第11話 フォート家の当主
「本当っ、困っちゃう。最近の娘さん達ったら、見込みがあるなと思った端から逃げ出すように故郷へ帰っちゃうんだもの……あぁっ、違うっ」
「え?」
「マリーベル様っ、そこ、もうちょっと左を押さえて!」
服飾職人ナタンさんの、若干野太い……注意の裏声が飛んで、慌ててはいっと指示通りにする。
彼は真剣な眼差しでピンを留め、いいわぁ素敵っと今度はため息のような呟きが聞こえた。
今日は、王妃様の冬衣装の仮縫いの日。
いまはお出かけの際に羽織る防寒用のコートのサイズ調整だった。
そしてわたしは、辞めてしまったお弟子さんの代わりのお手伝い。
なんでも突然、出身村の青年との縁談が決まったと辞めてしまったそうで……これでわたしが知る辞めたお弟子さんは六人目になる。
「まー、十中八九、辞めるための適当な言い訳でしょうけど。あの子、故郷の田舎にはうんざりだとかなんとか散々言っていたのにねえ」
ナタンさんは悪い人ではない。
第一侍女になったばかりの頃、王宮に仕える人達の中で最初にわたしに親切にしてくれた人でもあるけれど、とにかく口が悪いというか辛辣。
それに一流職人らしく仕事にとても厳しいため、相性はあるだろう。
「本当にしてもよ。行き遅れ寸前崖っぷちにもかかわらず、公爵相手に簡単に首を縦には振らないマリーベル様を見習えってのよ、ねぇ王妃殿下」
「行き遅れ寸前崖っぷち……」
お部屋の中心に立っている王妃様の右側に跪き、コートの生地を持ったまま、ナタンさんの言葉を繰り返して、やっぱり前言撤回、相性じゃなく完全にその口が災いと胸の内でひとりごちる。
まあそうですけど、そうなんですけど。
そんなにはっきり言わなくても。
「あらあら、マリーベルが困った顔をしているわよナタン。あなたは腕と美意識の高さは素晴らしいけれど、その辛辣さがなければねぇ」
「あたしから毒気がなくなっちゃおしまいですわ、王妃殿下。ルイ様ねぇ、あのすかした大貴族様。たまの火遊びくらいで……結婚より魔術研究でお家を潰すと思っていたけれど」
「そうねえ。たしかにルイは魔術の勉強や研究ばかりなところはあるわね」
わたしのことは置き去りにお喋りする二人のやりとりを聞きながら、結婚に興味がないままでいてほしかったですと、わたしは小声で呟く。
手元のふわふわとした白貂の縁取りも豪華なコートの生地へと目を落とした。
枯葉色の生地は滑らかな艶があり、ふわっと空気を織り込んだような軽やかな柔らかさでいて暖かい。
聞けば北東の山岳地帯に生息する毛長山羊の毛織物だとか。
顎の下からお腹にかけての一際細く柔かな毛の部分だけを使った、大変高価な生地だそうで手の脂がつくのが怖くて手袋をはめていた。
「それがいまやこの第一侍女様に夢中でしょう。ここ最近で一番面白い噂話の種ですよ」
「面白いって……」
他人事だからって面白がってと、ため息を吐く。
部屋の隅に控えている他の侍女達が、わたし達の会話に関心を向けている気配も感じてうんざりしてしまう。
それにしても。
失礼、と王妃様の衿元のドレープの角度を調整するナタンさんの手の正確さ、緩やかにうねる亜麻色の前髪の隙間から見える、空色の鋭い眼差し。
彼の手が作り出す、優雅で豪奢な着る人を引き立てる美しい服の数々。
この王妃様のコートも、立っても座っても美しく見える丈。
華奢なお身体への負担が少ない軽くそれでいて暖かい生地。
白貂の毛皮は風が入りそうな部分に縫い付けられていて、襟元にもあしらわれており王妃様のお顔の色も明るく見せる。
深みのある枯葉色は王妃様の黒髪によく映える色。
きっとこのコートを着たお姿は、色が消えたような冬枯れの庭や雪景色の中でそこだけ光り輝いているが如く。
鮮やかに人の目に映り、記憶にも残るに違いない。
ナタンさんは職人というより芸術家だ。
彼の顧客リストには、王族をはじめ、王宮に出入りする錚々たる貴族の紳士淑女の方々のお名前がずらりと並んでいるといった評判も頷ける。
「それで、実際のところどうなんですか? マリーベル様」
「どうもこうも」
「あら。あなた彼の邸宅にお父様と一緒に招かれているのでしょう? 少しは打ち解けたのかしらと思ったら相変わらず?」
「王妃様まで……」
「人の色恋話は楽しいですものねー。さっ、これでよろしいですわ、王妃殿下。お疲れ様でございました」
「針がついております。そのまま少々お待ちを」
ナタンさんと一緒にわたしは留めたピンを動かさないよう、王妃様からコートを慎重に脱がせる。
ドレス二着にコートが一着。
これで今日予定していた仮縫いはすべて終了。
ナタンさんはほっと息を吐いてこめかみをほぐしているけれど、王妃の侍女であるわたしはまだすることがある。
すぐさま部屋に控えている二人の侍女に合図して、お茶の用意を揃えたテーブルは彼女達に任せて手袋をはずす。
仮縫いを終えた衣装をもう一度検分して部屋の隅にある小机に移動し、伝票へ認めのサインを入れ、道具の片付けも一段落ついたナタンさんに声をかけて伝票を渡した。
何故か、上級女官がやるようなこともあれこれ任されているけれど、元々こういった衣装の管理やお買物など身の回りのことが、本来の仕事だったりする。
「ナタンさんもどうぞお茶の席へ」
「いいわ、恐れ多いもの」
「そう言わず、少し休憩がてらお話相手になって頂戴。私も素敵な冬支度のお礼をしたいわ」
「身に余る労いいたみいります、王妃殿下」
ナタンさんをお茶のテーブルへ促し、給仕役を交代して彼の分のお茶をカップに注いで差し出す。
ありがとうございます、とナタンさんが王妃様にお礼を言う。そんな彼に向けた微笑みを、何故か王妃様はわたしにも向けた。
「それでルイとはどうなの? マリーベル」
目を伏せてカップを口元に運びながら王妃様が尋ねてきた言葉に、思わずポットを取り落としそうになって慌てて底を支え直す。
「王妃様っ……ですから、話すことなんてなにもありません」
話を再びわたしと魔術師とのことへ戻されて、動揺につい愛想のない応対をすれば、お茶のカップを持ち上げたままくすくすと王妃様が笑う。
「笑い事ではありません。あの悪……いえ、魔術師様が勝手に外堀を埋めてきてあることないこと噂をされて本当に困っているんです。王妃様の仰る通り、根っから悪い人ではないとは思いますけれど、どうにもやり方が……」
「本当、あの人ちょっと手段を選ばないところがあるのは困りものね」
「驚いた。あの大貴族様、本気なんですか」
――ええ、本気も本気です。
不意に聞こえた声に、んんっと思わず眉根を寄せてしまった。
この胡散臭いまでにしっとりと耳触りのいい響きの声は……まさか。
「お休みの日の貴女も可愛らしいですが、やはり王妃の侍女である貴女は素敵ですね、マリーベル」
どうして勝手に王妃様の部屋に入ってくるの!?
衛兵は? 取次の侍従や他の侍女も誰も止めないで。
現れた魔術師は、入室をわたしが咎めるより早く間近までやってきた。
垂れ下がる銀色の髪がわたしの頰を擽り、長い指の大きな手がわたしの肩に触れて、そして額に彼の顔が――。
「んな……っ!?」
「あらまあ」
「ふうん」
ひ、ひたい! いま額になにをっ!?
とっさに言葉が出ず口を開いたまま彼を睨みつければ、おや先日許してくれたではないですかと、にっこりまったく邪気のない微笑みを魔術師はわたしに向ける。
「私達は至って順調ですよ王妃。彼女は仕事熱心な人ですから周囲を気遣ってなかなか婚約者として振舞わせてはくれませんけれどね」
「ルイ、あなた……」
長年の友人付き合いがある王妃様は流石にわかっているご様子だけれど、こんな……こんなことをされたら……ちらりと壁際に控える侍女達を見れば、両手を組んで夢見る乙女のような表情でこちらを見ている。
「あ、あなた達っ、なにをぼんやりしているのっ」
声をかければ、はいっと声を揃えて魔術師様のお茶の用意もですよねただちにと連れ立って部屋を出て行く。
廊下からきゃあきゃあ話す声が聞こえて……違うそうじゃない、それに二人揃って行く必要はないでしょうっ……と叫びたくなる。
「誤解された……絶対、誤解されてる……」
「誤解もなにも、私たちが婚約しているのは事実ではないですか。マリーベル」
しれっとテーブルの席の椅子を引いた魔術師に、きっと再び彼を睨みつける。
「なに、勝手に王妃様のお部屋に入ってきてお茶の席につこうとしているんですかっ」
「王の使いです」
咎めたわたしに涼しい顔で答え、彼は纏っているローブのたっぷりした袖の中から王の封蝋がされた文書を取り出して見せた。
「だ、だからって、当たり前のように寛いでいいお部屋じゃっ」
「私は王妃の友人ですが? いまのところ王妃はなにも仰っていませんし、それを知らない第一侍女の貴女ではないでしょう」
「くうぅっ」
どうやら昨晩をきっかけに、わたしを懐柔しようとただ甘く接する態度を変えることにもしたらしい。
彼がわたしに向ける、底意地が悪そうな笑み。
これ、この顔をあの侍女達に見せてやりたいっ。
すかした大貴族様なんて言っていただけに、ナタンさんも魔術師の本性を知っているのか、彼の隣で肩を震わせるように笑いを堪えている。
「それにしても……私のいないところで、私の噂話ですか?」
「別にそういったわけじゃ」
「ほ、本当っ……王の誕生祭でマリーベル様に食いついて求婚までしたのには驚かされたけれど! まさか本当にこのいけすかない大貴族様がねぇ。んふふ」
「なんですか、仕立屋。すかした大貴族で悪かったですね」
あれ、なんなのこの二人。
接点なさそうなのに、親しげな。
「……仲良いの?」
「まさか。ただ腕はいいですからね。口は最低最悪ですが」
「ルイは彼の工房の出資者よ。彼だけでなくフォート家は多くの工房や芸術家を支援しているの」
「王家ほどではないですよ。それに使い切れたものではない資産を代わりに使ってもらっているだけです」
「そうですか」
知らなかった。
まあでも大貴族様ですものね。
そうこうしているうちに、新しいお茶の用意をサーバーに乗せて侍女達が戻ってきて受け取り、わたしは彼女達に王妃様の寝室を整えるよう指示を出す。
魔術師が王様の使いと封書も預かってきていたから、軽く人払いした方がよさそうと判断してのことだった。
「さて、あたしもそろそろお暇しますわ王妃殿下」
「あら、もう?」
「お心遣いありがたいですが、生憎と冬衣装の注文に工房が大忙しで。申し訳ございません」
「それは困りましたねぇ」
王妃様にお詫びとお茶のお礼を言い、恭しい態度で席を立つナタンさんに、わたしがいれたお茶のカップを受け取りながら声をかけた魔術師に皆の視線が集まる。
「久しぶりに貴方に頼もうと思っていたのですが」
「あらなに? 服なら余ってる、年中ローブで事足りるなんて貴族らしからぬことを言って、めったに注文のないルイ様が珍しい」
「……本当に口の悪い。いくら私でも大聖堂まで手持ちで済ます気はありませんよ」
魔術師の言葉に、あらっとナタンさんの目の色が変わった。
何故かわたしを見て、そして魔術師を見下ろし、にんまりと口の端を釣り上げて魔術師の耳元へと顔を寄せる。
「ね、それってもしかして」
「ええ、費用は惜しみません。すべて任せます。あなたの腕を存分に振るってくださって結構ですよ。しかしお忙しいのなら……」
「冗談じゃないわっ、ルイ様! あたし以外に誰がいるっていうんです!? いらっしゃるお歴々がため息吐いて、後々まで人に語られる。お二人を最高に引き立てる衣装をこのナタンが作ってみせますっ!」
「は!?」
大聖堂……お二人を最高に引き立てる衣装って……まさか!
「大体、前々から思っていたんですよ。磨けば光る素質があるってのに、いくら王妃様の侍女だからって式典用ドレスも地味にまとめてもったいないって」
「そうでしょう。流石は仕立屋。貴方もそう思いますか」
「ええ、勿論ですとも」
「そうなのよね。若いのだからもっと華やかで可愛いらしくしたらと私も言っているのだけれど、ちっとも飾ろうとしなくて。年頃だというのに」
頰に手を当てて王妃様まで同調しだしたのに、魔術師とナタンさんがうんうんと頷く。
なに。
なんなの。
「あの……みなさま、一体、なんのお話を……」
「あらまあ、マリーベル」
「なんの話って、そりゃあこのすかした大貴族様と」
「貴女の婚礼衣装に決まっているでしょう、マリーベル」
三人同時にわたしに顔を向けた、順を追ったご説明、恐れ入ります。
じゃなくて、どうしてそうなるの――!?
「ま、まだっ結婚すると決まったわけではっ」
「まだそんなこと言っているのですか。これといって破談になるような理由も見当たらないのに。私は魔術師ですがドレスを作ることは出来ません」
「婚礼衣装は時間がかかるのよ、マリーベル」
「そうですよ、前もって準備なさらないと追いつきゃしません」
「あの……ですからね」
わたしこの人と結婚する気はなくてですね……そもそもそんな支度金は我が家には用意できなくてですね。
「ああ、費用のことなら心配いりませんよ。お父上殿とお会いして妙案が浮かびましたから」
「妙案?」
「ええ」
「なに?」
「まあじきにお伝えできます」
じきにお伝えとかじゃなく、ああっ、どうしてこうこの人はなんでもかんでも。
「勝手に決めないでっ」
「でも私が嫌いなわけではないのでしょう? それに破談になったならそれはそれで仕方ないというだけではないですか。幸い私は彼の工房の出資者です。仕立屋をはじめ職人たちが腕を振るって作った衣装なら工房の作品として扱って無駄にもなりません」
「そうよぉ、こんな仕事の機会、職人達から奪わないでくださいな」
ああ、だめだ。
費用は惜しまず存分に腕を振るっていいといった、魔術師の言葉に完全にナタンさん目が眩んでる。
もうわたしがどうとかではなく、最高の婚礼衣装を作るといったことに意識が向かっている。
本当にこの。
悪徳魔術師――っ!
「……では、王妃様の衣装は一ヶ月後ですね」
「ええ、またお届けに参ります」
王妃様と魔術師が話をするのを邪魔しないように、廊下に出て工房へ戻るナタンさんを見送る。
魔術師への納得のいかない気分を引きずりつつ、仮縫いした衣装の納品日をナタンさんに確認をしていたら、ふとなにか思いだしたようにナタンさんが口元に人差し指を押し当ててそういえばと呟いた。
「あのすかした大貴族様は大丈夫なのかしら?」
「なにがですか?」
「ん……んーまあ、お元気そうだしね」
なんでもないわと首を振ったナタンさんに、なにとわたしは訝しんだ。
お元気そうだしって、どういうこと?
尋ねれば、ただの噂でそう言われているだけだからと肩をすくめるナタンさんがますます気にかかり、わたしは食い下がった。
多くの貴族を顧客に持つナタンさんは、上流階級の様々な噂話や内情に精通している。
「ナタンさん?」
「本当にあくまでただの噂ですよ。ただ、フォート家って……」
「え……?」
廊下のわかれ道でナタンさんと分かれ、わたしは王妃様の部屋とは別の方向へと足を向ける。
向かった先は王宮の
壁際の、奥まった場所にある本棚の隅に並ぶ本の背に記された書名を確認しながら、その一冊に手を伸ばす。
様々な貴族の系譜を記録しまとめた家名録。
何十年か毎に編纂されている一番新しいもの。
フォート家のような大貴族なら必ず載っているはず。
「ええと……フォート家」
見当をつけて開いた本の
『フォート家って、少子短命で有名ですから。先代も先々代も四十位で亡くなっていて』
『え……?』
『子供も大抵一人なのよね。運良く男児で断絶してはないけれど。結婚なんてあのすかした大貴族様らしくないから、少しばかり心配しちゃいましたけど。どう見てもお元気そうだし、恋は盲目っていいますから』
『……盲目って人ではないと思いますけど』
『あら、そ? あれで結構情熱的だったりするんじゃない? 穏やかな気性って人でもないし。先代も先々代も争いの絶えない時代で、それより前ならなおのこと病気や怪我の治療も整っていない時代ですもの。偶々ですよ』
つまらない迷信めいたこと花嫁に言っちゃってと申し訳なさそうにしたナタンさんに、いえ花嫁じゃないですからと言って話はそれで終わったけれど。
「あった、フォート家……」
本当だ。
先代は四十二歳、先々代は三十九歳で亡くなっていて……。
「なに、これ……?」
遡って頁をめくりながら無意識に呟いたその時、背後でこつりと聞こえた小さな足音に反射的に本を閉じて跳ね上がるように振り返った。
「戻ってこないと思ったら、こんなところにいらっしゃったんですか?」
「魔術師……」
「王妃との話ならもう済みました。そのために外したんでしょう?」
濃紺の絹のローブを纏った体は、すらりと細く見えて意外としっかりしている。肩にかかる銀色の髪は艶やかで、男性にしては色白だけれど、顔色が悪いわけでもない。
肌はきめ細かく、女性の目で見ても羨ましいほど滑らかで荒れる気配もない。
微笑むような眼差し。青みがかった灰色の瞳にはどこか油断ならない光があるのもいつも通り。
「どうしたんです? 人の顔をじっと見詰めて」
「あ、えっと……ちょっと驚いて。どうしてここに?」
「天文学の資料を借りに。貴女こそなにを真剣な面持ちで読んでいたのですか?」
手を伸ばしてきた魔術師に、な、なんでもととっさに本を後ろに回し、ちらりと本棚へ視線を送った魔術師に、ちょっとお礼状を書く相手の家のお名前を忘れてしまってともっともらしいことを言って慌てて本を棚に戻した。
「それはまた、貴女らしくもないですね」
「わたしだって、そうなんでもかんでも覚えているわけじゃ」
「覚えているでしょう? それこそ出入りの職人や商人の名前まで」
「え?」
「誕生祭の日、貴女、ナタンと廊下の隅で話していた。王や王妃の衣装を作った彼を賞賛していたでしょう」
突然、誕生祭の話をはじめた魔術師に呆気にとられて、はあと虚ろな返事をする。
たしかに彼の言う通り。
誕生祭のお二人のお姿があまりに素敵でご立派で、その日のための用意を調えたナタンさんのその素晴らしい仕事にやっぱり彼は芸術家だわと感激していた。
「立派な王の姿を讃える人はいても、それを支える職人をあの場で讃える令嬢などいません」
「え」
「気になりましてね、貴女と離れたナタンに尋ねたのですよ。王妃の第一侍女と知って驚きました。前任者は四十半ばの既婚女性でしたからね、風邪をこじらせ療養のため引退したと聞きました」
「ええ、わたしはお会いしていないのですけど。丁度、引退された後に次の方が決まらない中で抜擢されたので」
「お若いのに貴女、あの場で立派に務めていた。なによりナタンが誉めていました。長年王宮に出入りしているが、自分をはじめ出入りの商人達の仕事にまで敬意を払い、気を配る王家の使用人などはじめてだと。あの口の悪い仕立屋が」
「そんな大げさなことでは」
まさかあのナタンさんがそんなこと。
そんな誉め言葉を聞いたらなんだか頰が熱くなる。
わたしは両手で自分の頰を挟んで少し俯く。
「貴女で間違いない、と……思いました」
「え?」
意味の掴めない魔術師の言葉に顔を上げれば、彼と目があった。
いつもの、どこか嘘くさい微笑みではなく。
人を引き込むような、柔らかい眼差し。
「王妃の第一侍女。若いながらも堂々と務める姿に惹かれたのです、マリーベル」
ふっ、と。
ため息のような笑みを漏らして、魔術師が先に目をそらす。
王妃が待っていますと促され、わたしもああそうだ戻らなきゃと魔術師の側を通り過ぎる。
図書室の扉に手をかけて少しだけ振り返れば、天文学の資料を借りにきたというのは嘘ではなかったようで、魔術師は本棚から取り出した本を開いて眺めていた。
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