【楓坂視点】帰り道と謎の答え
結衣花さんの家から帰る途中、笹宮さんが訊ねてきた。
「なあ、楓坂。普段は整理整頓しているんだろ? どうして部屋を片付けられないんだ?」
「引っ越しって疲れるから、つい後回しにしちゃったのよ。業者さんが来たらすぐに片付くわ」
「大丈夫か? 結構な量だったぞ……」
そう。私は玄関に溢れるほどの荷物が、すぐに片付くことを知っている。
だって、アレは『空っぽの段ボール』だからだ。
どうして、こんなことになったのだろう……。
私は数ヶ月前のことを思い出した。
◆
「すまん! 舞!」
今年の五月二十三日。
ゴルド社の会長を務めるお爺様が、私に土下座をした。
「財閥の御曹司が、舞を嫁によこせと言い出したんだ! ここで断ったらゴルド社が潰れる!」
世界中で活躍する総合コンサルティング企業と言えば聞こえはいいが、ゴルド社は大企業にゴマをすってのし上がってきたハイエナだ。
強い権力に逆らうなんて、とてもできない。
お爺様は床に頭をこすりつけ、もう一度叫んだ。
「もし財閥の言う事に歯向かえば、ワシだけでなくゴルド社の社員全員が路頭に迷うことになる! 頼む、舞!」
お爺様の責任の重さは知っている。
だから私は引き受けるしかなかった……。
もともと、自分の人生にそこまで価値を見出していなかった。
むしろ誰かの役に立つのなら、これもアリかもしれない。
「結婚するのは、いつですか?」
「十二月二十五日……。クリスマスだ」
「……わかりました」
こうして、実感のない私の青春は終わった。
――六月になった……。
後輩の結衣花さんに、変な男がまとわりつくようになったと聞いた。
最初は嫌悪感しかなかった。
当たり前だ。だって、女子高生にいい歳した男が鼻の下を伸ばしているなんて、想像しただけでも身の毛がよだつ。
そして彼……、笹宮和人と会った。
彼は変わっていた。
無難に生きるだけのつまらない大人なのに、会社の後輩を助けるためなら必死になる人だった。
見捨ててもなにも損をしない。むしろ得になることの方が多い。
それでも彼は、他人のために行動することができる。
その姿を見て、『もしかして、彼なら私を助けてくれるのではないか』と、淡い期待を抱いた。
――九月になった……。
わずかに湧いた希望は、いつの間にか恋に変わっていた。
たまに会って、少しだけ話をする。
最初の出会いが最悪だったので、私達はいつもケンカをしていた。
きっと彼は、私のことが嫌いなはずだ。
きっと彼は、私の事なんて、これっぽっちも興味がないはずだ。
だけど、彼と話をする少しの時間がとても愛おしい。
そして……あの事故が起きた。
駅のホームで電車を待っていた時、後ろから押されて線路に落ちる。
すると誰かが私の名前を呼んだ。
「おい、楓坂! 大丈夫か!」
嫌いなはずの私を、必死になって助けようとしてくれる笹宮さん。
やっぱり、この人と一緒にいたい。
そう強く思った。
その夜、私はお爺様に頼み込んで笹宮さんの近くに引っ越したいと言った。
最初はもちろん反対された。
お爺様のことを嫌いになると言っても反対された。
でも、クリスマスに結婚しないといけないのなら、自由にさせて欲しいと言ったら、認めてくれた。
――引っ越しをした……。
まさか隣に引っ越しできると思っていなかった私は、完全に舞い上がってしまう。
引っ越しが完了してすぐ、私はベッドの上で枕を抱きしめていた。
「きゃー! こんなことになるなんて! もうっ! もうっ! どうしよう! もうーっ!」
ゴロゴロ、ゴロゴロ、ゴロゴロと転がる。
別に初恋とかじゃない。
でも、こんなに胸が躍る気持ちになったのは初めてだった。
自分を抑えきれない。止まれない。体が張り裂けそう。
だから私はベッドの上で転がった。
ゴロゴロ、ゴロゴロ、ゴロゴロ。
――ドォン!
ベッドの上で転がり続けていた私は、勢いを止められず壁にぶつかってしまった。
やっば。……どうしよう。こっち側って笹宮さんの部屋よね?
ドアを開けると、笹宮さんがいた。
さっきまでの興奮もあって、私の気持ちは信じられないほど跳ね上がる。
だからかもしれない。
この時、私はとんでもない行動をしてしまう。
彼が電話をしている最中、私は引っ越しの時に使った段ボールで玄関を埋め尽くした。
そして『寝る場所がないから泊めて欲しい』と言う。
自分でも、なんでこんなバカなことをしたのかわからない。
でも彼は疑う様子も見せず、私を泊めてくれた。
それから二日間。
私は笹宮さんと一緒の部屋で暮らした。
食事をする顔。お風呂上りのお顔。寝起きの顔。疲れた顔。楽しい時の顔。
私はクリスマスに、他の男の
タイムリミットは確定していて、回避は不可能。
残った日数は、それほど多くない。
それでも私は……。
◆
「どうした、楓坂? 着いたぞ」
いつの間にか私達は、普段暮らしているマンションに到着していた。
ちょうどいいタイミングで業者さん達がやってくる。
「すんません。この部屋を片付ければいいんっすか?」
「はい、お願いします」
これで、笹宮さんとの同居生活が終わる。
それでもお隣でいられるのだから、そこまで残念がることはない。
だけど……、さびしい。
「じゃあ、俺は自分の部屋に戻るぞ」
「……はい」
彼と離れてしまう。
そう思った瞬間。私は無意識に、笹宮さんの服の端っこを掴んでしまった。
「……楓坂?」
不思議そうに私を見る笹宮さん。
私は黙ったまま、下を向いた。
どうしてこんなことをしているんだろう。
なんてマヌケなんだろう。
恥ずかしくて顔を上げれない。
すると彼は言った。
「……よかったら、もうしばらくこっちに泊まるか? ストーカーに狙われているのに、夜一人だと不用心だろ?」
「……いいの?」
「ああ、もう楓坂との生活にも慣れ始めたしな」
彼がどうしてそんなことを言ったのか、わからない。
きっと、そこまでする必要がないことは、笹宮さんなら知っている。
それでも『泊まるか?』と聞かれた時、私は嬉しくて、今すぐに顔がにやけそうになった。
必死に理性で普段の自分を演じようとして、心にもないことを言おうとする。
「言っておきますけど……」
「俺のことが嫌いなんだろ? セリフがワンパターンだぜ」
「むっ……」
言おうとしていることを言い当てられるというのは、なかなかの敗北感だ。
悔しい。言い返したい。
だから、私は言う。
「あなたのことなんて、大っ嫌い」
私はあなたの事が、好きです。
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
☆評価・♡応援、とても励みになっています。
次回、夜のコンビニへ
※笹宮視点に戻ります。
投稿は【朝と夜:7時15分頃】
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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