楓坂の告白と笹宮の返事


「笹宮さん。好き」


 デパ地下の隅。

 他の人からは死角になっている場所で、楓坂は突然そう言った。


 壁に背を預けた俺は声を出せないまま、動きを止めてしまう。


 ……好き? ……好きって言ったのか?

 楓坂が俺の事を?

 まさか、いつもの冗談じゃないよな?


「楓坂……」


 無理やり声を出そうとした時、彼女の表情が不安を訴えるように変化した。

 唇は震えそうになるのを必死にこらえ、瞳はせつなさが溢れそうになっている。


 彼女の告白は真剣だ。

 そう理解した時、俺はどう答えていいのかわからなくなった。


 彼女のことを好きかどうか……。

 正直に言えば、まったく考えなかったわけではない。


 だが、今俺達は同居生活をしているのだ。

 その先を想像してしまうと、俺は自分を止められなくなってしまう。


 ……誤魔化すべきか?


 そうすれば、全てなかったことにして今までの生活を続けることができる。

 この数日、言い合うときもあったが楽しかった。

 今のままでいいんじゃないか?


 そんな事を考えていた時、あることが目に入った。


「……っ?」


 彼女の手が震えていた。

 突然のように思えたこの告白は、楓坂にとって一世一代の決心だったのだろう。

 そして今、彼女はその答えを待っている。


 今すぐに抱きしめたいという衝動が俺を突き動かした。

 手に持っていた荷物やカップを置き、楓坂に間近まで近づく。


 左手で彼女の手を握る。


「笹宮さん!?」


 右手を彼女の腰に回す。


「楓坂……」


 彼女を引き寄せ、耳元でささやく。


「俺も同じ気持ちだ。好きだよ」


 すると彼女も俺の体に触れる。

 細い指、優しい力。

 楓坂は俺の存在を確かめるように肩に触れ、そして首に手を回した。


 俺は一体、なにを迷っていたんだ。

 誤魔化せば、いつも通り?

 そんなわけがない。


 俺達の気持ちはとっくに動き出していたんだ。

 今さら現状維持を貫こうとする方がおかしい。


 もう俺は自分を抑えることができなかった。


 誰も見ていないことを気にしつつ、俺は彼女の唇に近づいた。


 ――その時、楓坂が俺に体重を預けてくる。


「さ……笹宮さん……。……あの、う……嬉しすぎて腰が、……ぬ……抜けました」

「……」


 あー。忘れてた。

 楓坂って極度の恥ずかしがり屋だから、いざとなったらこうなるんだよな。


「えーっと。じゃあ、イートインスペースで休憩させてもらおうか」

「は……はい。すみません」

「気にするなよ」


 せっかく盛り上がった気分を台無しにしてしまったから謝っているのだろう。


 そんなこと気にする必要なんてない。

 なぜなら俺達は、もう本物のカレカノなのだから。


 こうして俺達は買い物を終えて、自宅のマンションへ戻った。

 帰る途中、ずっと手を握り、人目がなくなると密着度を高めた。


 エレベーターに乗った時は、耐えられなくなって抱きしめた。


 そして自宅のドアを開けて玄関に入った時、楓坂は言う。


「笹宮さん……。私、もう我慢できません」

「楓坂、俺も……」

「完全に腰が抜けて動けなくなりました。ソファまで運んでください」

「……」


 涙目で本日二回めの腰抜けを訴える楓坂。

 ここから先に進むのは大変そうだ……。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、ドライブの朝


投稿は【朝7時15分頃】

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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