夜のコンビニと笹宮の変化


 自宅に帰ってきた俺達は、さっそく夕食の準備をすることにした。


 ダイニングキッチンの中から、リビングにいる楓坂に話しかける。


「そう言えば、楓坂っていつも夕食は外食だから、こうして一緒に食べるのは初めてだよな?」


 すると楓坂はピクリと体を震わせた。


「……どうした?」

「いえ、別に……」


 なんだろう。妙な反応の仕方だな。

 なにかマズイことを言ってしまったか?


 外食の部分……、じゃないよな。

 だとすれば、一緒に食べる……って部分か。


「もしかして、初めて一緒に夕食を食べるのが恥ずかしいのか?」

「んむっ! そ……、そんなことあるわけないでしょ!」

「はははっ。言ってみただけだよ」


 この反応からすると、さては図星だな。


 この数日を通じて、少しだけ楓坂のことがわかった。

 どうやら楓坂は、思っていたほど俺のことが嫌いじゃないらしい。


 はっきりとしたことはまだわからないが、俺のことを必要としている。

 でなければ、こんなに生活を一緒にすることなんてできないだろう。


 そしてそれは、俺も一緒だった。


 そりゃあ、嫌がらせされるのは嫌さ。

 でも、こうして一緒に暮らしていて、それほど拒否感がないというのは、俺も彼女のことをそこまで嫌いじゃないんだろう。


 なにより、同居生活が終わろうとした時……、俺はさびしかった。


 ストーカーの話題を持ち出したが、本音はそういうことだ。


「さぁて、今日は何を作るか。……ん? しまった。卵がないな」


 冷蔵庫を開けた俺は、卵がないことに気づく。

 そうだった。結衣花の家から帰る途中で買うつもりだったんだ。


 それに明日の朝のおかずも心もとない。

 うっかりしていた。


「楓坂、悪い。ちょっとコンビニまで卵を買って来るよ」

「それなら一緒に行きましょう。私も買いたいものがありますし」


 こうして俺達は近くにあるコンビニまで行くことになった。


   ◆


 九月上旬は夏の気温と大差がないが、夜になると涼しくなる時がある。

 特に今は、緩やかな風が吹いていた。


 俺の恰好は半袖のシャツにジーンズという、どこにでもありそうなコーデ。


 楓坂はノースリーブのニットとロングスカートの組み合わせ。

 その上からデニムジャケットを肩出しで羽織っている。


 たぶん大丈夫と思うが、いちおう聞いておこう。


「楓坂。寒くないか?」

「はい、大丈夫です」


 俺はこのくらいの涼しさなら気にしないが、女性には負担になるかもしれない。


 心配してもう一度楓坂を見ると、バチっと目が合ってしまう。


 俺は恥ずかしくなり、すぐに前を見た。


「今日の笹宮さん。なんだか優しいですね」

「そうか。いつも通りだと思うぞ」

「ふぅん」


 すると楓坂は驚きの行動に出る。


「私達、いちおう形だけはカレカノなのよね?」

「そうだな。実感ないけど」

「腕、掴まってもいいですか?」

「……ああ。……い……、いいけど」

「も! もちろん、ストーカー対策ですよ!?」

「わかってるよ」


 すると楓坂は「えいっ」と言って俺の腕に抱きついてきた。


「うふふっ」

「楽しそうだな」

「私、男性の腕に掴まるのって初めてなの」

「へぇ。俺なんかで悪かったな」

「あとで一万円を頂きますので、問題ありません」

「冗談にしても笑えないぞ」

「笑う必要ありませんよ。冗談じゃないもの」

「夕食を作ってやるから、それでチャラな」

「しょうがないですね」


 こうして俺達はコンビニへ行き、卵とコロッケ。朝食のベーコン。そしてドリンクを買った。


「さて、早く帰って夕食を作ろう」

「そうね」


 コンビニを出て自宅に帰ろうとした時、楓坂が俺の手に触れた。


「私のことが嫌いなのに、振り払ったりしないんですね」


 まるで俺の本心が筒抜けになっているような気分だ。


 そうさ。今俺は彼女に触れられて、嬉しいと思った。


 嫌いなはずだ。

 嫌いなはずなのに、俺は彼女のことを必要としている。


 俺は彼女の手を握って、今の素直な気持ちを伝えた。


「俺、楓坂のこと、そんなに嫌いじゃないから」

「そうなの?」

「ああ。だから頼りたい時があったら、遠慮なんてするなよ。その方が俺は嬉しい」


 結構勇気のいるセリフだが、こんなことは今でないと言えない気がした。


 楓坂が少し近づく。


「カッコつけちゃって。ダサいですよ」

「今のはクールだろ」

「どこがよ」


 そう言いながら、楓坂は掴んだ手を優しく握り返してくる。


「でも、笹宮さんのダサいとこは好きよ」

「なんだよそれ……」

「うふふ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、通勤電車で新たなミッションを受ける!?


投稿は【朝と夜:7時15分頃】

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る