決着


 舞と付き合い続けることを認めてもらうために、俺は幻十郎さんの屋敷に来ていた。

 だが幻十郎さんは、一向に俺達の関係を認めてはくれない。


 困り果てていた時、思わぬ来訪者がやってきた。

 それはかつて楓坂と強引に結婚しようとした財閥の御曹司・成重だった。


 成重が部屋に入ってくると、幻十郎さんは脂汗を流しながら低姿勢になる。


「こ……これは成重様……。今日もスーツが似合ってらっしゃいますね……」


 さすがの幻十郎さんも砂川財閥の御曹司には頭が上がらないらしい。


 無理もない。

 もし砂川財閥と敵対すれば、幻十郎さんが関わる企業が大打撃を受けるのだ。


 本当は大切な孫娘にちょっかいを出そうとしたことにはらわたが煮えくり返っているのだろうに……。 


 一方、成重は満面の笑みで片手を上げた。


「いよぉ~、幻十郎の爺さん。久しぶりだな!」


 その時だった。

 すぐ横にいた金髪の女性が、『パァン!』と成重の頭をはたく。


「いっでぇ! なんだよ、レヴィ!」

「まったくこの子は……。まだ甘ったれた性格が抜けてないの?」

「わりぃ……、つい……」


 以前の成重は傲慢を絵に描いたような人物だったが、今はだいぶ性格が丸くなっているようだ。

 様子から察するに、レヴィさんがしっかりと手綱を握っているらしい。


「レヴィさん。これはどういうことですか?」

「私達だけじゃないわよ」


 俺の問いかけに対して、レヴィさんは目線で後ろに合図を送った。

 遠慮がちに現れたのは私服姿の女子高生……。

 いつも電車で会う結衣花だった。


「お兄さん……」

「結衣花!?」

「実はレヴィさんと連絡をすることがあって、お兄さんのことを話すことがあったの。そしたら応援に行くべきって話になって……」

「そうだったのか」


 俺が今日ここに来ることを知っているのは、関係者を除いて結衣花だけだ。

 そしてどうやらこの状況は、レヴィさんによってもたらされたらしい。


「ふふふ。幻十郎様の頑固な性格と、孫を溺愛している話は有名ですからね。大方、楓坂さんとの付き合う選択肢を一切与えないという流れだったんじゃないかしら」


 まったく、なんて人だ。

 すべてお見通しってわけか。


 レヴィさんは幻十郎さんに向き直って、うやうやしく頭を下げた。


「幻十郎様……。この二人は我が社の企画で選ばれたベストカップルです。どうか二人のことを認めてあげてください」

「オレからも頼むぜ。もし笹宮のアニキと舞ちゃんが結ばれないなら、オレが婚約解消をした意味がねぇよ」


 レヴィさんに続いて、成重も頭を下げる。

 強い影響力を持つ二人の懇願に、さすがの幻十郎さんも顔をゆがめた。


「ぐ……っ! だが……」


 難色を示す幻十郎さん。

 よほど俺と楓坂が付き合い続けることを認めたくないのか。

 

 だが、ここでさらに追い風が吹く。


 あっけらかんとした女子の声が、後ろの方から聞こえたのだ。


「あー、えーっと。どもども。……ははっ。相変わらずでっかいね、このお屋敷……」


 明るい髪を後ろで束ねて、少し強気に見える美少女。

 それはアパレル店で店員をし、テーマパークでもバイトをしていた……香上姫乃だった。


 彼女の姿を見た幻十郎さんは、目を丸くして驚いた。 


「ま……まさか……。香上のお孫さんか……」

「お久しぶりです。幻十郎お爺さん」


 幻十郎さんの様子を見て、香上に訊ねる。


「香上も幻十郎さんと知り合いだったのか……」

「前にも言ったけど、三年前に楓坂さんが事件に巻き込まれた時、私のお爺ちゃんが助けたの。その時に私も一度だけこのお屋敷に来たことがあるんだよね」


 その話を補足するように、幻十郎さんが話を続けた。


「ワシらが何もできない時に単独で舞を助けたのが香上だったんじゃ。命がけで孫を助けてもらって恩を感じないほどワシも鬼ではないからな……」


 さっきまでとは明らかに様子が変化した。

 幻十郎さんの以外な弱点と言ったところか。


 すると小声でレヴィさんが言う。


「笹宮さんからアパレル店とテーマパークの体験談を聞いて、きっと彼女も連れてきた方がいいと思ったんです」

「さすがですね……」

「調整力が私の最大の武器よ」


 すると香上は前に出て、おもいっきり頭を下げた。


「幻十郎お爺さん。私も二人のことを応援してんのよ。認めてやってよ」

「ぅぅ……」


 これだけの人物達に懇願され、さすがの幻十郎さんも無下にできなくなっていた。

 同時に俺は、ここまで応援してくれる皆に感謝をする。


 ここまで流れを作ってくれたのなら、あとは俺が決着をつけるべきだ。


 決意を固めて、俺は幻十郎さんの前に立つ。


「幻十郎さん。さっき舞を諦めてゴルド社に来ないかと言いましたね? でも俺がその提案を受けることはありえないんです」

「なんじゃと?」

「俺はどんなことがあっても舞を放したくない。彼女を幸せにするために全力を尽くしたい。どれだけお金を積まれても、どれだけ好待遇な環境を用意されても、そこは揺るぎません」


  そして俺は少しでも心が通じるように、丁寧に頭を下げた。


「無責任なことはしません! どうか、舞さんとのお付き合いを認めてください!」

「吹けば飛ぶような三流企業の平社員の貴様が、世界で活躍するワシから舞を奪うのか! 立場が違うということをなぜわからん!」

「それでも、俺には舞さんが必要です! 俺にチャンスをください!」

「貴様は社会をわかっておらん! 世の中で真面目さなんぞ、何の役にも立たんぞ!」


 ここまで来ても、まだ説得できないのか。

 俺ではやはり力不足なのか。


 ダメかもしれないという緊張感が部屋に満ちた時、……幻十郎さんは静かに笑う。


「だが……、貴様のそのバカ正直な真面目さが、ここまで人を動かすのだろう」


 そして幻十郎さんは近くで立っていた楓坂の方を、優しい眼差しで見た。


「舞……。お前はどうなんじゃ?」

「私は……、私はこれからも和人さんと一緒に居たいです。彼のいない生活なんて考えられません。朝起きて、一緒に食事を取って、行ってらっしゃいって言ってあげて、帰って来たらおかえりなさいって言ってあげたい。それが私の幸せです」


 ふぅーっと、大きく息を吐いた幻十郎さんは頭をかいて、さっきまで座っていた場所に戻り、腕を組む。


「わかった……。お前達のことを認める……」


 その一声と同時に、その場にいた全員が歓声を上げた。

 結衣花、香上、レヴィさん、成重。さらには幻十郎さんの秘書の人まで手を叩いて俺達のことを祝福してくれる。


 そして楓坂は俺の傍までやってきて、手を握った。


「ありがとう、和人さん」

「みんなのおかげだ。それに……最後の舞の言葉、嬉しかったよ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


最終回まであとわずか。

次回、二人の新しい生活。


投稿は【朝7時15分頃】

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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