通勤電車、そしてオフィスで


 月曜日。

 通勤電車に乗っていると、いつもの女子高生が声を掛けてきた。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ、結衣花」


 秋になり、結衣花はブレザーを着るようになっていた。

 つい最近まではベストだけだったが、肌寒い日が増えてきたからだろう。


 挨拶がてらに、昨日あった出来事を結衣花に伝える。


 幻十郎さんに会いに行ったこと。

 付き合っていることを伝えた事。

 婚約解消のために行動することを宣言したこと。


 結衣花はいつものように、フラットテンションで聞いていた。 


「じゃあ、楓坂さんのお爺さんとの話し合いはうまく行ったんだ」

「まぁな。余裕だぜ」

「無理しないで」

「本当は怖かった……」

「うんうん。頑張ったね」


 しかし、あれだけ楓坂のことを可愛がっている幻十郎さんが、俺と楓坂のことをすんなり受け入れたのは意外だったな。


 もしかしてそれ以上に、楓坂の婚約相手のことが嫌いなのか?

 だとすれば納得できるか。


 ここで結衣花は気になることを訊ねてきた。


「でも、お爺さんに許可を貰ったって言っても、これからどうするの?」

「とりあえずは敵情視察かな。幻十郎さんに御曹司と会える機会を作ってもらったんだ」


 昨日自宅に帰った後、また幻十郎さんから連絡があった。


 その内容は、御曹司が参加するイベントに俺も参加できるようにしたというものだった。


 セレブが集まるようなイベントに、俺のような一般人が参加できるというのは、幻十郎さんの口添えがあったからこそだろう。


 ……と、ここで結衣花はカバンから小包を取り出した。


「そっか。じゃあ、戦の前に栄養が必要だね。はい、これ」

「……お弁当? また作ってきてくれたのか」

「楓坂さんが作ってるかもしれないけど、もしよかったら食べてよ」

「嬉しいよ。ありがとう」


 この大きさと重さ。

 きっと俺の大好物のカツサンドだ。


 結衣花の弁当は美味いから楽しみだ。


  ◆


 会社に到着した俺は、自分の席についた。

 すると、後輩の音水がテンション高めで駆け寄ってくる。


「笹宮さん、おはようございます!」

「おう。おはよう、音水」


 すると音水は、机の上に置いた小包を見て、ぽつりとつぶやいた。


「あ……、お弁当」

「ああ。俺の大好物なんだ」


 さすがに結衣花に作ってもらったと言うと変に思われるから、誰に作ってもらったのかは伏せておこう。


 音水はというと、一瞬落ち込んだように見えたが、すぐに笑顔に戻って話を続ける。


「可愛いお弁当箱ですね。でもぉ~! 私もお料理は自信あるんですよ!」

「……今日はやけに元気だな」

「はい! どうしようかと考えたんですけど、諦めたらそこで試合終了だと思って、攻めの姿勢でいく決心がついたんです」


 諦める? 試合終了? 攻めの姿勢?

 なんの話をしているんだ?


 もしかして、仕事のことで思い悩んでいたのか……。


「……悩んでいたのか」

「はい……。だって、大切な存在を誰かに奪われるって辛いじゃないですか」


 失敗した。

 ここ最近、楓坂のことで頭がいっぱいになっていて、後輩のフォローがおろそかになっていたかもしれない。


 音水がいう『大切な存在を誰かに奪われる』というのは、おそらく狙っていた案件を他社に受注されてしまったことだろう。


 営業にとってクライアントは想い人のような存在だ。

 きっと音水は失恋したような気持ちで苦しんでいたのだろう。


「……わかるよ。俺も嫉妬で苦しんだ時期がある」

「笹宮さんでもそんな時が?」

「当たり前じゃないか。でも奪われたらそこで諦めるなんておかしいよな」


 俺は立ちあがり、音水の両肩を掴んだ。

 そして目を合わせて、真剣に心を込めて言う。


「音水、あきらめるなよ。応援しているからな」

「そ……それってつまり!!」

「言葉なんて、俺達の絆には野暮だろ?」

「はぎゅわあぁぁぁぁぁっ!!!」


 仕事の情熱を伝えるのは先輩としてあるべき姿。

 今日も俺はかわいい後輩に、大切なことを伝えることができたようだ。


「わたし! 頑張ります!」

「ああ」

「胸の良さは大きさだけじゃありません! 触り心地です!」

「んん?」

「では! 今日の外回りに行ってきます!」

「……あ……ああ。行ってらっしゃい……」


 あれ?

 俺が伝えたかった仕事の情熱は伝わっているよな?


 つーか、音水……。

 朝礼、忘れてないか?



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、セレブパーティーで何が起きる?


投稿は【朝7時15分頃】

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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