第29話 フォート家の祝福

「偉大なるヴァンサン王の力を模した、ヴァンサン王の子の血統と力は途切れない。子から子へと引き継がれる」

「はあ」

「ヴァンサン王のように精霊を直接見て話せなかった、“ヴァンサンの子”へのもどかしさであったのか、それとも魔術を生み出した“ヴァンサンの子”のような苦労をその子孫は避けられるようにと考えたのか……」


 とにかく、そのような祝福を受けたのだと魔術師は言った。

 第一子が男児なのはきっとそのためだろうとも。

 ヴァンサン王の子はヴァンサン王の息子だった。

 祝福を授けた蔓バラ姫にとって、王の子は王子だったから男児なのだろうと。


「なるほど」

「少子短命のフォート家」

「え?」

「短命の方は色々な要因が重なってでしょうが、少子の方は意図的でしょう」

「意図的?」

「考えてもみてください」


 ヴァンサン王の子の血とその力は途切れない。

 子から子へ血と力は引き継がれる。

 

「ヴァンサン王の子の力は彼が編み出した魔術。そう定義づけられているためか、歴代の魔術がそっくりそのまま引き継がれる」 

「生まれた時から……魔術師?」

「ええ。知識も理性すらまだ持ち合わせていない。本能と快か不快かそれだけの感情に突き動かされるような赤子が、教わるより先に魔術を使える状態で生まれてくる」


 もちろん手順も知識の意味もわからない赤子に、きちんとした魔術など使えませんけど。

 きちんとしていない分、こんな危険なことはない。

 医術が整っていなかった昔は、ただでさえ出産や産後で命を落とすことも多かったというのに、怪物と付き合っていかなければいけない。

 母親は身も心も休まらない、父親も同じく。


「怪物って」


 魔術師に寄りかかっていた身を離し、わたしを引き寄せていた腕も外せば彼はわたしにされるがままに従った。

 背筋を伸ばして隣に座る彼に体ごと斜めに向き合えば、本当に律儀な人ですね貴女はと魔術師は苦笑した。

 それが少し、疲れた笑みに見えたのはわたしの気のせいだろうか。


「火を出したり風を巻き起こす程度は可愛らしい。話すようになって意味もわからず魔物を呼び寄せる語を発したりと、もはや忌み子です」

「そんな……」

「絶えないのなら、そう多く作ることもないでしょう? 実際、受洗式を迎える歳に成長するまでは護られるようですからね」


 祝福があるなら絶えることはない。

 乳幼児の頃になにかで命を落とすこともない。

 つまり第一子だけで問題はない、そういうこと?


「フォート家は魔術の家系、魔術の歴史そのものと言えば聞こえもいいですが、実のところは生まれた子供が引き起こす災いをいかに防ぎ、封じるか。当初はその積み重ねです」


 父親はフォート家の当主として、子供と周囲を守るために魔術の研究をさらに行うしかない。

 そして研鑽された魔術はさらに次の世代に引き継がれる。


「代が進むにつれある程度押さえ込む術も確立されましたから、危険は少なくはなりましたけどね」

「そんな」


 最強の魔術師は、あながち嘘でもただそう呼ばれているだけでもなかった。

 フォート家の歴史は長い。

 その間に蓄積された魔術のすべてを、彼は背負っている。

 生まれた時から。

 彼が、まるで自分の家を疎んじているような物言いであったのも無理もない話だ。

 

「そして大変厄介なことに、この祝福はフォート家の当主である者に一人を選ばせる」

「一人を選ばせる?」

「ええ、これも代が進むにつれ絶対条件はわかりました。ですから慎重に避けていたのですが」

「条件……避けていた?」

「私とて成長すれば健全な男です。若い頃などはそれこそ持て余し気味な……ですから、かならず条件を外した相手に限定して……」

「えっと、ルイ?」

「はい」


 一体、なんの話?

 わたしの表情を見てとったのだろう。

 魔術師は肩を竦めて、貴女への一目惚れの話に戻るのですよと告げた。

 どうしてと訝しんだわたしに、まあとにかく聞いてくださいと彼は言った。

 

「絶対条件としては、まず未婚であること。精霊も重婚は認めないらしい」

「はあ」

「かつ他の相手もいないこと。子供に関わるからでしょうかねえ。ですので、私が一目惚れした時点で貴女に深い交際相手はいないことはわかっていました」

「はあっ?」

「なにせフォート家の男は自分の妻となりえる者しか好きにはなりません。それ以外の基準はまったく不明。むしろ一般の方より守備範囲は広い。まあ単純に好みに忠実たれといったことなのでしょうね」


 ――というわけで、貴女なわけですマリーベル。


 突然、魔術師に今度は両手をとられて、「ん?」と首を捻る。

 ちょっと話の流れがおかしくないですか?

 かなり深刻かつ重い話をしていたはずだったのでは?

 人の手を取って、なにをにこにこと。


「ご心配なく。子を避ける法は研究済みです。貴女に累がおよぶことはない」

「……子を……避ける……って!?」

 

 魔術師の言葉の意味に遅れて気がついて一気に顔が熱くなった。

 最中、色々と忍耐を強いられはするのですが……などと、呟いている魔術師にその話はいいですからっと、叫ぶように言って止める。


「マリーベル……恥じらう貴女は大変可愛らしいと思いますが、残念ながらそう暢気な話でもないのですよ」


 たしかに。

 由緒正しき大貴族では後継は重大事項。

 それにフォート家のような家なら、なおさら。


「私の妻である以上、貴女は当事者でもある」

「うっ……そ、そうでした……」

「無駄に格が高い家というのも考えものです」


 うんざりとした表情で魔術師がため息を吐く。

 由緒正しき大貴族の家を絶やすわけにはいかない、けれどそれよりもフォート家は魔術の家系。

 それも魔術の礎を築き、その歴史を作ってきた。

 王国は魔術大国。

 魔術があるから、大陸に横並びの三国はかろうじて均衡状態を保っていられる。その魔術を代々担ってきた、生きながら伝説じみている魔術師を輩出したフォート家が絶えるのは王国にとってきっとまずいことだ。

 何年経っても後継となる子供が出来ないとなれば、下手すれば王様も気遣う問題にもなり、わたしを下がらせ別の人をといった話も出てくるかもしれない。


「で、でもっ、それなら後継を作らない法を当主自ら編み出すなんて……」

「言ったでしょう。後世に血を残す気はないと。別に体面だけなら養子でもいい。あなたにとっては都合のいい話のはずです。子供がいるよりいないほうが離婚はしやすい」

「そう、ですけど」

「それに私だって、いつまでもいにしえの呪いのようなものに振り回されたくはないですよ」

「え?」

「愛する妻に累が及ばないようにしたいのは、なにも私だけではない。代々そのために研究し、数代前の当主はある仮説を立てた」


 祝福は後継にかかる。

 しかし祝福を打ち消せないまでも、それに準じた加護を後継を産み育てる妻が得る方法があるのなら。


「あるのなら?」

「いまほど重圧を妻にも、次代の子にも背負わせずに済むかもしれない」

「あの……」

「なんですか」

「その祝福って蔓バラ姫に頼んで無しにしてもらうことは出来ないの?」

「出来たらこんなに苦労してると思います?」

「……ですね」


 いまの蔓バラ姫と、ヴァンサン王の子の蔓バラ姫は同じであって同じではない。はるか昔の祝福を、いまの蔓バラ姫は関与できないそうな。

 でもって蔓バラ姫がフォート家の守護精霊であることも祝福を与えたことも事実であるため、それが有効な限り別の祝福も出来ない。

 解約できなければ変更できない条件が課せられた悪徳な契約同然で、理不尽すぎる。


「というわけで祝福を打ち消す加護を得られる方法を試行錯誤し模索してきた。複数の盟約相手はそのための魔力強化や不得手な属性を克服する為でもある」

「なんだか学者や職人みたい」

「近いものはありますね……余計なものを背負い込む結果となっていますが、試行錯誤がなければ方法も確立できませんしね」

「加護って、あの蔓バラ姫を退けたような?」

「あれは加護の術であり、身の危険になるようなことを防御するための魔術です。試行錯誤の過程の副産物みたいなものですね。流石に人間の私一人が編み出す魔術で古精霊が授けた祝福に干渉などは無理ですよ」


 本来、加護とは神や精霊といったものが授けるもの。

 精霊が授ける祝福と同じなのだと魔術師は言った。


「祝福というのは精霊にとってはそうでも、人間から見れば、幸運でもあり災いでもある。災いをもたらす呪いとみなし回避するための加護を受ける方法。儀式といってもいいですけど」


 これが大昔であればそれほど難しくはなかったのものの、いまにおいてはかなり無理に近いもので……と、魔術師はぼやいた。

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