音水と車の中で?


 営業のために外回りをした俺と音水は、駐車場に停めていある社用車に乗り込んだ。


 運転座席に座った俺は「ふーっ」と息を吐いて、疲労を実感する。


「今日の挨拶周りも終わりだな」

「はい。新しい仕事も引っ張ってこれそうですし、順調ですね」

「そうだな」


 今日はとにかく音水が大活躍だ。

 午前中の資料制作に加えて、挨拶回りをしていても的確にフォローしてくれる。


 今までの中で、最高にポテンシャルを発揮してると言っても過言ではないだろう。


 音水は途中で買った炭酸水の入ったペットボトルを差し出した。


「笹宮さん。はい、ドリンク」

「おぉ、ありがとう」


 俺は炭酸水を一口飲んで、喉を潤す。

 この最初のシュワーっとくる刺激がたまんないんだよな。


「営業の仕事をしていると喉が渇くんだよな」

「わかります。ずっとしゃべりっぱなしですもんね」


 その時。音水は「あっ」と声をあげて、体を寄せてきた。


「髪にゴミがついてますよ。じっとしていてください」


 助手席が座っていた音水が俺に近づく。

 それは体の一部が触れ合う距離だった。


 ただでさえ狭い車内ということもあり、緊張感が一気に高まる。


「お、おい。音水! 胸が……」

「気にしないでください。あ、白髪発見! よくチェックしますね」

「いや、そうじゃなくて……。この体勢はヤバくないか?」

「んっふふ♪ 私的にはこのまま抱きしめてくれてもいいんですけどね」


 どうも音水が積極的すぎる。

 確かにもともとスキンシップは多めだが、ここまであからさまなのは初めてだ。


「……まさか、わざとか?」

「だって、今は恋愛バラエティ企画進行中なんですよ。何をやっても許されます」

「そんなルール、なかったと思うんだけど?」


 恋愛バラエティ企画は形だけでもいいのでデートをして、俺が三人の中から誰かを選んで指輪を送るというものだ。


 イベントの目的としてはジュエリーショップの宣伝なのだが、もちろん『何をやってもいい』というルールは存在しない。


 ようやく俺から離れて助手席に座った音水は、手元にあったペットボトルのキャップを開いた。


「実はレヴィさんから恋愛バラエティ企画を提案された時、楓坂さんと話をしたんですよ」

「え? 楓坂と?」

「はい。どっちが笹宮さんの心を掴めるか、お互いに正々堂々と勝負をしましょうって」


 そういえば楓坂もこんな突拍子もない企画なのに落ち着いていたな。

 そして、音水のこともやけに意識していた……。


 なるほど、そうか。

 俺の知らないところで二人は話し合っていたのか。


 普段の楓坂なら絶対に嫌がるはずなのにそれがなかったのは、そういう裏があったからのようだ。


「へぇ……。そんなやり取りがあったのか」

「だから私、隙あれば色仕掛けを仕掛けようかと」


 握りこぶしを作って瞳を輝かせる音水に俺は言う。


「それ正々堂々っていうか?」


   ◆


 会社に帰って荷物を整理し、俺と音水は自分の席に着いた。


 そこへ社長がやってくる。

 今日も白いひげがキマっているな。


「すまん、笹宮。頼みがあるんだが……」

「なんでしょうか?」

「この資料を今日中に仕上げてくれんか? 残業をさせてしまうことになるが……」

「わかりました。大丈夫ですよ」


 とはいえ、これはリサーチに時間が掛かる内容だ。

 情報収集だけならネットとマーケティングソフトで何とかなるが、それを分析するにはそれなりに時間が掛かる。


 その時、近くにいた音水が声を上げた。


「私もやります! これだけの量だと一人では大変です! 私にも手伝わせてください!」

「しかし、帰りが遅くなってしまう。女性にそこまで無理はさせられない」

「なに言ってるんですか。それがいいんじゃないですか。残業で暗くなった職場で二人っきりとか最っ高」


 まさか音水のやつ、夜の残業でオフィスラブ的な展開を狙ってるんじゃないだろうな……。


 まさか……な。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、オフィスラブは計画的に!?


投稿は【朝7時15分頃】

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る