夕方の駅で


 仕事を終えて自宅の最寄り駅に到着した。

 改札を通って駅の出口を出ようとした時、斜め向かいの柱に背を預けている女性が目に入った。


 綺麗なロングヘアにメガネが良く似合う女性。

 そして特盛の胸が、周囲の男性の目を惹きつけていた。


 見間違えるはずがない。楓坂だ。


 ふと顔を上げた彼女は俺を見つけて、「……あ」と声をこぼした。


「えっと……、ただいま」


 俺がそういうと、彼女は視線を逸らすためにキョロキョロを辺りを見る。

 だが、どうしていいのかわからなくなったらしく、逃げようとし始めた。


「待ってくれ」


 慌てて俺は楓坂の手を掴んで引き止める。


「今朝の動画のことは、俺のミスだ。悪かった。だから避けるようなことはやめてくれ」


 まるで観念したように落ち着きを取り戻した楓坂は、うつむき気味にこちらを見る。


「別に……、避けていたわけではありません。ただ……、少し恥ずかしかっただけで……」

「じゃあ、いつも通りにしてくれるのか?」

「まぁ、……その……、……はい」

「そうか、よかった。じゃあ、一緒に帰ろう」


 まだぎこちないが、とりあえず仲直りできたようだ。


 俺達は並んで一緒に自宅に向かって歩き始めた。


 少し前なら、こうして歩くだけでも言い合いをしていたのに、今はこの状態があるべき姿のように感じるのだから不思議だ。


「しかし、こうして夕方の駅で一緒になるのって初めてだよな」

「そ……そうですね。とてもとても偶然ですね」


 わずかに感じた楓坂の言い回しの違和感に、俺はあることに気づいた。


「……もしかして、待っていてくれたとか?」

「思い上がらないでください。たまたまスマホをいじっていたら、あなたと一緒になっただけですよ」

「へぇ~。そうなのか」

「んむっ! なんですか、その『俺は知ってるんだぞ』みたいな言い方」

「いや、別に」


 なるほど。大体わかった。

 たぶん楓坂も、今朝の一件で俺との関係がこじれてしまったと心配していたんだ。

 だからこうして仲直りできるように、駅の出口で待っていてくれたのだろう。


 どうせ同じ部屋に住んでいるのだから、会うだけなら普通に帰って待っていればいい。

 だが、少しでもはやく会いたくて、きっと駅で待っていてくれたんだ。


 可愛いところ、あるんだよな。


 そう思ったとき、俺はついクスッと笑ってしまう。

 そのしぐさが楓坂は気に入らなかったらしく、プイッとそっぽを向いた。


「いじわるをするなら、離れてください」

「冗談だよ。ほら、こっち来いよ」

「……しかたないですね」


 楓坂が近づいた時、俺は自然と彼女の手を握った。

 正直、そこまで深く考えていない。

 まるで吸い付くように、握ってしまったのだ。


 すると楓坂も手を握り返してくる。


「笹宮さんの手っていいですよね」

「前にも似たようなことを言ってたな。もしかして、手が好きなのか?」

「どちらかというと、握ってもらえるのがいいですね」


 へぇ、そうなのか。

 じゃあ、こうだ。


 俺は握っている手の力に緩急をつけてみた。


「うふふ。遊ばないでよ」

「楓坂の反応を見るのが楽しいんだよ」

「もうっ。子供みたいなことをして」


 そう言う楓坂は無邪気に微笑んで、同じようにやり返してきた。

 こういう時間って楽しいよな。


「そうだ。今度の休みにドライブに行かないか? 好きな所に連れてってやるぞ」

「どこでも?」

「ああ」

「そうね……。じゃあ、滝が見たい」

「滝? 滝かぁ……」


 俺はスマホを取り出して検索をしてみた。

 ここから日帰りで行ける場所と言えば……。おっ! ここだ!


「少し離れているが、いいところがある。じゃあ、次の土曜日はここに行こう」

「待って。せっかくだから、土曜日は準備の日にしましょ」

「準備の日?」

「ええ。次の土日は九月の連休でしょ? せっかくだし、準備そのものを楽しみたいじゃない」

「じゃあ、土曜日は駅ビルに行くか」

「ええ。ついでにおすすめのカフェも紹介するわ」

「それは楽しみだ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、駅ビルで準備デート?


投稿は【朝7時15分頃】

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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