笹宮をかっこよくしてみよう
俺のイケメン化デートが始まった。
街の中心部に向かった俺達は、まず予約していた美容院に入る。
そこで俺は髪型をスタイリングしてもらった。
髪を切ることはほとんどなかったが、ワックスでいい感じに整えてもらう。
明らかに以前より見栄えがよくなり、俺は少し恥ずかしい気持ちになりながら店を出て、楓坂に訊ねた。
「……ど……どうだ?」
「はい、とっても似合ってますよ」
髪型なんて普段は適当だから、いきなりちゃんとしたスタイリングをすると恥ずかしい。
本当にこれでいいのだろうか。
そう思っていた時、近くを通った若い女子二人組の小声が聞こえた。
「え? あの人、カッコ良くない?」
「うん。隣の人の彼女さんも美人だし、お似合いだよね」
今のって俺のことを言っていたのか?
女子達の言葉を半ば他人事のように聞いていた俺に、楓坂は自慢げに微笑む。
「ほらね。笹宮さんって顔のベースがいいから、髪型を少しこだわるだけでも見栄えが良くなるんですよ」
「俺がねぇ……」
顔のベースがいい?
そんな事、初めて言われたんだけど。
でも、誰もが認める美人の楓坂に言われると嬉しいな。
さらに楓坂は言う。
「これから毎日、そのスタリングにしてくださいね」
「マジか……。面倒くさっ……」
「完璧じゃなくていいんです。なんとなくでいいんです」
「なんとなく?」
「男性のカッコ良さって、もっとふんわりしたものだと思うんですよ」
男のカッコ良さはふんわりしたもの?
今までそんな発想はなかったな。
俺の中でカッコいいと言えばテレビに出てくるアーティストのようなイメージだったが、そういう人達に近づくこととは違うということか?
楓坂は言葉を選びながら、少しずつ説明を始めた。
「例えば……う~ん、そうですね……。太ってる人やガリガリの人でも、カッコイイ人っているじゃないですか」
「ああ、そうだな」
「あれって雰囲気を生み出すのが上手だからカッコいいと思うんですよね」
「……雰囲気?」
「服装や髪型も大切ですけど、しぐさや言葉でなんとなく『かっこいい感』を出せるのが重要だと思うんです」
「ほぅ、なるほど」
ふむ……、かっこいい感をなんとなく出すか。
理想の外見になることが正解だと思っていたが、そういう発想もあるのか。
さっそくスマホでイケてる男のセリフをチェックしてみよう。
なになに……。ほほう。イケてる男はこう言えばいいんだな。
よし!
「なぁ、舞……」
「はい?」
俺はスマホで検索したイケてる男の名言をぶちかました。
「俺のモノになっちまえよ」
すると楓坂はヒロインがしてはいけない眼差しになり、微笑みを一瞬で消した。
「だっさ。だっさ。だっっっっさ! しかも棒読みっ! 二度とそれしないでくださいね。嫌いになりそうですから」
「ひどい」
「あなたがひどいわ」
「落ち込むぜ」
「とか言って、私の反応を見て楽しんでるでしょ」
「バレたか」
まぁ、実は最初から楓坂ならこういう反応になると思っていた。
わかってはいたが、やっぱり試してみたいじゃないか。
「じゃあ次は服ですね」
「できるだけ普通のもので頼むぜ」
「ピンクのシャツは絶対に買いますよ」
「出たよ。女が勧める服装で男が嫌がるナンバーワンチョイス」
◆
しばらく移動して、俺達は大きなアパレル店のビルに入った。
するとカジュアルな服装のギャル風美少女が挨拶をしてくれる。
「いらっしゃいませ~」
明るい髪を後ろで束ねて帽子を被っている。
他の店員も帽子を被っているので、これがこの店の制服なのだろう。
「えっと、メンズは他のフロアですか?」
「はい。それなら上の階ですね。ご案内します」
店員さんはハキハキと答えて、俺達をメンズ服コーナーへ案内してくれた。
エレベーターに乗った時、隣にいる楓坂に小声で話しかける。
「なんだか話しやすそうな店員さんだな」
「そうね。コミュ力が低い笹宮和人さんにはありがたい存在ですね」
「それは楓坂舞さんもだろ」
「私のコミュ力は攻撃力に特化していますので」
「よけい性質が悪いぞ」
そんな雑談をしていた時だった。
突然店員さんが話に入ってくる。
「ところでお客様……」
「はい?」
「当店ではソーシャルディスタンスでお願いします」
「あ、そうか。悪い」
やっべ。
今のご時世、外を歩くときはソーシャルディスタンスが基本。
確かに近すぎたかもな。
そう思って楓坂と距離を取ろうとした時、店員さんが手を左右に振る。
「違う、違う。そうじゃなくてカップルだったら、もっとくっつかないと」
「「えっ!?」」
「カップルのソーシャルディスタンスはゼロ距離でございます」
そう言って店員さんがドヤ顔でにんまりと笑った。
この人……、ただモノじゃないな……。
■――あとがき――■
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次回、店員さんの正体は!?
投稿は【朝7時15分頃】
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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