残業、それはオフィスラブ
突然の仕事で残業をすることになった俺と音水は、二人っきりで営業部に残って作業を続けていた。
「しかし、音水に残業を手伝わせるなんて、いつもの社長らしくないよな」
「きっと私達のことを応援しているんですよ。根回しをしておいて正解でした」
「なんの話だ」
「それより、笹宮さん。この資料、完成しましたよ」
「お……、おう……。ありがとう」
うちの会社は基本的に女性に残業をさせない方針を取っている。
それは女性の身を案じてのことなのだが、今回に限って社長は音水に残業を許可した。
なんかおかしいんだよな。
俺達の応援ってなんだ?
あっ! まさか!
俺と音水に特別賞与を予定しているとか!?
おいおい、マジかよ。
シンプルに嬉しいな。
とはいえ、ケチで有名なうちの社長のことだ。
特別賞与と言っても一万円あるかないか程度だろう。
こうして作業は順調に進み、頼まれていた仕事は全て完了した。
「さて、そろそろ帰るか」
「えー。オフィスラブ的な展開はなしですか」
「あるわけないだろ……」
まったく、何を期待しているんだか。
現実的に考えて、残業で疲れているのにラブな展開になるわけないだろ。
その時だった。
ゴロゴロ……。ピッシャーン!
落雷の轟音と光が、平穏な空気を一変させた。
「きゃあ!」
悲鳴を上げた音水は俺に抱きついてくる。
無理もない。さっきの落雷はかなり大きかった。
きっと怖かったのだろう。
「近くに落ちたみたいだな……。大丈夫か?」
「はい、幸せです」
すると蛍光灯が突然消え、辺りは真っ暗になる。
窓から外を見ると、他のビルの灯りも消えていた。
「停電? さっきの雷の影響か」
「きゃあ! 素敵っ」
さらに事態は悪化する。
雷が落ちたことをきっかけに、急に雨がいきおいよく振ってきた。
「大雨まで振ってきた。もう少しここで待機しておいたほうがいいな」
「ロマンチックですね」
「どこがだよ」
絶妙に会話がかみ合ってないが、まあいいか。
突然のことで混乱しているんだろう。
「不安だろうが我慢してくれ。すぐに電気はつくはずだ」
「はい。永遠にこのままでいて欲しいです」
「なんでこの状況で楽しんでるんだ……」
……もしかして、雷が落ちて楽しむタイプか?
うーん。音水ならあり得るか。
こうして俺達は真っ暗になった部屋の中から、ぼんやりと雨を眺めていた。
「こうやって雨を眺めるのって、わびさびっていうか、なんかいいですよね」
「音水でもそういう感傷に浸るときがあるんだな」
「ひどーい。私、こう見てまだ乙女ですよ」
「ははっ、そうだな」
とはいえ、音水がそう感じるのもわからなくはない。
普段の街の夜は、灯りや信号の光が途絶えることはない。
だけど今は本当に真っ暗だった。
まるで世界の終末を見ているかのような、不思議な特別感がある。
「でもですね。きっと笹宮さんがいなかったら、怖くて震えていたと思うんです」
「雷が好きなわけじゃなかったのか」
「笹宮さんと一緒だから楽しいんです」
すると音水は俺の腕に身を寄せる。
普段のスキンシップとは違う色っぽい雰囲気。
「だって、私はずっと笹宮さんのそばにいたいんですから……」
「それって……」
もしいつもの状況なら、ただの社交辞令と受け取るだろう。
だが、夜の職場に二人っきりで、さらに真っ暗というシチュエーションは、鈍感な俺でさえオフィスラブ的な展開を予感させた。
もちろん俺には楓坂がいる。
音水とそんな関係になってはいけない。
だが、葛藤している自分がいるのも事実だ。
俺が緊張して固まっていると、音水がぎこちない笑顔で慌て始めた。
「もっ……もちろん、後輩としてってことですよ!」
「あ……、ああ。なるほど。そういうことか」
「はは……」
びっくりしたぁ……。
そうだよな。今は恋愛バラエティ企画があるからオフィスラブとか言ってるけど、音水が俺にそんな感情を持つわけがない。
ま……、ここで残念と思ってしまう自分に罪悪感があることは黙っておこう。
ちょうどそのタイミングで照明がつく。
どうやら、停電から復旧したようだ。
「よかった。じゃあ、帰るか」
「はぁ~。……なんで私、こうなのかなぁ~」
「何か言ったか?」
「いえ……。自分の不甲斐なさを嘆いていただけです」
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
☆評価・♡応援、とても励みになっています。
次回、楓坂が意外な反応を?
投稿は【朝7時15分頃】
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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