自宅にて


 パーティーが終わり、俺と楓坂はタクシーに乗って自宅に帰ってきた。


 部屋に入ると緊張感が抜けると同時に、疲労が一気に押し寄せてくる。


「ふぅ……、やっと帰ってこれた。豪華なパーティーだったが疲れた……」

「そうですね。やっぱり自宅でのんびりしている方が楽しいです」


 楓坂は羽織っていたコートを脱いで、露出の多いドレス姿になる。


「なんか、自宅で楓坂のドレス姿をみると別世界に来たみたいになるよな」

「なにそれ?」

「自分の部屋なのに、自分の部屋じゃないって感じかな」


 パーティー会場で見た時は純粋にキレイだと思ったが、いつも住んでいる部屋で彼女のドレス姿を見るのは不思議な気分だった。


「ふぅん。それってつまり、私がここにいるのが当たり前って認識してくれているってことかしら」

「当たり前だろ」

「あら、素直。以前ならここでひねくれた事を言ったのに」

「付き合ってるんだから、今さらひねる必要なんてないさ」


 そこまで言って、俺は彼女を抱きしめた。

 なぜ急にそんなことをしたのか、自分でもよくわからない。


 ただ、無性に楓坂を抱きしめたくなったのだ。


「ちょ……、笹宮さん」

「こうすると落ち着く」

「もう、どうせなら着替えてから……」

「ドレス姿の楓坂を抱きしめたかったんだ」


 どうしてそう思ったのだろうか。

 楓坂の感触を確かめながら考えていた時、ふと……自分が不安だったことに気づいた。


 だが、その正体がわからない。

 俺は何を不安に感じていたんだ?


 俺の迷いを感じ取ったのか、楓坂は優しく俺の背中をなでる。


「今日の笹宮さん、カッコよかった」

「そうか?」

「ええ、すごく。……もっとこうしていたい」

「そうだな……」


 心地いい。リラックスできる。

 それは楓坂も同じだったようで、気持ちよさそうな吐息がもれた。


 と、ここで楓坂は急にキッチンの方を見る。


「……そろそろヤカンがピーって鳴りそうね」

「……いや、湯を沸かしてないから」


 正直に言うと、ほぼ同じタイミングで俺もヤカンの事を気にしていた。


 何度もいい雰囲気を壊されてきたから、軽くトラウマになっているみたいだ。


「では着替えてきますね」

「ああ」


 俺もいつまでもパーティ用のスーツを着ているわけにいかない。

 レンタルなんだから、汚れたら大変だ。


 部屋に戻った俺はスーツを脱ぎ、着慣れた部屋着に着替える。


 そしてリビングに戻ると、ちょうど着替えを終えた楓坂がヘアゴムで髪をまとめる瞬間だった。


「お茶かコーヒーを用意しましょうか?」

「じゃあ、お茶で頼むよ」

「わかりました」


 キッチンに立つ楓坂を見て、俺はまた彼女に触れたくなった。

 お茶を淹れている彼女の後ろから抱きつく。


「後ろから抱きつかれたら、お茶を淹れにくいじゃないですか」

「いいだろ?」

「もうっ。今日はめずらしく甘えたがり屋さんなのね」


 そうだ。普段ならこんなふうにしない。

 だが、『甘えたがり屋さん』と言われて、ようやく不安の答えが見えてきた。


「あんな豪華なパーティーに参加すると、やっぱり俺とセレブだと住む世界が違うのかなと思ってさ。そう思ったら楓坂がどこかに行ってしまうのかもしれないと考えてしまったんだ」


 そう。大丈夫と思っていたが、俺はあの空気に呑まれていた。

 セレブたちの立ち振る舞いや会話は、一般人の俺とは明らかに違う。


 壁を感じた。

 そして楓坂は本来、セレブ側の人間なのだ。


 だから俺は少しでも彼女に触れて、向こう側に行かないようにしたかったのだ。


 俺の不安を知った楓坂は「ふぅん」と言い、俺の手を掴んだ。

 そして……、


「かぷっ」

「うぉ!? なんで急に指を噛むんだよ」

「甘噛みですから痛くないでしょ?」


 確かに痛くはないが、どうして急に……。


「私の居場所はあなたのそばよ。必要のない不安は抱えないでください」


 セレブの世界を知っている楓坂だからこそ、一般人との間に壁があることに気付いているだろう。

 だが彼女はそれでも俺のそばが自分の居場所と言ってくれる。


 自信満々の彼女の優しさは、とても気持ちが穏やかにしてくれる。


「そうだな。楓坂の言う通りだ」

「でも、こうして甘えられるのは悪い気がしませんけどね。ふふふっ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、ハロウィンはラブコメ展開!?


投稿は【朝7時15分頃】

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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