挿話 王宮の春の庭で

『雪解けの清き水の流れに、春の芽吹きと咲き誇る花の喜びに溢れる王宮の庭園を思います。

 王妃様、ここ東部のフォート家のお屋敷もすっかり柔らかな緑に彩られる季節となりました。

 一昨日は春の祝いを執り行う日で、きっと大聖堂でも司祭様の祈りによる厳かな祝福の光が冬から春の女神様の手に移された人々に降り注いだことでしょう。


 フォート家にある小さな祠でも、春の祝いが行われました。

 お屋敷と、竜の棲む森にある集落の冬生まれの者たちが、フォート家の祠のある庭に集まって、魔術師であるルイが司祭様の代わりに神と精霊に祈りの言葉を捧げるのです。

 彼自身も冬生まれの人ですから、なんだかご自分のお祝いをご自分でするようで妙な感じです。

 儀式では、まるで春の女神の癒しを湛えたような水色の空から、冬の綿雪のような淡い銀色の光が降り落ちてそれはそれは綺麗でした。


 王妃様はルイとは長い付き合いと聞いておりますが、ご覧になられたことがあるのでしょうか。もしないのであればお見せしたいほど素敵な光景でした。

 あまりに綺麗でわたくしは呆けてしまったのですが、他の皆は毎年のことで、さっさと儀式の場から離れて、祝いの宴のご馳走だとか、この機会に意中の人と将来の約束の交わすことだとかに関心が向いていて、祠の祭壇に立っていたルイに一人ぼんやり立っているのを笑われてしまいました。


 ひどいと思いませんか、わたくしだって二十を迎えた祝いで、それがこんなに素敵なものになるなんてって少し感動していたのですよ。それなのに、「まあ毎年四度もやっていることですから珍しくもないでしょう」だなんて。そりゃそうかもしれませんけれど。

 けれど、「毎年四度、当たり前につつがないのは結構なことです」と用意した宴の場を遠目に眺めながらの彼の言葉には納得しました。たしかにそうかもしれません。

 

 王妃様は、ルイのことを、“少し気難しいところはあるけれど、恐ろしいようなお話の人物とは思えないくらい、とても見目麗しくて誠実でお優しい方”だと仰いました。

 領主や公爵家の当主としての彼はその通りに思えます。

 夫としては、恐れながら少しばかり異議を唱えたいところもありますけれど。

 

 その日は、わたくしの侍女の成人式でもあり、わたくしがトゥルーズで新しく迎え入れることに決めた侍女と相談して用意した贈り物もよろこんでもらえました。

 翌日は、わたくしにもトゥール家の養父様と養母様からお祝いの品が届きました。

 とても繊細で美しいリンシャールのレースの日傘で、宝石同等それ以上に素敵です。

 養父様と養母様にはお手紙でも感謝とその旨お伝えしておりますが、王都であらためてお礼申し上げたく存じます。

 

 ルイとの結婚で、もしかすると一番よかったことは養父様や養母様をはじめ、フォート家に仕える人達と会えたことかもしれません。

 王妃様もご承知の通り、わたしは母を早くに亡くして兄弟姉妹はおりませんし、父の他には母方の祖母しか存命しておりません。

 遠戚のモンフォール家との経緯はきっとお耳に届いている頃でしょう。

 そのような理由で、王宮で王妃様や皆様と過ごすようになる前は少しばかり淋しく思える時もあったのです。

 正直、王都を離れる時も一番心細く思えたのは王妃様や皆様と離れることでした。

 けれど、いまは楽しく過ごしています。どうぞご心配なさらなでください。

 わたしのためにお取り計らいくださった王様のご配慮にも、深く感謝しております。


 燃え盛る陽の輝きに穀物の穂が健やかに伸びる頃、王宮でのご挨拶の場でお目にかかれることとても楽しみにしております。

 

 敬愛なる王妃 エレオノール・ド・トゥール様へ  

 ――マリーべル・ド・トゥール・ユニ』


*****


「随分と楽しそうだな」


 あらあら、ふふふといつになく上機嫌な様子で、王族専用の中庭に用意させた茶の席に座り、届いたばかりらしい書簡を開いている妻に背後から近づいて声をかければ、あらと彼女は立ち上がって淑やかな所作で軽く身を屈めた。

 妻より一足先に同様の動きを見せた、周囲に控えていた侍女や護衛、侍従の者達も含めて楽にせよと手を軽く掲げる。

 私はこのエクサ王国の現国王であるから、夫婦であり、幾分私的な場所であっても王宮にいて少しでも人の目につく場所では、妻も周囲もこのようなものだ。

 正直、面倒極まりないが仕方がない。

 もう随分遠い昔であるが、気楽だった王太子時代が懐かしいと思いながら妻を待たせた茶の席に着く。


「すまん、誘っておいて遅れた」

「ご公務だったのですから。あなたが遅れたおかげでマリーベルからの手紙が読めました」


 私が妻、王妃エレオノールの言葉にあの侍女かと、半年程前まで王宮に勤めていた少女を思い浮かべる。

 なにかと異例がつきまとう少女であった。


 まずあの堅物の法務大臣が、行儀見習いの審査対象に押し込んだことからして珍しい。しかも西部の平民階級の娘であったのだから、人選の段階で侍従長や女官長を大いに困惑させた。

 王宮の行儀見習いといえば、王都で王宮に人脈を持つ伯爵家以上の娘か、地方であれば大領地を治める貴族家の娘で概ね占められる。

 それが領主の娘といっても爵位もない小領地の娘。

 しかし彼女を推薦する紹介状を書いた者は、彼女を押し込んだ法務大臣、王都の名門伯爵家にして私の父方の又従妹を娶っているグレゴリー・ド・サンシモン。

 さらに、西部系貴族の親玉といえる大領地モンフォール伯爵家の当主。

 他の貴族の娘が霞んでしまうような大物推薦者二名とあっては、通さないわけにはいくまい。

 それだけも異例だが、それだけでは終わらなかった。

 この目の前にいる我が妃エレオノールが、彼女をいたく気に入って丁度空席だった第一侍女に抜擢した。

 なんでも王宮の者達の間で、“芋虫事件”と呼ばれている出来事をきっかけに。


 エレオノールは、南部系貴族を束ねるトゥール家の三女。

 王宮勢力において、南部系貴族と西部系貴族は反目する間柄だった。

 “王国の穀物庫”と称される穀倉地帯を有する西部は、その穀物供給を巡って、時折、王家に西部系貴族重用の圧力をかけてくる。

 西部は連合王国とも接していて、あちらの貴族とも血縁を関係を持つ家も多く、あまり蔑ろにもできない厄介な地域でもある。

 西部に次ぐ穀物の産地を持ち、王家に忠実な南部にとっては面白くない相手だ。

 そもそもエレオノールが複数いた王太子妃候補の筆頭となったのも、表向きは王宮勢力の均衡を保つためである。

 私としては、幼馴染みであるこのおっとりとしていながら、なかなか気の強いトゥール家の三女を娶るのに大変都合がよかった情勢を利用させてもらったが、これは同時にエレオノールを王妃といった立場で王宮派閥の勢力争いに巻き込むことも意味していた。


 それを理解していて、よく承知してくれたものだ。

 おかげで婚約時は大層自惚れて、彼女の辛辣な言葉にぴしゃりとやられたものである。

 

「以前も尋ねたが、よく西部のモンフォールの息のかかった娘を側に置く気になったな」


 侍従が用意した茶のカップを傾けながらエレオノールにそう言えば、あらだってと彼女は聡明な光を浮かべる黒い双眸を細めてにこりと微笑んだ。

 黒く艶のある豊かな髪を結い上げた四十も過ぎる成熟した女性であるのに、少女のような微笑みを見せる。

 それが常に優しい笑みとは限らないのではあるが。


「私をはじめ、東西南北わけへだてなく揃えた取り巻きのご夫人方を一喝したのですよ。ふふふ、私、王宮であれほど愉快な出来事ってありません」

「そうか」

「あの頃は、一席空いた大臣職に夫をつかせようと私に取り入ろうとするご夫人方も相次いで、十を迎えたばかりの王女の縁談を仄めかす者も出てくるし、あなたにお若い愛人の噂は流れるし、王太后様は私が王子を二人しか産んでいないからそのような噂が立つのですよなんて意地の悪いことを……」

「……そう、だったな」


 おっとりした口調でにこにこしながら、耳の痛い話をつらつらと淀みなく並べ立ててくるエレオノールに、わかったすまん、すまなかったっとカップを置いた。

 あの頃、なにかとすれ違いが多く私達の間には冷たい空気が流れていた。

 王と王妃が不仲などと悟られるのはあってはならないことだ。

 数日に一度の夫婦の義務も果たしていたが、まさしく義務となりかけていたそんな頃。

 

「とにかく、流石の私もあの時はみ疲れて、始終気も休まらず、あの子のような嘘のない率直な者を側に置きたかったのです」

「たしかに、率直ではある」


 人払いした王妃の寝室から、王を叩き出そうとした侍女など前代未聞だ。

 エレオノールがマリーベルを第一侍女に抜擢したその十日後の夜。


 私は、王妃との間に仁王立ちで立ち塞がる小娘を前にして、事実無根の愛人の噂が立つことになった経緯や、公務のいざこざが立て込んでいて構ってやれなかったことへの釈明やら説明やら、母上に王妃の立場を悪くするようなことを言わないよう釘を刺す約束などをする羽目になったのだ。

 凍えて砕け散りそうであった夫婦仲を元に戻してくれたことは有り難いが、あの時ほど普段は思わない「私は王だぞ」といった言葉を胸の内で繰り返したことはない。


「あの偏屈者が気に入った時には、大丈夫かと思ったものだ」


 あの娘が起こしたことはいくつもある。

 行儀見習いの令嬢や女官達に対して奔放と軽薄が過ぎた内務大臣の息子を諌め、実質国外追放したり、下級使用人の管理について改善を行ったり、文官の連携を効率化したりと、なにかと面白いことをやってくれる侍女だった。


 ここまで目立つことをすれば王宮中の話題になりそうなものだが、あの偏屈者に気に入られたことを除けば彼女の名が王宮の話題に表立って上ったことは一つもない。

 本人は己の職務上の困難や問題を一つ一つ解決しただけ。

 その影響が徐々に周囲へ波及するため、彼女の功績だと結びつかないのだ。


 彼女と関わった当事者だけが、結果的に助けられたり、仕事の成果で褒美を得たり、出世したりといったことで、感謝の念を抱くのみ。

 彼女自身、自覚もしていない事柄も多かった。


 最も恩恵を受けたのは、おそらくは王宮における彼女の後見人であった法務大臣のグレゴリーだろう。

 政敵の内務大臣に息子のことで失点をつけ、その被害にあったりあいかけたりした令嬢達の家々を一気に味方につけた。

 いまや私の側近として、彼の地位と発言力は揺るぎないものとなっている。


「ルイねえ。あの時は驚いたわね……あなたの誕生祭のあんな場でいきなり求婚するのですもの」


 極めつけはあの偏屈者、“竜を従える最強の魔術師”こと東部大領地を治めるロタール公である我が友、ルイ・メナージュ・ヴァンサン・ラ・フォートを射止めたことだ。


 あまりほめられない刹那的な恋愛遊戯の浮名を流すばかりで、四十手前になっても一向に結婚もしなければ特定の相手を作る気もなかったあの男が、国中の有力者を集めた王の祝いの場で一人の少女に跪くなどと。

 一体、なんの茶番で新しい遊びでも思い付いたのかと思ったら、これが本気も本気の大真面目だった。


「どちらかといえば私は、あの気位の高い男が家臣として頭を下げていいと向こうから言ってきたことのほうが衝撃だったがな……私と奴の間だというのに、口約束でない証拠に契約魔術まで持ち出して」

「あの人、根は真面目だから」

「あのこうと決めたら徹底する性格はなんとかならんのか? お前の家にも面倒をかけるし」


 こめかみを叩きながらぼやけば、くすくすとエレオノールは笑って、しかしふと王妃の眼差しで私を真っ直ぐに見詰めた。


「ですが、ルイを快く思わない者が増えてきたのも事実です。彼が王家にただ敬意を表するだけでは、もはや納得させるのが難しいほどに」

「共和国との大きな争いが止まって二十年余り……あれの力は平時には睨まれやすい。同じ魔術の上層からも煙たがられ、軍部とも折り合いがよいとはいえない。なまじ序列が高いだけに貴族の中でも味方が少ない。あれの性格や言動も問題だが仕方がなかった面も多々ある」


 魔術は、王国独自の技法としていまや他国に対する抑止力でもある。

 その魔術を編み出したとされる、偉大なるヴァンサン王の子の末裔。

 フォート家は他に類を見ない魔術の家系だ。

 ほとんど制限なしといえる絶大な魔力を操り、常に魔術研究において一歩先を行き、他の追従を許さない。

 万一その力が牙を向けば、誰にも止めることが出来ない脅威。


「昔は、中級魔術一歩手前くらいの魔術しか存在しなかったと記録は語るが」

「まあ、そうなのですか?」

「いつの時点か、いまの強大な魔力を持ち操れる恩恵をフォート家の者だけが得て、中級・上級魔術の可能性を開いた」


 それを王の恩寵と持ち上げる者が出てきて、危うく王国が二分しかけたこともあったという。

 以来、フォート家はあらゆる貴族との関係を断ち切り、独自の立ち位置を貫くことになった。


「その後、魔力の増幅や省力化を補助する魔術具の開発や媒介の発見で、他にも中級・上級魔術を操れる者は出てきたが……ルイのようにはいかない」

「そういえば、ルイみたいに魔力と財力が使い放題なら苦労しないなんて、宮廷魔術師達から言われているそうね」

「やっかみだ。あれがどれほど努力しているかも知らないで」


 魔術研究以外は雑事になる悪癖は困り物で、王である私の要請ですら億劫がって渋々受けるところがあるくらいだが、魔術の上層の誰よりも研究熱心であるのは間違いない。

 

「あの男の人付き合いの悪さは完全に性格だが、フォート家の当主として滅多なことでは王宮行事にも顔を出さないのは王家との無用の軋轢を防ぐためでもある。まったく周囲に理解されないがな、あの性格で」

「あらあら」

「もう少し……人に隙や弱みを見せることを覚えたらいいものを」

「あなた、ルイがとても好きよね」


 まるで弟の心配でもするように話すもの、とエレオノールがティーポットを差し出したのに、カップを突き出し彼女が茶を注ぐのを受けた。


「あなたのお好きな、黒すぐりのパイもありましてよ」

「貰おう」


 私の返事とエレオノールが顔を傾けたのを合図に、侍従が皿に取り分けたパイを私の前に置いた。

 それに手をつけながら顔をしかめる。


「あれが弟? 冗談ではない。我が妃になる侯爵令嬢を谷底の河に突き落とした男だぞ」

「しかも真冬に」

「そうだ」


 王太子妃として正式に認める儀式のために、西部から王都へ移動するエレオノールを狙った者達の手から逃すためとはいえ、事前の打ち合わせもなく敵の中に紛れて。


「溺れたり凍えたり怪我をしないように、守りの魔術をかけてくださっていたのですけど、それ以前にあまりのことに心臓が止まって死ぬかと思いました」

「たとえ完璧な計画であったとしてもだ! 誰にも、当事者にすら一言も相談なく独断で動き、悪びれもせず怒り心頭のこちらを平然と言いくるめて無理矢理に納得させるあの性格!」


 成人前から可愛げの全くない、あの性格が本当によろしくない。

 王太子時代に、貴様は人にちょっとでも弱みを見せたら死ぬ呪いでもかけられているのかと何度も言っている。

 すると決まって、十二も年下の若すぎる公爵家当主は言い放つのだ。


 ――孤児の私に、失敗が許されるとでも? ロベール王?


 まだ二十にもなっていない若さで、大領地と強大な魔術を背負う。

 彼の、冷ややかな言葉に何度絶句したかしれない。

 どのような状況であっても、共和国との戦いの場であっても。

 フォート家を、あの大領地を、継いで守れる者は彼一人しかいない。


 それはわかる。

 わかるのではあるが……。


「本人穏やかに微笑んでいる気でいるが、あの美形に淡々と物言われる側から見たら冷笑されているようにしか思えんだろ。しかも昔は自分よりはるかに年輩の者達にそうだったからな」

「あれでどうして、ご夫人方はよろめいてしまうのかしらね」

「お前やあの娘は違うようだが、大多数の女性には違うように見えるらしい」


 私は男であるが、わからんでもない。

 あれは、貴様は美術品として造られた像かと笑ってしまうほどの美形だ。

 人を言いくるめる言葉が口説き文句に変わったら、それは大抵の女性は参るだろう。むしろ我が妃とその元侍女が特殊といっていい。


「それで、仲睦まじくやっているのか? あれこれ姑息なことをして手に入れた娘とあれは」

「そのようですね。手紙が楽しそうですから。それにいつの間にか公爵夫人ぽくなりましたわね」

「ふむ、あの娘がルイに合わせているか……」

「少し前に、彼の昔のことを色々と知りなにか思うところがあったようです」

「随分と詳しいことを書き送ってきているのだな」

「ええ。領地回りやモンフォールの件など大変だったようですけれど。結婚してから三度もルイに危ないところを守られて、彼がいつも自分自身を蔑ろに無理をするから気が気じゃないようなことも」

「なんだ、その惚気は」

「新婚ですもの」


 モンフォールの件なら、耳に届いている。

 東部騎士団支部が、西部や北部の貴族にも調査の手を伸ばした広域越境捜査。

 いまや公爵夫人であるマリーベルを狙った悪事。

 モンフォールによるユニ領の領主への不当な搾取と干渉。

 ユニ領の領主については、ただの領主間の話であれば残念ながらよくあることだ。通常ならさほど問題にならなかっただろう、しかし高度法務人材の搾取とあっては法科院も黙ってはいない。

 

 しばらく西部系貴族は大人しくなるだろう。

 恨みがフォート家に向かわなければよいがと心配したのは杞憂のようで、どうやらルイは自分の影響下に入れたユニ領を足掛かりに繋がる西部の利権に裏から介入し、モンフォールだけを孤立させる構えのようだ。


 魔術がなくても、あの男を敵に回すのだけは御免だな。

 滅多に怒らない男だが、怒ると手がつけられない。

 共和国との戦場一帯火の海となって燃え落ちる幻影を見せ、敵味方双方を震旦からしめ、弱冠十三にして魔王と呼ばれた男だ。

 だから脅威などと言われるのだ、と思うが。


「夏は王都に出てくるらしいぞ……あの偏屈者が」

「そのようですね」

「面白そうだから、いくつか私の名で招待状を送ってやった。話もあるし」

「契約魔術のことですか? マリーベルをトゥール家の一員にするために、あなたに忠誠を捧げる誓約をするといった」

「正確には少し違う。だが元より忠義心の厚い男が、娘一人のために差し出す代償としては重すぎる。押し切られて結んだものの公にするつもりもない」

「愛が重いですわね」


 にこにことお茶を飲むエレオノールを眺めながら、まったくだとため息を吐く。

 今年の夏の社交は騒動の一つや二つ覚悟しておくのがよさそうだ。


「まっ、王である私に立ち塞がって、お前を守った娘だ。受けて立つだろうよ」


 ふっと笑みを漏らせば、くすくすと少女の頃から変わらない微笑みを妻は見せた。

 それを失わずにすませてくれた功労には、私もあの娘に報いてやるつもりである。

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