第二章

日曜日の朝食


 楓坂との同居生活も一ヶ月を過ぎ、すでに季節は十月の下旬。


 俺と彼女の関係にも変化があった。


「笹宮さん。食事の用意が出来ましたよ」

「ああ、ありがとう」


 料理下手だった楓坂だが、猛勉強の末、今では俺より上手になっていた。


「じゃあ、テーブルまで運ぶよ」

「そのくらい私がしますよ?」

「俺にも少しは手伝わせてくれよ」

「変な所で律儀なんだから。じゃあ……」


 嬉しそうに近づいた楓坂は、正面から抱きついてきた。


「私のことを運んで欲しいな」

「日曜日と言っても、まだ朝の七時だぞ」

「好きな人に甘えるのに時間なんて関係ないでしょ」

「可愛い事言いやがって」


 そういって俺は彼女の背中をなでてやる。

 すると彼女は気持ちよさそうに、ゆっくりと呼吸をした。


 色っぽいとかそういう雰囲気ではなく、ただひたすらに愛おしい存在。


 そして……あの音がなった。


 ピーっ!


「……ねぇ、このヤカンなんなの?」

「……沸かしたのは楓坂だろ」


 さて、今日の朝食だ。

 メニューは厚焼き玉子にベーコン、アサリのみそ汁。


 オーソドックスな内容ではあるが、一カ月前まで包丁すら握れなかった楓坂が作ったのだと思うとたいした進歩だ。


 朝食の準備ができて食卓に着いた時、楓坂はおもむろに訊ねてきた。


「ねぇ、そういえばハロウィンはどうする?」

「あぁ……。俺、ハロウィンは仕事なんだよな」

「イベント会社の営業ですものね。じゃあ、結衣花さんをここに呼んでパーティーをしてもいい?」

「ああ、いいぞ。好きに使ってくれ」

「うふふ。早く帰ってきてくれたら、一緒に楽しめますね」


 そんな雑談をしながら、俺は厚焼き玉子を一口食べた。


 ほどよい塩加減で旨みが強調され、火の入れ方も抜群。

 文句なしの美味さだ。


 一カ月前の楓坂を知っていれば、まさか彼女がこんなに成長するとは思わなかっただろう。


「さて、今日は幻十郎さんと会う日か。緊張するな」

「こうして直接会って話ができるだけでもすごいことですよ。身内でも一年に数回しか会えないんですから」

「そんなにか……」

「はい」


 そう。今日は楓坂の祖父・幻十郎さんと会う日だった。


 楓坂は政略結婚のため、財閥の御曹司と結婚することが決まっている。


 俺はそれを阻止するために、まず幻十郎さんを説得することにした。


 タイムリミットはクリスマスまで。

 あと二ヶ月くらいだ。


 俺はみそ汁を一口飲んで、落ち着いて言う。 


「まぁ、なんとかなるだろう」

「緊張しているという割に、ずいぶんと余裕ですね?」

「まぁな」


 俺と幻十郎さんは何度か電話のやり取りをしている。


 さすがにこちらから連絡をすることはできないが、初めて話をするというわけではない。


 ふと気づくと、楓坂が俺のことをじーっと見つめていた。


「どうした?」

「なんだかこの一ヶ月で、見違えるほど男らしくなったように見えたから」

「あのな。俺は二十六だぞ。男らしいに決まってるだろ」

「初めて会った時は、結衣花さんと音水さんに鼻を伸ばしていましたけどね」


 楓坂は『ぷいっ』とそっぽを向いて、厚焼き玉子を一口食べた。


「俺、そんなにだらしなく見えてたか?」

「見えてました」

「まぁ、俺達最初はいがみ合ってたもんな」

「そうですね」


 彼女は優しい口調で言う。


「でも……、今は好きですけど」

「俺も……」


 続けて俺も言おうとしたが、恥ずかしさですぐに言葉が出なかった。


 俺の感情に気づいた楓坂はからかうように微笑む。


「その続きを言って」

「今は飯食ってるだろ。……恥ずかしいじゃないか」

「言ってくれないなら、ご飯おかわりしてあげませんよ」

「おかわりを人質に取るとは……」

「交渉は戦略的にですよ。うふふ」


 めちゃくちゃな交渉ではあるが、こんなやりとりをしているだけで彼女への気持ちがさらに膨れ上がる。


「言って……。はぁ~やぁ~く」


 ずるいなぁ……。

 これじゃあ、言うしかないじゃないか。


「……好きだよ」

「誰の事を?」

「か……楓坂のことが……好きだ」


 俺の一言を聞いて、楓坂は幸せそうに体を揺らした。


「今日も一日、いい日になりそうですね」

「精神的に優位に立たないと気が済まないのか。困ったやつだ」

「嬉しいんでしょ?」

「否定はしないさ」


 と、ここで楓坂は急に小声になる。


「笹宮さん」

「ん?」

「すーきっ」


 小さな声でそんなふうに言われると、まるで心に侵入されてくるような気分になる。


 目が合っていたこともあり、彼女への気持ちが急激に上昇した。

 それは心だけでなく、顔にもあらわれてしまう。


「あ、笹宮さん。本気で赤くなってる。面白い」

「か、からかうな」

「撮影したから、あとでTwitterにアップしますね」

「マジでやめてくれ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、楓坂家の屋敷。


投稿は【朝7時15分頃】

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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