幻十郎との最終対話


「ダメだ」


 デカい屋敷の奥にある和室で、俺と楓坂は幻十郎さんと話し合いをしていた。


 これからも付き合い続けることを認めて欲しいと頭を下げたのだが、幻十郎さんは聞く耳を持ってはくれなかった。


「いいか、笹宮。一時的に舞と付き合うのを認めたのは、砂川財閥の御曹司との婚約を解消させるためだ。目的が果たせた以上、お前達の関係を認めるわけにはいかん」


 そのことはわかっている。

 以前こうして話し合いをした時も、幻十郎さんはわざわざ婚約の話を持ち出した上で俺達が一緒にいることを認めた。


 つまり俺を利用して、砂川財閥と摩擦を起こさずに婚約解消をするための策略だったのだ。

 ここまで計画通りなのだろう。


 幻十郎さんは湯飲みに入った熱いお茶を飲み、腕を組んだ。


「まー。笹宮が舞にちょっかいを出せないヘタレということはわかっておったからのう。そこを信用しておったから安心して任せることができたわけじゃが……」

「……」


 あ、忘れてた。

 そういえば楓坂に手を出してはいけないと念押しされていたんだっけ。


 この前テーマパークに行った時、キスしたんだよな。

 どうしよう。誤魔化すか?


 いや、でも……俺達の体験談は短編小説になって公開されているし、ウソは通用しないか。


 沈黙して目を背ける俺に、幻十郎さんは目を細めた。


「おい……。なんで黙っとるんじゃ」

「そ……そういえば……いい天気ですね……」

「今は夜じゃぞ!?」


 続けて幻十郎さんは楓坂の方を見た。


「ま……舞! 何もなかったんだろ!? そうだろ!?」

「あー……。えーっと……。今度、美味しいカレーを作りますね」

「もう少し上手に話を逸らせんのか!」


 さすがに俺達の反応を見て、何か起きたことに気づいたようだ。

 幻十郎さんは顔をひきつらせながら、不自然な笑みを浮かべた。


 率直に言って……めちゃくちゃ怖い……。


「ち……ちなみに……どこまで行ったんだ……。まさかもう朝チュンを!?」

「いえ、さすがにそこまでは……」

「なら、お風呂に一緒に入って、洗いっことか……」

「ずいぶんマニアックなところを突いてきますね……」

「じゃ……じゃあ、……チュー……とか?」

「……」


 黙った俺を見て、幻十郎さんはテーブルを思いっきり叩いた。


「チューしおったのかぁぁぁぁぁ!! ワシだってやってもらったことがないのに、チューをしおったのかぁぁぁぁ!!」


 激しく動揺する幻十郎さん。

 その声を聴いて駆け付けた黒服を着た秘書の男性が、必死に落ち着かせようとしている。


「落ち着いてください、幻十郎様。チューなんて中学生でもしますって」

「しかし! 舞のファーストキッスじゃぞ!」

「キッスってまた古くっさ……。あ、いえ……。すてきな呼び方ですね。でも舞様の中では数に入れていないかもしれませんよ」

「どうして?」

「それは……えーっと。あ、そうだ! きっと二人は夢でも見ていたのでしょう」

「そうか、なるほど……。夢か。そうじゃな。舞がワシ以外の男とキスするはずないからのう」

「そうでございますとも!」


 なんかメチャクチャな説得方法だったけど、なんとか幻十郎さんは落ち着きを取り戻した。

 秘書さん、ありがとう。助かったよ。


 しかしこの様子からすると、恋愛バラエティ企画のことは知っているが、短編小説までは読んでいないようだな。


 冷静さを取り戻した幻十郎さんは座り直して、ゆっくりと俺を見た。


「……まぁ、いい。ワシはこれでもお前のことは買っておるからな」


 それは意外な言葉だった。

 利用されているという自覚はあったが、評価されているという自覚はなかったからだ。


「のう……笹宮。ゴルド社のマーケティング部長になる気はないか?」

「俺が……ですか?」

「そうじゃ」


 幻十郎さんはニヤリと笑い、話を続けた。


「ゴルド社は今、変革の時に入っておってのう……。今、新しい人材を求めておったのだ。もちろん研修期間もあるし、優秀なメンバーで補佐をするので負担は少ない。どうじゃ?」


 ゴルド社は世界で活躍するコンサルティング会社だ。

 そんな会社がなぜ俺を?


「どうして俺なんかに……」

「ゴルド社は強引な経営戦略でのし上がってきた会社だ。そのため社員達もクセの強い奴らが揃っている。そんな部下たちをまとめる存在が欲しいんじゃ」

「俺では無理ですよ」

「いいや、お前しかできるものはおらん。状況を好転させる力、そして周囲から信頼される人望。何よりリスクを背負える覚悟。どれも上に立つ者の才覚じゃて」


 さっきとは一転し、べた褒めの連発だ。


「舞のことは諦めて、ワシの下で働け。年収一千万なんて余裕で稼げる本物のセレブになれるぞ。それとも……ワシの頼みを断るのか……?」

「――ッ!?」


 くっ……。結局そういうことか。


 ここで断れば、自分の頼みを断る人間に楓坂はやれないと言うだろう。

 だが受け入れたとしても、楓坂のことを諦めることが条件となる。


 なにがなんでも俺と楓坂の関係を認めるつもりはないわけか……。


 その時だった。

 さっきの秘書の男性が再び戻ってきた。

 なぜか慌てているようだが……。


「会長、失礼します!」

「なんだ? 今は取り込み中だ」

「すみません。ですが……その……。砂川財閥の御曹司・成重様がジュエリーショップ社長・レヴィ様を連れていらっしゃってます」

「なにぃ!? 砂川財閥!?」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、突然現れた成重とレヴィ。一体なにが起きるのか!?


投稿は【朝7時15分頃】

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る