではありませんが……」

「王妃様からも似たようなお言葉をいただいたことが。そんなに率直かしら?」

「ええ、裏表のなさが大変良いですね」

「単純ってこと?」

「疑いを持つ必要がない相手というのは、私や王妃のような者にとってはとても貴重なのですよ」

 

 なんだか納得はいかないけれど。

 わたしだって疑いを持たれて付き合いたくはない。

 派閥は王宮使用人にだってある。

 そういったいざこざに極力巻き込まれたくないから、行儀見習いの頃も王妃様の侍女の頃もできる限り中立、どんな人とも穏便な関係でいるように心掛けていた。

 職務上、衝突は避けられない人もいたけれど、職務以外の部分で対立するようなことはしなかったはずだ。


「異例なことがいくつかあるにしては、目立った噂もない貴女なら大丈夫ですよ」

「誰にでもいい顔をすると言われていましたよ。平民の娘が有力者に取り入るのは上手いとも……それは仕方がありませんけれど」

「ふむ。あまり難しく考えず、私に愛されている妻として堂々としていればいい」

「それ、一番方々から困惑されると思います……」


 それは完全に公爵夫人の立場を得たことを嵩にきた、思い上がった平民あがりの娘、愚かな悪役夫人の図だ。

 わたしが見栄えする美女なら、それもありかもしれないけれど。

 容姿に関しては、我ながら中位というか平均的というか凡庸というか。

 見苦しくない程度の顔形と中途半端な肉付きの体。

 貧相まではいかないものの殿方を魅了する豊満はない、背も高くも低くもない。 

 我ながら悲しいくらい、健康という以外に取り立てて特徴はない。

 せいぜい王妃様やその取り巻きのご夫人方から身の処し方を教わりつつ、大人しく出過ぎた真似や無様なことはしないよう気を付けるしかない。


「貴女は、本当にご自分のことをわかっていないですね」


 左頬に彼の片手が包むように触れて、そしてふにふにと遊ぶように軽く頬の肉をつままれる。なんですか、と頭一つより少し高い位置にある彼を見上げて文句を言えば、軽く唇が重なってすぐに離れる。


「私を三日にあげず骨抜きにしているというのに」

「……それは単に、あなたが悪徳好色魔術師なだけでは?」 

「心外なこと言いますね」


 いやでも、そうとしか。

 それにあなたしか知らない、あなたよりずっと若い娘なことに、少々なにか嗜好を刺激されていますよね?

 口には出さなかったけれど読み取ったらしい。ますます心外だと彼はぼやいた。

 

「いくらでも好意を示していい、好きだと言っていい、手を伸ばし触れてもいい」

「え?」

「画期的なことです。ましてやそれを私の妻として、許してくれるだけでは終わらないのですから」


 ぎゅっと閉じ込めるように。

 いつの間にかその両腕に囲われていて、わたしの頬をつまんでいた手が頭の後ろを撫でている。夫婦として気持ちが通じてからというもの、時折、妙に猫かわいがりしてくるのに困惑する。

 

 いまを思えば、結婚してすぐも結構まだ外面の良さを発揮していた……わたしに口説くようなことや睦言は囁くけれど、若干芝居がかっていたと思う。

 それが崩れてきたのっていつかしらと考えて、リュシーに言いつけてわたしを部屋に閉じ込めて、とにかく養生させようとしてた頃あたりかもと思い至った。

 リュシーを説得して、彼の私室に初めてまともに立ち入った際、それまでみたいにただわたしを大事にしますって感じではなくなっていた。

 そう、蔓バラ姫にわたしが攫われて、彼がわたしに黙って仕込んでいてまだ不完全だった加護の術が暴走した時あたり――!


『あら、相変わらず“ヴァンサンの子”に色々とされているのねえ』


 ――ん?


『あなたが私に逢いたそうにしている気配がするわと思って近づいてみれば……なあに、“ヴァンサンの子”が頼みでもしたの?』


 いや、いやいやいや。

 これはきっと空耳、空耳に違いない。

 そんなちょっと思い浮かべただけで、その存在がやってくるはずがない。

 

『ちょっと、呼びつけておいて無視なの!?』


 わたしの方を向いて、わたしを抱きしめているルイの背後から、あきらかに聞こえてくる空耳ではなさそうな声に、わたしはゆっくりと彼の肩から顔を出すように身動ぎをした。

 本当は確認したくはない。

 確認したくはないけれど、このまま空耳として放置して怒らせていい相手でもない。


「マリーベル?」


 それにしてもわたしはともかく、魔術師である彼も無視を決め込んでいるのはやはり関わりたくないからだろうか。

 それはそうよね……精霊だもの。

 だけど。


「どうしました?」

「いや、どうしましたもこうしましたも……」


 さすがにここまであからさまに無視し続けるのは――。 


「いいのかなと」

「なにがです?」

「なにがって……それはもちろん」


 彼の肩下から頭を覗かせれば、すぐさま視界に飛び込んできた鮮やかな紅色のドレス。波打つ金髪の長い髪。そして……暁色を湛えた瞳のない目。


「もちろん?」


 わたしの動きに、まるで自分の背後になにかあるのですかとでもいった物言いで問いかけながら振り返って、ルイはすぐさまわたしを自分の身の後ろに隠すように、そこにいた存在からわたしを庇った。


「蔓バラ姫……いつからそこに!?」

「え、いつからって……」

「え?」


 まさか、いまのいままで気がついていなかったの?


『あ、その人だめよ。“ヴァンサンの子”の中でもとりわけ鈍感だもの、この私自ら会いに行って縁づいた姫さまのがよっぽど私の声が届くと思うわ』

「は? ひめ……さま……?」

『姫さまでしょう? 私たちにより近しく、名実ともに“ヴァンサン王の子の嫁”にもなったようだし』


 なに……名実ともにって。

 それあれですよね、わたしとルイがただ建前だけの夫婦じゃなくなってることへの冷やかしですよね。

 精霊って、そんな夫婦の微妙な関係性までわかっちゃうものなの?

 あ、でも守護精霊って言っていたし、普段、姿を見せずともそのへん漂っていたりもするの?

 そういえば、ルイは彼女を締め出していたはずだけれど、蔓バラ姫に消耗させられて侵入を許した後はそのままなのだろうか……彼の性格的にそれは少々意外だけれど。


『それにしても二重に契約を結ぶなんて意味がわからない。なあに、互いをそんな縛り合うほど仲睦まじいの? この間も血相変えて追ってきたものね』


 ああ、なるほど。

 天上の紡ぎ糸を代償に、命運の女神に表明したわたしとルイとの間の私的な契約か。私たちにより近しくっていうのは、そんな魔術的な意味をもった指輪を二人して嵌めていたりするからかしら。

 “ヴァンサン王の子の嫁”、つまりは精霊にとっては親しみ深い偉大なるヴァンサン王の息子の嫁……というわけで姫なのね、きっと。

 それは理解したとして。


「ルイが鈍感って?」

『言葉通りよ』

「言葉通り……?」


 ――マリーベル!


 それまで黙っていたルイが突然声を上げて、蔓バラ姫からわたしに向き直って、わたしの両の二の腕を強く掴んだのに驚いて、ひゃっと小さく悲鳴をあげれば、ああすみませんと彼は掴んだ手の力を緩めた。


「ルイ?」

「貴女、先程から……なにを喋っているのです? まるでそこにいる蔓バラ姫と会話を……」

「ええ。あっ、精霊と安易に言葉を交わすのは危険でしたっけ?」


 そんな大層な会話はしていないけれど、うっかりしていた。

 ルイがずっと黙っているのはそのためかと思ったけれど、彼がやけに困惑気にわたしを見下ろしているのに首を傾げる。


「どうしたの? もしかしてっ、なにかまずいこと言ってしまっていました?!」

「え? いえ……いや、それは……判断つきかねます。しかしやはりそう仰るということは……」

「ルイ?」


 ルイのただならぬ声音となにかが噛み合っていない様子に、流石のわたしもなにかがおかしいと気がついた。

 斜めにわたしに向き合う彼の体の影から見えた蔓バラ姫が、微笑むように瞳のない目を細めたのに不安になって、ルイを見上げる。


「あの……」

「マリーベル、貴女は……蔓バラ姫と言葉が交わせるのですか?」

「え? でもそれはルイも」


 ルイも同じでしょう?

 精霊の道で彼は彼女とやりとりしていた。


「貴女を助けに入った時のことを言っているのなら、あれはあの場所が精霊の側の場所だったからです。ですがいまは違います」

「……それってどういう」

『仕方がないわねえ』


 二人の言葉が重なって、えっとわたしが呟くと同時に、ルイがまた勢いよく背後を振り返った。


「蔓バラ姫……」

「当たり前じゃない」

「……当たり前?」


 ルイが訝しげに呟いたのを無視して、すっとわたしの側に近づいて彼がまだ二の腕を掴んだままでいるわたしの右腕に蔓バラ姫は両腕を回すように引っ張った。


「だって、私と姫さまの仲だもの。ねー姫さま?」

「ひめ、様……?」

「だから、ただの婚姻だけじゃない“ヴァンサンの子の嫁”! こちら側には連れて行けなかったけれど粉はかけているし」

「ああ、成程。たしかに過去二重に契約した妻はいませんね。それと要は懐いたわけですか……そういえば貴女のおかげでマリーベルは“かんぬき”を体得していましたね」


 そうルイは言って。

 はーっと、深く安堵したようなため息を吐くと、わたしに倒れ込むように寄り掛かってきた。


「一体、なにっ? なんですっ!?」


 一瞬、彼には蔓バラ姫の言葉が聞こえていないのかもと考えたけれど、やっぱり聞こえているしやりとりもできるのじゃない。

 本当にもう、なんなの。

 わたしは二人ほど魔術にも精霊にも詳しくないのだからと、片腕は蔓バラ姫に取られているため、彼を片腕に抱き留めながらどちらにともつかずわたしがそう声を上げれば。


「驚かさないでください……紛らわしい」


 ほんのわずかな間のことで、疲れ切ったような声でルイが呟いた。

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