調理の後で……。
今、俺は楓坂と調理をしている。
メニューはアスパラベーコン巻き。
簡単な料理なのだが、楓坂にとっては超高難易度らしい。
いちおうサポートしているが、今のところ楓坂は全ての工程を着実にこなしていた。
そしていよいよ、焼きだ。
楓坂はフライパンを片手に、ブルブルと震えている。
「こ……これで……、これでいいの!? ちゃんと火が通ってるの!?」
「ああ。大丈夫だ」
「騙してない!? あとで『実はまだでしたー』とかいうジョークじゃないのよね!?」
「早く皿に移さないと焦げるぞ……」
最後まで苦戦しっぱなしではあったが、ようやくアスパラベーコン巻きが完成した。
盛り付けも綺麗にできたし、文句なしの出来栄えだ。
「やったな、楓坂」
「はい!」
楓坂は今まで見せたことのない素直な笑顔で返事をした。
今まで俺の手伝いをしたことはあったが、今回は最初から最後まで楓坂自身の手で作っている。
初めて自分の力で完成させたので、かなり嬉しいようだ。
「笹宮さん……」
気が付くと、エプロン姿の彼女が近づいて、せつなそうな瞳で俺を見つけてくる。
「あの……。その……。いつも、ありがとう」
「料理を作る話か?」
「それもあるけど、私のことが嫌いなはずなのに、いつも優しくて……」
そういえば、俺達って嫌いって言い合ってたっけ。
楓坂が俺のことを嫌っていたのは、後輩の結衣花に正体不明のオッサンがちょっかいを出していると勘違いしたことが原因だ。
俺としては不本意なことだが、楓坂からすれば疑って当然の状況ではある。
だが、あれからいろいろなことがあって、すでに俺達の誤解は解けていた。
もう、俺達がいがみ合う必要はないのだ。
だから、俺は言わないといけない。
今、彼女に対して抱いている感情を……。
すぐ近くで俺を見上げている楓坂に、優しく言った。
「俺は楓坂のことが嫌いじゃないよ」
「え?」
「初めて会った時の流れで嫌いって言うことが多かったけど、今はそんなこと思ってない」
「そうなんですか?」
「ああ」
続けて俺は、心の奥でくすぶっていた感情を言葉にしようとした。
今まで、認めるに認められなかった感情だ。
たった二文字で表現できるその言葉を口にしようとした時、楓坂が俺に手を伸ばしてきた。
「楓坂……」
俺が手を取ると、彼女はさらに近づく。
体がほぼ密着する体勢となった。
ほぼ無意識に、俺は彼女の腰に手を回す。
「笹宮さん……」
お互いに見つめ合いながら、甘い時間がゆっくりと流れた。
鼓動がほどよく高まった時、楓坂が握っている手に力を込める。
「私も、笹宮さんのことが……」
ぴーっ!
ヤカンの音だ。
ヤカンの口部分にある、沸騰を知らせる笛が鳴る音だ。
なんか、すっげぇタイミングで鳴るよな。
でも早く切らないと吹きこぼれたら危ない。
さっきまでの甘い空気から一転、とてつもなく気まずい空気の中、俺はヤカンをIHヒーターから降ろした。
「あー。えーっと……。もう大丈夫だぞ……って、あれ? 楓坂?」
IHヒーターのスイッチを切っている間に、さっきまですぐそこにいた楓坂がいない。
「おーい、どこに行ったんだ?」
リビングに行ってみると、ソファの上でクッションをヘルメットのように被り、丸くなっている楓坂がいた。
「……なにやってんだ」
「うぅ……。だってぇ……」
言いたいことはわかる。
きっと彼女は羞恥心が爆発して、俺の顔を見ることができなくなっているんだ。
もしヤカンの湯が沸騰しなかったら、俺達は今頃……たぶん……。
とにかく!
こういうのはタイミングだ。
今さら言ってもどうしようもない。
ソファで丸くなっている楓坂のそばで腰を下ろした俺は、優しい口調で呼びかけた。
「こっち来いよ。一緒にアスパラベーコンを食べよう。せっかく作ったのに、冷めてしまうだろ」
「……はい」
こうして俺達はダイニングテーブルを挟んで向かい合うように座り、食事をすることになった。
白米、吸い物、サラダ。
そしてメインのおかずのアスパラベーコン巻き。
俺は、楓坂が作ったアスパラベーコン巻きを一口食べた。
「笹宮さん。どうですか?」
「うまいよ。お世辞抜きで本当にな」
「……それなら、いいですけど」
さっきの羞恥心が残っているからなのか、いつものツンツンモードなのか。
せっかく褒めたのに、彼女の反応はイマイチだ。
だからだろう……。
俺のイタズラ心が少しだけうずいた。
「で、素直な感想は? うまいって言われてどう思ったんだ?」
「……う……嬉しいです」
楓坂は赤くなってプルプル震えている。
やっべぇ、マジで可愛いな。
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
☆評価・♡応援、とても励みになっています。
次回、お風呂とベッド
投稿は【朝:7時15分頃】
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます