お料理動画ってどうなったの?


 窓から差し込む朝日で目が覚めた。

 いつもと違う朝の風景に、俺は若干の戸惑いを覚える。


 昨日はリビングに布団を敷いて、楓坂としゃべりながら寝たんだよな。

 途中までは覚えているんだが、最後の方はまったく記憶にない。

 たぶん寝落ちしたのだろう。


「おはようございます、笹宮さん」


 女子大生の楓坂が、ベッドの上から声を掛けてきた。

 普段掛けているメガネをしていないので、一瞬別人かと思って驚いたよ。

 でも、素の顔でもやっぱり美人なんだよな。


「おはよう、楓坂。……寝起きを見られるのって恥ずかしいんだけど」

「可愛かったですよ」

「そういう言い方がよけい恥ずかしいんだよ」


 今の言い方からすると、少し前から起きて、こうして俺の顔を観察していたということか。

 俺なんかの顔を眺めて、何が楽しいのかねぇ。


 さて……。

 少し早いが、朝食の準備をしよう。

 今日はまだ平日だから、仕事にいかないといけないしな。


 そう考えて立ち上がった時、俺はとんでもないことを今さら思い出した。


「あっ、やばい」

「エッチしたくなったの?」

「違う。動画だ。昨日の夜、YouTubeに動画をアップするの忘れてた」

「あっ!」


 そう。俺達は昨日、料理風景を撮影した。

 だが、その動画を編集してYouTubeにアップするという作業をまったくしていなかったのだ。


 毎日同じ時間に投稿していたから、待っている視聴者もいたはず。

 失敗したな……。


「動画データってどうなっていました?」

「たしか調理中のキリのいいところまでは撮影していたはずだが……」

「となると、完成するシーンは撮影していないんですね……」

「そうなるな……」


 撮影機材もほったらかしで、風呂からあがった俺が半分寝ぼけながら片付けたんだっけ。


 あの時の俺は、途中から楓坂のことばかり考えていて、動画のことは頭の片隅にもなかった。


 どこで停止したのか覚えていないが、かなりテキトーだったのは間違いない。


 とはいえYouTube動画ならではだが、過程が面白ければ完成シーンがなくても何となる。


 編集でなんとか誤魔化すしかない。

 たぶん、楓坂ならうまくするだろう。


「とりあえず、動画をチェックしてみよう」


 こうして、俺達は朝食を取りながら、昨日の動画をチェックし始めた。


「なかなかいい感じの動画だよな。楓坂のたどたどしい手つきが特にいい」

「将来性のある動きね。やっぱり私、天才かしら」

「自分でそれを言うか?」


 朝食のトーストをかじりながら、俺は昨日食べたアスパラベーコン巻きの味を思い出した。


「まぁ、でも。昨日のアスパラベーコン巻きは上手かったよ」


 すると楓坂が微笑みながら訊ねてくる。


「また食べたいってこと?」

「そうだな」


 素直な感想だ。

 昨日の食事は美味しかった。……いや、違うな。楓坂と一緒にいるのが楽しかった。


 一時的な同居生活だが、こんな毎日も悪くない。

 そんなふうに俺は考えるようになっていた。


 ふと、楓坂がモジモジしていることに気づく。


「そ……そこでボケかなにか言ってくれないと、恥ずかしいでしょ」

「楓坂が恥ずかしがる顔を見れるなんて、最高のごちそうだよ」

「もうっ、ちょっと気を許したからって調子に乗って」


 ……と、ここで予想していなかった事態が発生した。


「動画、問題なさそうですね。あとは、名前を言い合っているところは編集でカットし……。……。……え?」

「どうした、楓坂? ……なっ!?」


 俺達が驚愕したのは、映像の内容だ。

 てっきり調理中だけしか撮影していないと思っていたが、がっつりとその後の会話まで記録されている。


 生々しい声がリビングに広がった。


『可愛いぞ、楓坂』


『私のことが嫌いなはずなのに、いつも優しくて……』

『俺は楓坂のことが嫌いじゃないよ』


『楓坂……』

『笹宮さん……。私も、笹宮さんのことが……』


 そして、ヤカンの『ぴー』という音で我を取り戻した楓坂が、動画を停止した。


 あまりの衝撃に、俺達はしばらく言葉を発することができない。

 しばらくして、楓坂が震える声で訊ねてきた。


「さ……笹宮さん……」

「……どうした?」

「今すぐ大声で叫びたいのですけど……」

「気持ちはわかるが、ご近所様の迷惑だからやめておけ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、お互いに意識し始めてギクシャクする二人。どうなっちゃうの!?


投稿は【朝7時15分頃】

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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