第9話 夜の庭

 建物同様、お庭も手は入れていたと言っていた通り、荒れた感じには見えない。離宮の庭園の隣にある邸宅の敷地は、どこまでが庭園でどこからが邸宅の敷地なのか暗い中ではその境がよくわからない。

 陽光の下で見れば、手入れの行き届いている離宮の庭園との境ははっきりわかるだろうけれど。 

 影の塊となっている植え込みの側をいくつか通り過ぎながら邸宅の庭を歩く。

 王都の一等地に建つ邸宅なのに、庭もそこそこ広い。

 領地持ちの貴族にとっては、本邸の広大な庭園とはきっと比べようもなく小さい庭であるだろうけれど、例えば小さな子供や犬などが駆け回り探検ごっこでもするには十分な広さだった。

 濃紺色のローブを纏う魔術師の姿は、青く沈んだ夜の庭の闇に溶け込むようだった。細い月の光を紡いだような銀色の髪が青黒い闇に浮かんで見えるから、彼を見失うことはないけれど。

 夜の風景の中の姿は、あらためて彼が伝説めいた魔術師だと思わせる。


「昔々の言い伝えのお話で、竜の血を飲んだ荒くれ男の話があるでしょう?」

「はい?」

 

 唐突な魔術師の言葉に、彼の一歩後ろを歩いていたわたしは頓狂な声で返事をしてしまう。

 竜の血を飲んだ荒くれ男の話。

 たしか――。

 腕っ節の強い荒くれ男がその猛々しさを人々に知らしめようと竜に挑み、猛毒と言われるその血を飲んだ。

 荒くれ男は、七夜、毒の苦しみに耐えて生き延び、竜の力を手に入れる。

 方々でそれまで以上に暴れるようになった荒くれ男はとうとう捕らえられ、槍に串刺しにされて処刑された。

 そんな話だったかしら。


「オドレイはその荒くれ男の子孫です」

「えっ! でもあれってただのお話……」

「言い伝えには、その元となるものがそれなりにあるものですよ」


 魔術師の話に驚き、俄には信じられないわたしに、彼は振り返った。


「人間だけの血筋ではない者は案外多く存在します」

「人間だけの血筋ではない……」

「たしかこの先に庭小屋があったはずです、あまり外にいても冷えてしまいますからね」


 たしかに秋も深まりつつあって、夜は寒い。

 外出用の上着を羽織らないドレスだけでは少し肌寒く、ふるりと両腕を交差してわたしが身震いすれば、先を行く魔術師が一歩下がってそのたっぷりとした絹の袖でわたしを背中から包んだ。

 肩に回された彼の腕を撥ね除けようか迷っている内に、側に引き寄せられてしまう。少しばかり身構えたけれど、いつものように人を揶揄からかう気配もない。

 それに温かさは捨てがたく、ひとまず彼の話に耳を傾けることにした。

 オドレイさんのあの様子。

 とても辛そうで、普通ではなかった。


「フォート家の使用人は大半そのような者達です。血筋といっても遥か昔の先祖の話で、彼等自身は少々個性的な特徴を持つ程度。ただの人と大差ない」

「でも、彼女のあの目は……」

 

 ただの人と大差ないとは、とても言い難い。

 もう日はとっくに暮れているから、あの考えていることが筒抜けになってしまう魔術は効力を失っている。

 それでもわたしの考えを読み取ったように、魔術師は頷いた。

 それにしても。

 離宮のお隣りで、通りの角を占めて接する人家がないとはいえ静かだ。

 虫の声さえ聞こえない静けさがなんとなく不安を誘って、ふと父様は一人で大丈夫かしらと邸宅の建物を振り返った。

 いくつかの窓に明かりが灯っているのが見えて少しだけほっとする。

 玄関とはまた別の出入口から庭へ出たわたし達は、父様の客間からは死角になるはずだった。

 父様を客間へは魔術師が案内している。


「ジュリアン殿なら、流石に今日は疲れたからすぐお休みになるようなことを仰っていましたよ」

「そうですか」


 よく考えたら、王国西部の中でも北寄りとはいえ、ユニ領から今日王都に着いたばかりだものね。

 長旅の疲れもあるはず。


「オドレイの話に戻りますが」

「はい」

「彼女の場合は、古い血の影響が少々濃く出ている。所謂先祖返りといわれるものです」

「先祖返り」

「何代か隔て薄くなっているはずの受け継いだ血の力や特徴が、突如現れる。オドレイが受け継いだ竜の血の力は、人間の父母から生まれた人間であるはずの彼女を時折ああして食い破ろうとする。私はそれを抑える術を知っているためああして施す。彼女は隣国との争いの際の拾い物でしてね」


 拾い物……って。

 魔術師の言葉に眉をひそめたわたしに、そうとしか表現しようがないとなんでもない調子で彼は言った。


「私が従えている竜というのは彼女のことです。それにまつわる話は訂正する気も削がれるほどに尾ひれがついて、もはや元の出来事の片鱗すらも留めていませんがね。人の噂話とはいい加減なものです」


 オドレイさんの――。

 わたしを睨むような目。

 魔術師に対する追いすがるようなあの表情。

 恋を知らないわたしでもわかる。

 きっと彼女は……とはいえ、わたしのような今日あったばかりの他人が憶測で口を挟むことでもない。

 だから口を噤んだけれど、魔術師は察したようで、ええそうですよと言った。


「彼女は私が好きですが、しかし応えることは出来ない。身分や血筋など関係なく、私は彼女のあるじで彼女は従者である以外になんでもない。本人にもそう伝えています。言ったでしょう邪なものはないと」

「そんな……」

「彼女は私に仕えなければおそらく数年と保たない。私としても彼女のような強力な護衛は必要です。しいていえば共生関係ですね」


 きっぱりとした口調で説明した彼になにも言えなかった。

 言えるはずもない。

 わたしはオドレイさんことも、彼のことだってよく知らない。


「貴女のその柔軟な賢さは嫌いじゃないですよ、マリーベル」


 庭小屋は白い箱のような簡素な建物だった。

 庭仕事の休憩のための小屋なようだけれど、その設えは貴族向け。

 石造りの建物は、石で出来たテーブルと壁に沿って腰掛ける場所が作られ、奥には小さな暖炉が備わっており、瀟洒な装飾が所々彫り込まれている。

 彼は、わたしに暖炉の側に腰掛けるよう促した。

 そうして、室内の角に吹き込んで溜まったらしい枯草や、たぶん薪として積まれていたと思われる床に散らばっている木片を暖炉の中へ投げ入れると、その場に身を屈めて枯草へ手をかざす。

 ぼぅっ、と音がし、ぱちぱちと木片が音を立て赤く光る。

 種火とゆるゆると立ち上る煙が、暖炉の中に見えた。

 まるでさっき見た彼女の瞳のようだわと、あっという間に燃え上がっていく炎の色をわたしは眺める。

 庭小屋の中に、熱を持った空気がじわじわと広がっていく。


「やっぱりわたし、あなたの妻になれません」

「おやどうしました、突然」

「突然?」

 

 本当にそう思っているのだろうかこの人は。

 立ち上がってわたしが座る場所に来て、すぐ隣に腰掛けた魔術師にわたしは声を荒げそうになったのをぐっと抑えて、言葉も飲み込む。

 あんな邸宅を見せつけられて。

 おまけにあなたを慕って仕えているオドレイさんの存在も知って。

 どうして、わたしがそう思わないでいられると!?


「なにかご不満があるのなら、物言いたげに黙るのではなくはっきり仰ってくれる方が有難いのですがね」

「……っ」

「まあしかし……そうですね、フォート家が莫大な資産を持っているのは、別に私の責任ではありません。それに随分と同情的ですが、オドレイに対する遠慮はまったく無用のものです。第一、つい先程出会ったばかりで貴女にこれほど気遣われていることに少々嫉妬すら覚えます」


 わたしを見下ろしながら、拗ねたようにそんなことを言った魔術師に呆れる。

 ばちっと暖炉の中で火が爆ぜ、ぱちぱちと木片が燃える音だけが聞こえていた。

 庭小屋の中は温められ、もう肌寒さはなくなっている。


「嫉妬って……意味不明です。やはりお家柄にふさわしい方を選んでください」

「お家柄にふさわしいとは、例えば?」

「もっと素敵で身分の釣り合う、教養豊かな美しい貴族のご令嬢は他にいくらでもいらっしゃるでしょう!? お相手の方だってあなたとの縁談を喜んでお受けすると思います」

「貴女、全然喜んでお受けしてくれないではないですか」


 すかさず返してきた魔術師の言葉に、うっ、と一瞬言葉に詰まりかける。

 いいえ、いけない。

 毎回毎回この人の話術に丸めこまれてたまるものですかと気を取り直し、わたしは自分と貴族のご令嬢では全然違いますと彼に言った。

 ふむ、と頷いて。

 彼はなにか考えるように、彼の口元に長い指を当てた。


「この期に及んで、貴女まだそんなこと仰るのですね」

「当たり前です」


 今夜こそきちんとお断りするんだから、と。

 彼の顔ではなく、正面の壁を見詰めて答える。

 やれやれと魔術師が呟き、貴女の柔軟な賢さはどうも結婚に関しては働かないようだと肩をすくめる気配がした。


「これは、この際はっきり言葉にして聞かせるのがよさそうです」

「なにを……?」


 魔術師の言葉に不穏を覚えて、眉をひそめてわたしはちらりと目だけを動かし彼を仰ぎ見る。

 端正な横顔は落ち着き払っていて、いつもと変わらない穏やかな貴族然とした様子だったけれど。


「仮に貴女の仰るような貴族の娘を娶って、一体、私になんの益が?」

「は?」

「ですから貴女の仰る……身分? 贅沢とお喋り以外にする事もなさそうな甘ったれた貴族の娘など一夜限りのねやの戯れならともかく側において、一体、私にどんな益があるのですかと聞いています」

「どんな益って……そりゃフォート家の」


 家の力をますます高めることになるだろう。

 貴族の婚姻関係とはそういったものだ。

 それにわたしみたいな平民に毛が生えたような娘より、フォート家の奥方として堂々と振る舞える貴族の女性の方がオドレイさんも仕えていて気が楽だろう。

 わたしがフォート家に相応しいと納得できないから、彼女はその異議も込めて睨んだのではないかしら。


「わかっていませんねえ。前にも言ったはずです、私は大抵の貴族より身分は上だと。そもそも地位も名誉も財力も持て余す程持っています。相手の家のご威光など厄介なもの不要です。こちらも盛り立てる気もない」

「だからってっ……いくらなんでも身分の開きが大きすぎるって、わたしも前にも言いましたっ!」

「なんとかしましょうと答えたはずですが? おまけに言うに事欠いて教養などと……」

「へ?」

「はっ……森羅万象のことわりに通じ魔術を操る私を前に、そんなこと口に出来るご令嬢がこの世にいるというのならお目にかかってみたいものです」


 不遜だとか高慢だとかいった言葉は、いまの魔術師のためにある。

 肩に届く銀色の髪を煩そうに掻き上げて、冷笑する彼にわたしは絶句した。

 完全に、高貴なるお嬢様方を馬鹿にしきっている。

 たしかに。

 ただ気位が高いばかり、こちらも呆れ返るほど愚かで鼻持ちならない方も、いるにはいらっしゃいますよ。

 ですがそんなご令嬢は少数派。 

 貴族令嬢としてつんと澄ましていても根はお優しく、良き妻、良き母となるべく勉強や行儀作法やお稽古事に励むいじらしい方が大半です。

 とはいえ、王宮で魔術師に付き纏われて近くで彼の様子を見ていて、そういったことがこの人にはわたしに関心を向けるからではなく、本気でどうでもよさそうであることも薄々感じてもいた。


 実のところまだ結婚には至っていないから、と。

 彼の前に、“偶然”、美しく磨き上げたお姿で現れるご令嬢やご夫人を何人も見ている。

 皆様、そういった決まり事でもあるのかしらと思うほど同じように、「王宮にいらっしゃるとお聞きしたがまさかこんなところでお会いできるなんて」といった口上に始まり、完璧な理想の淑女たる振る舞いでもって彼と会話をなさろうとしては、冷淡にあしらわれて……わたしを睨んで去っていくの勘弁してほしいと思っていたのだ。

 もちろんその都度、しっかり、彼と結婚するつもりはないことは明言していますけれど。

 魔術師のとりつくしまのなさといったら、王妃様が仰っていた通り、本当に側で見ているこちらがひやひやする態度だった。

 性格悪いに違いないとは思っていたけれど、時に微笑みながら丁寧な言葉で彼女達の心を折っていく様は、わたしに見せる胡散臭くも甘ったるいだけの態度よりはるかに違和感がないものだった。


「……」


 そうね、あなたそういった方ですよね、わかっていました。

 王宮は伏魔殿。

 わたしだって王妃様の第一侍女として丸二年以上、王宮で接する様々な方の表裏を見極めようと日々注意を払ってきましたもの。


「貴女がお持ちの、植物を育てることに関する技能や知識の方が、まだ私を感嘆せしめます」

「お誉めいただき光栄ですけど、そういったこととは違います。それに貴族の結婚といったら……」

「ああ、念の為申し上げておきますが。後継など必要があれば、必要な資質を備えた者を養子に迎えれば済むことです。もはや滅びかけた一族の末裔として後世に血を残す気もありません」


 いや、それはだめでしょ。

 血筋を絶やさず家を存続することは、貴族としては大前提。

 そこを全否定するようなことを言われては、なにも言えなくなってしまう。


「しかし貴女が望むというのなら、試みるのはやぶさかではありませんが?」


 若干好色っ気を帯びた笑みをにやりと見せた魔術師に、その言葉の意味を悟ってわたしはぶんぶんと音が鳴りそうなほど強く首を横に振った。


 なに言ってるのこの人。

 だから貴族には貴族の血筋でしょう? 

 そういったものではないの!?


「どうも貴族に対して貴女は固定観念に縛られ過ぎです。少なくともフォート家はそれには当て嵌りません。もう観念してはいかがです? 丁度十日も過ぎたところですし」

「嫌です」

「……他人に漏らすことはない使用人の話まで包み隠さずお伝えし、誠意を尽くそうとする私の気持ちなど考えもしないで貴女は拒絶の言葉ばかりを口にする」

 

 先程までの高慢さはどこへやら、嘆くようにそう言って萎れた様子を見せた魔術師に驚き、その落差にわたしは瞬きする。


「あの……」

「これでも出来る限りあなたを尊重し、譲歩もしているつもりです。気に染まぬならきっぱりと断ってくださいと言ったはず。それなのに私を嫌いなわけではない、納得できないからなどと気を持たせるようなことを口にして私を弄んでいるのは貴女ですよ」

「そんなことは……」


 あれ、どうしてこんな話に? 

 魔術師が落ち込んで、わたしが彼を弄んでいることになっているの?


「たしかに私は人に褒められるような人格者ではありません。王や王妃が言うように偏屈な変人かもしれませんが、貴女に嘘を吐いたことはない」


 おまけに都合よく彼を照らすような月の光が東屋の窓から差してきて、なにか思い詰めたようにどこか遠くを見る、憂いを帯びた眼差しの麗しい横顔がまるで物語絵のようだった。

 その顔で、自分にこのような表情をさせているはわたしだと訴えるように、こちらをちらりと流し見るのは止めてほしい。 


「だって、その……でも……」

「私は魔術師です。偽りの言葉を発する怖しさを誰よりも知っている……」

 

 長いまつ毛を伏せ、静かに深く息を吐き出した魔術師のため息の音が、やけに耳に大きく聞こえる。

 虫の鳴く声すらも聞こえない静けさが、東屋に、庭全体に満ちていた。

 魔術師は黙ってしまい、わたしもなにも言えず、ただ気詰まりな雰囲気がわたし達の間に漂っているのをどうしたらいいかもわからずわたしは俯き、膝の上で組んだ自分の手を見つめる。


 ――マリーベル。


 しばらく沈黙が続き、不意にしっとりと深い響きを持つ声がわたしの名を囁いて、俯いていた顔を上げる。

 なんだか……まるでわたしの名前がなにかの魔術の元になる言葉のように聞こえて魔術師へ頭を傾ければ、頬に彼の掌が触れて、ほぼ反射的にぴくりと肩が震える。

 彼もまた斜めに体ごとわたしへ向けていて、その整った横顔を照らしていた月の光が逆光となって、わたしを間近に見下ろす姿が暗く翳る。


「結婚における審議は両家の事情だけでなく、当事者のもっと現実的な相性も含みます。それを理由にこうして触れてもなんの支障もないと、当然貴女はわかっていますよね?」


 青みの増した灰色の瞳でわたしの目を覗き込む魔術師に静かに尋ねられ、その意味と考えが頭の中で像を結んで顔が熱くなった。暖炉の熱じゃない。


「えっ……あの、ちょっと待って……っ」

「待つとは、なにを?」

「だって、そんなっ……!」

  

 相性って。 

 結婚し生活を共にするとなれば相性は大事だ、けれどこの場合は身分や教養や家の力といったことではなくて、むしろ婚姻後の目的の一つを考えるならば――でも待って急にそんなことっ、いくら契約に守られ不名誉にはならないとはいえ、いやだ――っ!


「っ……くくくっ、ふふふ……本当に、可愛らしいというかなんというかっ。ははははっははっ……ぐふんっ、ふふふ……」

「へ?」


 突然、吹き出したように笑みの声を発して、耐えられないといった様子で声を上げて笑い出した挙句、せて咳き込みまだなお笑いを燻らせ続けている魔術師に、緊張に縮こませていた身が脱力する。

 いつの間にか固く目を瞑ってしまっていたのを開けて、わたしは顔をしかめた。


「……あの」

「いえ、すみません。私とてそう拒絶され通しだと愉快ではありませんからね。ちょっと意地悪のつもりだったのですが……ふふっ、貴女があまりに新鮮かつ可憐な反応をするものですから……くくっ、満足しました」


 以前にも、笑いながらお茶にせていたけれど。

 どうも一度笑い出すとなかなか止まらない人らしい。

 

「――て、満足っ!? 人を揶揄からかって満足ってなんですかっ!」

「だから謝ったでしょう……ふふ、しかしその様子なら望みはありそうです」

「どうしてっ」

「本当に本気で嫌なら、そんな目を閉じて真っ赤になったりしませんよ」


 さっき部屋に怒って乗り込んできたのも、私とオドレイがただならぬ関係と誤解したからでしょう?


「大抵のものが望むまでもなく手に入る人生です。奮闘するのは面倒ながらなかなか楽しくもある」

「なんの話ですか」

「ん、そうですね」


 濃紺色の絹地が頬を撫で、ふわりとくゆるような香りを感じたと同時に。

 柔らかなものが額に触れ、軽い音を立てる。

 頭が真っ白になってしまい、言うべき言葉が浮かんでこない。


 いま、いまなにを……!


 立ち上がった魔術師を見上げ、まるで水面で餌をねだる鑑賞魚のように口をはくはくとして身を震わせているわたしは、彼の目にさぞ間抜けな様子に映ったに違いない。

  

「貴女は可愛らしいですねといった話です。おやすみ、マリーベル」


 にっこりとそれはそれは美しい微笑みを見せ。

 わたしを庭に置き去りにして、魔術師は邸宅へと戻っていった。

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