職場の音水ちゃん


 会社に出勤した俺は席に座り、今日の業務を行っていた。


 キーボードをリズミカルに打ち、必要な資料をまとめる。

 地味な作業だが、ちゃんとした資料がなければ打ち合わせの時に不利になるからな。


 言ってしまえば、企画営業にとって資料は武器なのだ。


 すると近くに座っていた音水がこちらにやってきた。

 

「笹宮さん。次の企画書を作成しました。チェックをお願いします」

「ああ」


 あれ? いつも通りだ。

 というより、いつもより落ち着いているような。


 てっきり恋愛バラエティのことで頭がいっぱいになっていると思ったが、俺の心配しすぎだったみたいだな。


 さらに音水は別の資料を取り出す。


「あと、これも渡しておきますね。今日お伺いするクライアントに役立ちそうな情報をまとめておきました」

「おぉ、助かる」


 資料を受け取った時、音水は「あっ!」と声を上げた。


「笹宮さん、ネクタイが曲がってますよ」

「そうか?」

「はい。そのままでいてください。直してあげますから」


 音水は俺に近づき、ネクタイを締め直してくれる。

 彼女の柔らかい香りが、緊張と安らぎを与えてくれた。


 なんだか今日の音水は積極的だな。


「きょ、今日はなんだか、いつもよりやる気がみなぎってるな」

「ふふっ。いつも通りですよ。あっ、コーヒー淹れてきますね」


 音水は俺のネクタイを整えると、コーヒーを淹れるために給湯室へ向かった。


 ひとつひとつの行動は真面目な社員そのものではあるが、なにかが違うような気がする。


 やっぱり恋愛バラエティのことが関係しているのか?


 いや、音水の行動はすべて仕事に関してばかりだ。

 俺の考え過ぎだろうな。


 ……と、すぐ近くで『ギギギギギギッ!』と、歯ぎしりをする音が聞こえた。


 おそるおそる見ると、そこには数人の男性社員達が俺を睨みつけて立っている。


「笹宮ぁぁぁぁ~!! いつもいつも音水ちゃんの寵愛をうけやがってぇ~!!」

「不幸よ起きろ!! アイツに天罰を落とせぇぇ~!!」

「ギルティィイィ!!」


 たぶんネクタイを整え直してくれたことをひがんでいるに違いない。

 音水は社内でとにかく人気があるから、こういうことはしょっちゅうだ。 


「ちょ、ちょっと待ってくれ。これは先輩と後輩のただのスキンシップで……」

「んなわけあるか!! 俺なんてなぁ、毎朝受付の女子に冷たくあしらわれ続けて、最近だとMに目覚めそうになってくらいなんだぞ!!」

「……それはおかしいだろ」


 さらに別の男性社員が握りこぶしを作って力説する。


「音水ちゃんのスーツ姿なのにたわわと揺れるのお胸!! 最高じゃないか! サラリーマンたちのオアシスだ!! それを独占する笹宮は有罪に決まってるだろ!」


 その言葉に、周囲にいた男性社員が一斉に声を上げた。


「そうだ、そうだ!」

「独占禁止法って言葉を知らないのか!」


 ちぃ! 暴走しすぎていて、俺一人では抑えきれない。

 このままだと仕事にならないじゃないか。


 するとここで、状況を一変する彼女の声がした。


「お待たせしました」


 音水が戻ってきた。

 手に持つお盆の上には、コーヒーが入ったカップが複数ある。


「みなさんにもコーヒーを淹れてきました。今日もお仕事、頑張りましょうね」

「「「音水ちゃ~ん! ありがとぉ~!」」」


 音水が淹れたコーヒーを嬉しそうに受け取る男性社員達。

 中にはスマホで記念撮影をしている奴もいる。


 お前ら……。いくらなんでも音水のことを崇めすぎだろ……。


 俺に近づいた音水は不思議そうな表情で訊ねてきた。


「なんの話をしていたんですか?」

「あ……、ああ。たいしたことじゃないさ」

「そうなんですか?」

「うちの男共はどうもくだらない事で盛り上がるのが好きなんだ。仕事はできるのに困ったもんだよ」


 ため息をつく俺に、音水はクスクスと笑う。


「でも、そういう話をすることができるだけ皆さんと信頼関係があるってことですよね。うらやましいです」


 すると音水は死んだ魚のような目をして、ぽつりぽつりを語り出した。


「女性社員の方は派閥がひどくて……。さっきもお局さんに『音水さんは私の味方をしなさいよ』って耳打ちしてくるんですよ……」

「ドラマみたいだな……」

「そのあとお局さんと対立している女性三人組が『今日は食事に行かない? 話したいことがあるから』って言ってくるし……。絶対愚痴を聞かされるんですよ。うぅ……」


 ……音水も大変みたいだ。

 大人になって一番悩むことは人間関係だからな。


「まぁ、なにか困ったことがあれば言ってくれ。どんな時でもフォローしてやるよ」

「ありがとうございます。やっぱり笹宮さんは頼りになりますね」


 レヴィさんが提案した恋愛バラエティのことで頭がいっぱいになっていると思っていたが、音水はしっかりと今を頑張ってる。


 こんな真面目な後輩を持つことができて、俺は幸せだな。


 気持ちをリセットした音水は、意気揚々と瞳を輝かせた。 


「よし! 笹宮さんとオフィスラブの展開に持ち込むために、がんばるぞー!」

「おい……。今なんて言った」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、音水と一緒に外回り。その時なにが!?


投稿は【朝7時15分頃】

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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