新しい服、そしてテーマパークへ
試着室から出てきた楓坂は、緊張した様子で俺の前に立った。
「笹宮さん、どうかしら」
足元まで届く黒のキャミソールワンピースと白いシャツは、おちついた清楚系のイメージだ。
ハッキリ言って、かなり可愛い。
楓坂がもつお嬢様の雰囲気と相性も良く、周囲にいた男性たちがその魅力に釘付けになっている。
「ああ、似合ってるよ。やっぱり楓坂は落ち着いた服装がよく似合うよな」
「ありがとうございます」
嬉しそうに微笑む楓坂。
そういえば服装のことを褒めることってこれが初めてだっけ。
「ところで、さっき店員さんにアトラクションの無料パスチケットを貰ったんだ。楓坂がよければ行ってみないか?」
「ここからだとそんなに遠くありませんし、いいわね」
と、ここで楓坂はなにかに気づいたらしく、首を傾げた。
「でも、普通テーマパークの無料パスって本人しか買えないんじゃないの?」
「あ、そう言えば……」
運営会社によって違いはあるが、これから行こうとしているテーマパークは、普段は本人しか買えないシステムとなっている。
よくよくチケットを確認してみると、特別優待券という文字が印字されていた。
これって関係者やスタッフだけに配られるものじゃないのか?
正直、香上に会ったのはついさっきのこと。
どんな人物なのかよくわかってないんだよな。
まぁ、そんなに深い意味はないだろう。
「たぶん、知り合いか誰かにもらったのをくれたんだろう」
「それもそうね」
こうして俺達は電車を使って、テーマパークへ移動した。
◆
テーマパーク内はすでにクリスマスムードに溢れていた。
そう言えば、もう十二月になったんだよな。
つい最近ハロウィンを済ませたばかりなのに、時間が流れるのはあっという間だ。
本来、楓坂が御曹司のところへ行くのが十二月二十五日を予定していた。
だが、今は婚約も解消されて、もう不安はない。
あとはのんびりと楽しいクリスマスを待つだけさ。
……と、ここで俺はあることに気づいた。
「あれ? ジャケットは着なくていいのか?」
「この時間帯ならジャケットなしでも寒くありませんし、このコーデにデニムジャケットはバランスが悪いでしょ?」
「そ、そうか……」
まぁ、言われて見ればそうなのだが……。
確かに今日は十二月上旬とはいえ、午後一時すぎのため暖かい方だ。
でも今までアンバランスをうまくコーデに取り入れるのが楓坂の着こなし方だったのに……。
いつもと違う彼女の行動に俺が戸惑っていると、楓坂はクスクスと笑い出した。
「ふふふっ」
「なんで急に笑うんだよ」
「なんでもありませんよ。少し、優越感というものに浸っているんです。こういうのってヒロインの特権ですよね」
「なんの話だ」
「さあ。なんでしょうね」
なんだぁ? どうも楓坂はなにかに気付いているみたいだけど、その真意がわからない。
でも妙に幸せそうなんだよな。
くぅー! こういうのって気になるんだよなー!
その時――、急に風が吹き、楓坂の髪とスカートがなびいた。
「きゃっ!」
「さっきまで無風だったのに、風が出始めてきたな。寒くないか?」
「はい。今は笹宮さんがいるので、多少の風なら気になりません」
そう言うと、楓坂は俺の腕に抱きついてきた。
いつもはデニムジャケットのゴワゴワ感があるのだが、今日は彼女の柔らかい肌の感触がダイレクトに伝わってくる。
「少し前まで一人で歩くのが当たり前だったのに、今は一秒でも多くくっついていたい気分」
「そんなことを言われたら照れる……」
「にやけるのを我慢して、顔が変な感じになってますよ」
「……ぅ」
しかし、楓坂の言う通りなのだ。
もうこの瞬間がたまらなく心地いい。ずっとこうしていたいという気分になる。
そう思えるのは、俺が彼女のことを好きだからだろう。
腕を組んで歩く俺達の前に、仮装をしたテーマパークの女性スタッフがやってきた。
「はーい! あなたの心にソーシャルディスタンス! ゲストさん、こっちにオススメスポットがありますよー!」
確かテーマパークでは来場者のことをゲストって呼ぶんだよな。
しかし、ソーシャルディスタンスのネタって、最近どこかで聞いたことがあるんだけど。
仮装して顔はよくわからないが、この声にも聞き覚えがある。
もしかして……。
俺は小声で女性スタッフに話しかけた。
「……お前、香上だろ。何してんだ」
「あ、バレた? 私さ、このテーマパークでもバイトしてんの。今は来園者を増やすためのキャンペーン中だから、楽しんで行ってよ」
「それでアトラクションの無料パスチケットをくれたのか……」
なんか、こいつ。
商売根性がすごいな……。
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
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次回、香上がオススメするラブキュンスポットとは?
投稿は【朝7時15分頃】
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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