それってつまりNTR?


 自宅マンションに戻ってきた俺達はリビングに入った。


「黙っていてごめんなさい……」

「気にするなよ。それよりどうやって婚約を解消できるか考えよう」


 楓坂が御曹司と婚約していることを知った時はショックを受けたが、それは彼女が望んだことではなかった。


 そのことを知った俺はその婚約をなかったことにして、楓坂を自由にさせてやりたいと考えていた。


 楓坂は落ち込み気味に下を向く。


「そうですね。でも、お爺様の会社にも関わることなので私ひとりで判断できないことも多くて……」


 楓坂の祖父・幻十郎さんは世界的に活躍する総合コンサルティング会社・ゴルド社の会長だ。


 今回の婚約は政略結婚の意味合いもあるため、婚約解消をするためには、まず幻十郎さんを説得する必要がありそうだな。


「じゃあ、幻十郎さんに会いに行こう」

「……お爺様は私以外の人にすごく厳しいですよ? 大丈夫ですか?」

「任せろ。交渉は少しだけ得意なんだ」


 たしかに問題は山積みだ。

 だが、今の俺ならきっとできる自信があった。


 それはストーカーを捕まえたという結果もあるが、それ以上に楓坂を誰にも渡したくないという気持ちがあったからだ。


 うなだれている楓坂の肩を優しく抱く。


「それより疲れただろ。紅茶でも淹れようか?」

「うふふっ。今日の笹宮さん。優しいですね」

「まぁな」


 俺が冗談っぽく笑って見せると、やっと楓坂もいつものほほえみをしてくれた。


「いろいろとごめんなさい。私もどうしていいのかわからなくて」

「気にするな」

「具体的にどうするのかってなにもきまっていないんですよね」

「これから考えるさ」


 楓坂は俺に体重を預けてきた。

 彼女の優しくて柔らかい香りがする。


「笹宮さん……。私、このままずっと、あなたといたい……」

「楓坂……」

「強引に私をあなたのものに……」


 強引に……。

 それってつまり既成事実を作ってしまうということか?


 たしかこういうのってNTRとかいうんだっけ。詳しくないけど……。

 

 でも婚約しているとはいえ、楓坂は俺のカノジョなんだ。

 そして楓坂が望んでいるのなら、ここで……。


 ちゃららん♪ちゃららん♪


 一大決心をしようとした時、スマホの着信がなった。


 しばらく沈黙していた俺に、楓坂が言う。


「……無視しましょう」

「……お、……おう」


 そうだ。ここまで気分が盛り上がっているのに、ここで止まれるわけがない。


 よし!  今度こそ!!


 楓坂を抱く手に力を入れた。

 そして――、


「ちわぁ~す。ウーバーイーヅです。夕食を配達に来ました~」


 今度は配達員かよ!!

 どうなってんだ、この世界の運命というものは……。


「た、宅置きしてくれるでしょ」

「そ、そうだな……」


 再び無視をすることを決めた。

 まぁ、事前に支払いはしているわけだし、宅置きは何度かしているから大丈夫だろう。


 さて、今度こそ……と思ったが……。


 ピーッ!!


 今度は笛付きヤカンだ。またかよ!

 紅茶のために沸かしていたお湯が沸いたらしい。


「か、楓坂。さすがにヤカンの吹きこぼれはヤバいから……」

「そう……ですよね……」


 ちくしょう。一体何だってんだ。

 もうここまで来たら、運命というより呪いじゃないか。


 仕方がなく、俺はキッチンに向かってIHヒーターのスイッチを切った。


 そして隣で楓坂は紅茶を淹れる準備をする。


 さっきまでの会話があったからかもしれないが、紅茶の準備をする楓坂の横顔がとても魅力的に見えた。


 俺は彼女にそっと近づいて、後ろから抱きめる。


「さ、笹宮さん?」


 驚く楓坂。

 でも俺の気持ちはもう抑えきれなかった。


 彼女の存在を確かめるように、抱きしめる手に力を込める。


 そして耳元でささやいた。


「安心しろ、楓坂。俺が必ず、なんとかしてやるからな」

「笹宮さん……」

「好きだよ。ずっと一緒にいよう」


 今までと変わらない生活で、今までと少し違う俺達の日常が始まる。




■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、新章突入!!


投稿は【朝7時15分頃】

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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